動き出す流れ
大変お待たせしました。
それぞれが現状を確認しつつ、ようやく共通の答えに辿り着いたのち、三人はそれぞれ交代で仮眠をとることにした。気が付けば一昼夜話し込んでいたのだ。グレイは先にロージィとジュネスを休ませることにし、自分は締め切られた居間で頭の中を整理し続けていた。
何か見落としがあるのではないかと、気が気ではないのが心情だった。
ライナとアンヌは誘拐され、そしてディクターが少なからず関わっていると思われる。本来であれば、切り離して考えるべきなのだろうが、あまりにもタイミングが合いすぎている気がしたのだ。
ワムローの兄が人を運び出そうとしていると連絡してきた時期と、二人の誘拐の時期に差がほとんどない。そしてディクターの部下だというビーディガの存在。
少しずつ欠片が集まり、答えを導こうとしている気がする。決定的なものはないが、それでも真実は目前にある気配がするのだ。
いまここでロットウェルに帰還することは難しい事ではない。しかしそれは過ちなのだと告げるものがある。胸元に入れた巾着―――その中で熱を発し続けている黒い護石。この石が、ライナを想うたびにグレイの胸元で熱くなる。ロットウェルに戻れと言うのではなく、ここに留まれと知らせている気がしてならなかった。
「ライナ……」
じんわりと熱を放つ護石は、取り出してみればその奥にある金色の輝きを増していた。その奥に秘められているのは、とんでもなく大きな力だと本能が告げている。その力がライナを護りたいと疼いているのだ。
「きっと、届ける……ちゃんと、返す」
出発前、自分の父親の形見だというのにお守りとして持って行ってほしいと願われ、断り切れずに受け取ってしまったことが今になって悔やまれた。
だが、今さら悔やんだところで時間は戻らない。ならば―――
「取り返すだけだ」
不埒な輩の手から奪い返し、再びあの軽い体を抱き上げる。会えなかった分、抱きしめて抱きしめて……二度とこんなことが無いように、ずっと守り続けてみせる。そんなことを考えている間に時間は過ぎ―――いつの間にかソファーで寝入ってしまっていたようだ。起き上がると向かいの椅子にジュネスがいて、短剣の手入れをしていた。
「ん……すまん、寝てしまっていたようだ」
「特に異常はありません。そのまま休んでいてください」
磨かれた短剣を鞘に入れ、腰のベルトに戻す。見ればテーブルの上にはグレイとジュネスの剣も用意されている。貴族の嗜みとしてほぼ飾りとして持たれているものではなく、実践に耐えうるよう磨かれた刀身に厚みがあるものだ。
「ロージィは?」
「地理を確認したいらしく、この辺りを歩いてくると言ってました。出かけてそろそろ30分は経つでしょうか」
ロージィは表情をあまり変化させない淡泊な奴だ。だが、アンヌの事を大切に思っているのはひしひしと伝わって来るし、今もきっとじっとしていられず街に行ったのだろう。もしかしたら、仮眠もできていないかもしれないと思った。
ジュネスは返事をしながらも、てきぱきと手入れ道具を片付けていく。そして素早く身を翻すと、紅茶と軽食が用意されたワゴンを連れて戻って来た。少し硬めのバゲット、バターと3種類のジャム。熱いポタージュスープと鳥の香草焼き。甘く感じるポテトサラダ。ここにきてジュネスの料理スキルは跳ね上がったと実感する。
「この時間なので朝昼兼用です。しっかり食べてください」
「ああ」
バゲットはともかく、スープと香草焼きとポテトサラダは手作りに間違いないだろう。この腕前なら遠征先や野営でも、今後美味いものが食べられるだろう。ウサギの丸焼きとか、鳥の丸焼きとか、焼き魚とか木の実そのままという食事から解放される可能性は、大変ありがたいものだった。
だが同時に、ライナとアンヌは満足に食べ物を与えられているのかと考えると、心苦しくて手が止まりがちになる。万全な体制で二人の救出をしなければならない。そのためには食は絶対だと思うのに、どうしても食べきれず美味しいとも思えなかった。
―――コン コン
なんとか食事をしていたところで、ノッカーの音が響いた。居間の扉ではなくもっと遠い。玄関だとグレイが気づく前に、ジュネスが向かっていた。ロージィが戻って来たのだと思い至り、グレイはそのまま食事を再開する。
