信用出来ない
「アリス! やめなさい!」
そうレイナの叱咤を聞いて、アリスは振り返る。
その時には既に、アリスはそれに触れてしまっていた。
鮮やかな赤い光がアリス達を包み込む。
「え?」
そこでアリスは強く誰かに抱きしめられた。服からそれはクルスだと分る。
アリスを放さないというようにぎゅっと抱きしめて、それにアリスはどきどきしてしまう。
そして目の前が赤で満たされたかと思うと、気づけば見知らぬ場所にアリスはクルスに抱きしめられたまま立っていた。
そこで手が緩められて、クルスがアリスを放す。
「……どこかに飛ばされただけみたいだ、とっさにアリスを守ろうと思って抱きついてしまった。すまない」
「あ、う、うん。分ってるよ。ありがとうクルス」
にっこりとアリスはクルスに微笑んだ。
ちなみに、助けようと思ってクルスはアリスを抱きしめたのだが、その時意外に胸があると気づいてしまい、平静を装うのに必死だったりしたのだが、それは良いとして。
アリスは周りを見渡すと、そこは広い回廊のようだった。
万華鏡のようにきらきらと輝く壁だが、アリスがためしにその壁に触れようと近づくと……頭をぶつけた。
「いたた……あれ? ここに壁がある……」
「多分、鏡のように反射したり、ガラスのように、先の風景を透過している壁があるんだろう。ほら、あそこに俺とアリスが映っている」
「うぐ……本当だ。嫌な場所ね……」
「下手をすると迷路のようになっていて……意外な場所から魔物が現れるかもしれないから、注意しないといけないな」
そう言って、クルスはアリスの手を握る。
突然のクルスの行動にアリスは、顔を赤くして、
「え、えっとクルス、なんで……」
「はぐれるとまずいだろう。だから、守るためにもこうしておいた方が良いから」
「あ、うん。そっか……ありがとう、クルス」
そう笑うアリスの顔を見て、ほんの少しだけクルスも破顔して、けれどすぐに目の前を厳しい目で見つめる。
そして、小さく呟いてクルスの手から白い煙が溢れる。
その煙はクルスの歩いていくと消えていき、その煙は奇妙に曲がったり折れたりして広がっていく。
「……どうやら随分と色々な所に透明な壁があるみたいだな」
「うう。でも、これなら大丈夫……あうっ!」
そこで再びアリスは再び何かにぶつかった。
「アリス、大丈夫か?」
「痛い……煙は確かにこっちに流れていたはずなのに……」
「多分鏡になっていたんだな……赤くなっているな」
「ええ! ……え?」
そこでクルスの顔がアリスの額に近づいてきて、額に唇が触れる。
痛みがすうっと引くと同時に、アリスは顔を真っ赤にした。
確かにこの前は間違えて唇にキスをしてしまったのだが……でも今の額のキスは。
そんな焦るアリスも可愛いと心の中でクルスは思いながら、
「痛み、引いただろう?」
「あ、そうか……治療してくれたんだ」
「これからは俺の真後ろを歩くように。いいな?」
「……はい」
そう答えて、アリスはクルスの真後ろを歩いていく。
そしてクルスは、すぐに不機嫌そうな顔をして足早に歩き出した。
それに慌てて付いていくアリス。
そんな二人をぎょろりとした目玉がじっと見つめていることに、アリスはついぞ気づかなかった。
倒れこみそうになったレイナをフラットが支えると、必要ないわというかのようにフラットは手を払われた。
「流石に、そういう行動をされると傷つくな~」
へらへらと笑いながらフラットはレイナを見るが、彼女はアリスがいた時とは打って変わって無表情だった。
そしてそんなレイナはフラットを見てすっと目を細めて、
「……人間で無いのに、そんな感情があるの?」
その言葉にフラットは一瞬沈黙して、更に笑みを深くした。
「……面白冗談だね、レイナちゃん」
「冗談じゃないわ。アリスちゃんの話でただの軽薄な男で気に入らないと思っていたけれど……貴方、人のふりをしているだけでしょう?」
「うーん、冗談にしておこうと思ったのだけれど……でも、僕は人間だよ?」
そう、困ったようにフラットは微笑むも、
「いえ、違うわ。巫女である私が見間違えるはず無いもの。貴方は違う……」
「そうか。じゃあ、レイナちゃんは僕をなんだと思う?」
「高位の魔物」
「なるほど。でもそれなら、何で遺跡から出てきていると思う?」
「知らないわ。遺跡の奥深く……異界に住まう者達。それが何でこちらに出てこれるのか私には分らない」
「随分と事情通だね。レイナちゃんは。……随分と高位の巫女……そういえばある“流星の女神”の神殿に、レイナ・ミストールという巫女さんがいたね。とても綺麗な子だって聞いていたけれど……」