「グレイ様!」
だが、慌てた様子で戻って来たジュネスは、一通の手紙を差し出した。その手紙に封はなく、ただワムローのサインが入っている。封緘する間もない急な用件だということを悟り、手紙を受け取るとすぐに広げて目を走らせた。
「ワムロー男爵の執事が直接持参してまいりました。他に人影はなかったので、見咎められてはいないでしょう」
男爵家の執事が直接手紙を届けに屋敷を出るなど、非常識だ。執事とは言わば屋敷全体の総監督である。そんな人物を使い走りにする貴族など聞いたことも無い。つまり、絶対に他に知られてはならない内容だという事が窺い知れる。
「……早い」
文面を読み、思わず呻いた。
「ジュネス、奴らは今夜動く」
「今夜!?」
グレイの言葉にジュネスも驚いた声を出した。
思っていた以上に相手の動きが早い。こちらまだ、船の準備も間に合っているのか確認できていないというのに……。
グレイは素早く立ち上がると、ワムローからの手紙を炎の精霊に焼失させた。これからこの屋敷は無人になる。やり取りをしていた痕跡は残しておくわけにはいかない。今までの経過を書き連ねていた書類も同様に灰にした。詳しい内容はすべてファーラルに転送済みなのだから、書式で残しておく理由はないのだ。
手早く着替え外套を纏う。腰にはしっかりとした重みのある帯剣が取り付けられた。
「俺は港でマクルノ隊長たちと打ち合わせをする。お前はロージィと落ち合ってワムロー男爵に詳しい話を聞いて来てくれ。次に顔を合わせるのは港の組合事務所だ」
「わかりました」
用意された馬に飛び乗り、グレイは急ぎ港へ向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
暗く湿気のある地下室で、ライナたちは身を寄せ合って時間を過ごした。最初は声を出していたアンヌとソニールだったが、やはり空元気だったのだろう。暫くすればがっくりと肩を落して座り込んでいた。
頼りない灯りだけでは室内は陰湿になるだけだ。思い出したように渡される人数分の固いパン。それが夕食なのか朝食なのかの判断もつかない。閉じ込められた室内では、時間感覚が狂いだす。置きっぱなしの水瓶からは、カビの臭いがした。
唯一室内から出られるのは排泄の時だけ。扉を思い切り叩き続けていれば、いづれ煩くて気づいてくれるのだ。それでも出されるのは一人ずつだし、連れて行かれる場所も変わらず地下だったから、陽の光を浴びることは出来なかった。
―――くさい……
ライナは自分の体が臭う事にうんざりしていた。昔狭く汚い馬車に詰め込まれた時も、自分自身が臭っていただろうにそこまで気にならなかった。だが、今は違う。日々清潔に保たれた肌と髪。そんな生活に慣れてしまったから、自分の匂いにすら敏感になっているのだと思うと、負けてしまったような複雑な気持ちになる。
だが、ずっと清潔な場所で育ってきただろうアンヌは、更に慣れない異臭に苦しんでいると思い至り、そして自分達より先に連れて来られていた子供たちは、もっともっと情けない思いをしているのだと思えた。
―――せめて空気が清浄になれば……。
その気持ちがどう届いたのだろう。無風だった室内に突然、風が吹いた。
「え。なに?」
「なんだ、どうなってる」
地下室の扉の隙間から、風の精霊たちが舞い込んできて風を吹かせると、室内に充満していた空気が入れ替わったのがわかった。そしてまるで仕事は終えたと言わんばかりに風はぴたりとやんだのだ。
「今の精霊なの?どうやって?」
子供たちは自分たちの腕輪を眺めるが、特に変化はなく力を使おうとしてもやはり何もできなかった。
「ライナ、何かしたの?」
アンヌは同じように精霊封じの腕輪を付けられているライナに問うが、ただ首を振るだけだった。風が吹いている時だけ見えていた精霊の姿が見えなくなっており、幻覚だったのかと思えてしまったからだった。
室内がうす暗く、だから誰も気づかなかった。ライナの腕輪にひびが入り始めていたことに。