「……お前、本当に何者?」
レイナが名前を当てられて、警戒する。
確かにレイナは人気のある巫女だが、フラットのような存在が近づけば分る。
だからレイナが見に覚えがないというのなら、レイナは今までフラットにあった事がないのだ。
けれどフラットは、レイナ達の、こちらの世界に詳しいのだ。
「まあいいや。僕は、先祖帰りなだけだ。“吸血鬼”って知っているかい?」
「血を吸う、蚊みたいな魔物でしょう? 見た目も良くて、知能も魔力も高くて……」
「そう、それそれ」
「……けれど吸血鬼が昼間から歩けないでしょう?」
「先祖帰りだから。それに僕の祖先は女神様に許された一族だし……まあそんなわけで僕は人間だと分ってもらえたかな?」
先祖帰り。
魔物の血の入った血統の人間が時折それを起こして、古の魔物となる現象だ。
話だけは知っているが実際に存在するのかレイナは疑問だった。けれど、
「……ええ。百歩譲って貴方の言葉を鵜呑みにしても良いのだけれど……アリスには近づかないでくれるかしら」
「アリスちゃんか……可愛いよね。お友達が心配? それとも別の理由があるのかな?」
面白そうに、威嚇するレイナに、くすくすと笑いながら問いかけるフラット。
そんなフラットをにらみつけながら、レイナは、
「うるさい! 近づくのなら容赦しな……」
「……あまり僕に命令するのはいけないな」
叫ぶレイナの言葉の途中で、フラットは言った。
そう、ただ言っただけなのだ。
なのに、レイナは何も言えなくなってしまう。
そんなレイナにフラットは更に笑みを深くして、レイナに近づいていきそのまま壁に押し付けた。
そして、大きく目を見開いてフラットを見るレイナに、フラットは小さく笑って彼女の耳元で囁く。
「たかが人間の巫女が、この僕に命令するのか?」
「! な、だって……」
「僕に逆らうのか?」
その言葉がレイナの体中に響いて、レイナは何もいえなくなる。
それどころかレイナの体が微動だに出来ない。
レイナが顔を蒼白にしながら、焦りを覚えていると、そんなレイナの耳をフラットは軽く舐め上げ、その感触に体を震わすレイナに優しげにフラットが、
「……僕は君が思っているよりも怖い存在で、そして、僕にとっては巫女である君は、極上の獲物なんだよ?」
そう囁いてフラットはレイナに体を密着させてくる。
「なのに、こんな風に近づいていいのかな?」
「あ……あ……」
得体の知れない威圧感をフラットに感じて、レイナは小さく声を上げる。
そんなレイナに、フラットは楽しそうに笑いながら、獲物をいたぶるかのように残酷な言葉を口にする。
「そんな僕を怒らせてどうする気なんだい? 怒らせれば……僕は君を捕らえ、この体を僕のものにして、未来永劫君は、僕の腕の中から逃げられない人形にしてしまうかもしれない……」
そう優しげに囁いてフラットはレイナの恐怖を煽りながら、レイナの太ももあたりに手を当てて撫で上げて、
「君の見掛けは良いから、この体を僕に捧げるかい? いいよ、孕ませて、そのまま快楽に喘ぐだけの存在にしてあげても」
「い……や……」
「随分と可愛くなったね。どうしようか……」
「や、やぁ……」
「もう遅い。相手を見極められなかった君がいけないんだよ」
「やぁ……」
レイナの震えが、フラットに伝わってきて、そこでフラットは一際悪い笑みを浮かべた。
「……なんてね」
「痛い!」
フラットが軽く、レイナの額を叩いて体を放した。
フラットはニヤニヤと笑いながらレイナを見て、
「それで、今の話信じたの? わーお、随分とレイナちゃんは素直だね」
「は?」
「話を合せてもっともらしい事を言ってみたら……この僕の才能が恨めしい」
「つまり……今のは全部嘘……」
「吟遊詩人の語りとしては、最高でしょう?」
つまり全部嘘であったらしい。
けれど確かに魔物のような気配を感じたのだが、そうレイナが見るもそこでフラットが持っている竪琴に目を移して……ある可能性に気づいた。
「その竪琴、まさか魔物のものなんじゃ……」
「うん、いい音がするでしょう? だから貰ってきた」
つまりこれの影響でレイナはフラットを間違えたのだ。
そしておそらくは分っていてフラットはあんな風に、レイナを怖がらせたのだ。
「……こ、この……もういい、鞭で打ってやる! その性根を調教してくれるわ!」
「きゃー、こわーい」
そう言って、フラットは逃げ出してそれをレイナが追いかけていったのだった。