結局謎の風の原因は分からぬまま、気落ちした子供たちは部屋の隅で固まって眠っていた。深く追及したところで、得られる答えは無いのだと彼らは早々に諦めていた。ソニールとアンヌも、お互いの背中合わせで眠っている。動き騒げば、それだけで体力を消耗するだろうし、喉も乾く。かび臭い水瓶の水を飲めば、腹を下すことが予想された為、できるだけ飲まないようにしているのだ。
膝を抱えて座り続けていた為、節々に痛みが出てきたころ、地下室へと続く階段を駆け下りてくる複数の足音が振動と共に耳に届いた。それまで静かだった雰囲気が、一気に怯えを含むものに変わる。
バンッと勢いよく扉が開かれた先には、胡乱気な顔をした破落戸風情の男が3人、室内を覗き込むように立っていた。子供たちは怯え、お互いの体で身を隠すように一塊になる。
「あの女だ」
「あれか」
男たちはずかずかと室内に足を踏み入れると、座り込んでいたアンヌに腕を伸ばした。そしてその腕はそのままアンヌを捕らえ、無理矢理立たせる。
「ひっ……ぃや……っ」
「アンヌ!」
がっちりと掴まれた手首に痛みが走り、アンヌは顔を背けて小さく悲鳴を上げた。ソニールは思わず立ち上がり、男の手からアンヌを取り返そうと立ち上がった。
「間違いない。この女、公爵令嬢だ」
だがあまりにも場違いな身分の名称に、ソニールを始め、怯えていた子供たちも動きを止めた。彼ら平民にとって貴族というだけでも雲の上の存在だというのに、公爵に身を連ねる者など、さらに遥か彼方の存在なのだ。
「精霊は見えないんだったな」
「じゃあ、今回の条件に当てはまらねぇな」
下卑た笑いをこぼしつつ、男たちはその場で相談を始める。
「このガキ共は運び込むとして、ご令嬢様は別で捌くか」
「こんだけ別嬪なんだ。いい買い手が付くだろうよ」
「髪だけでも高値になるんじゃねぇか」
言うと男は、アンヌの美しいピンクゴールドの髪を一房掬い取り、その手触りを実感した。
「ヒュー♪まさに絹だぜ!」
「髪は肩で切っちまうか。儲けが増えるな」
その手触りに感嘆し、それぞれ無粋な手が髪を無遠慮に触れてきた。アンヌは恐怖と嫌悪で声も出ず、ただ体を震わせて身を縮めているしかなかった。
「どこで売っぱらうよ?」
「ここらで捌くと、すぐに足が付くんじゃないか?なにしろこんな上玉、そういねぇ」
一人の男がアンヌに顔を近づけ、そのきめ細かな肌をじっくりと眺めていく。値踏みするかのようであり、いやらしく舐めまわしているようにも感じ、とにかく不快としか言いようのない視線だった。
「とりあえず移すぞ。あとはどうにでもなる」
「そうだな」
男はアンヌを掴んだまま、華奢な体を引きずるように地下室の扉に向かっていく。引き離される恐怖に、アンヌは泣きながら抵抗するが、すぐに男に抑えつけられてしまう。
「暴れんじゃねぇ!ここで犯してやろうかっ」
「―――っ!」
衝撃的な言葉で怒鳴られ、アンヌの体から力が抜けてしまった。その様子に気を良くしたのか、男は口元を歪めて笑うと再び無理矢理引っ張り出す。もうアンヌは抵抗する気力を失いかけていたのだ。しかし、猛然とそれを阻止する小さな影があった。
「このっ!」
ライナはアンヌを捕らえている男に突進し、自分が付けられている腕輪を武器に、男に殴りかかった。重く固い腕輪を、男の無防備な肘に向かって叩きつける。
「!」
衝撃で腕がしびれ、アンヌを掴んでいた腕から力が抜け落ちたのが分かった。だが問題は、男たちは一人ではなく三人いたということだ。ライナを抑えつけようといきり立った男たちが拳を構え、そのままライナを殴りつけ―――られなかった。
予想していた痛みが襲ってこず、ライナは恐る恐る目を開けた。そして振りかぶられた腕を掴まえている影を見た。
「なにをしている」
低く威圧を込めた声が耳を打つ。抑揚のない声だというのに、なぜか怒りが含まれていると感じるのは何故だろうか。
「ジ、ジトゥカ……いや、これは」
「質問に答えろ」
鼓膜を震わせる平淡な声と、感情のこもらない金色の瞳を持つ男に、全員の視線が集まっていた。
いつもありがとうございます。
もうしばらくお付き合いくださいませ。よろしくお願いします。
次回もライナターンから始まります。




