誰を信じる
「ビーディガというのが、ディクター議長の側近?」
訝しげな声を出したのはロージィだ。その声には確かな猜疑心がある。
「ああ……この大陸出身ではないのだろう。ここらでは見ない浅黒い肌をした男だ」
「わたしは、そのような人物は見たことがありませんが……」
ジュネスが困惑した様子のままグレイに視線を向けてきた。ジュネスはグレイに付き従い、白薔薇城内部までよく足を運んでいるし、実際6人会議の議長たちとも顔見知り程度には知った仲だ。しかし記憶を掘り返してもディクターがそのような人物を連れて歩いていたのを見たことはなかった。
「だから影の側近と言われている。俺も顔を合わせたのは一度だけだ……師匠に急ぎの用事があって、執務室の扉を無遠慮に開けたら偶然行きあった。それっきりだけどな」
―――だからと言って、あの特徴的な衣服と容姿、金の瞳を忘れ去ることは出来なかった。
「その人物がビーディガだとなぜ断言できますか」
「あとで師匠に聞いたんだよ。さっきのは誰ですか、とね」
「それですんなりと?」
「隠すことでもないと思ったんじゃないか。『ディクターの護衛で側近のビーディガ君だ』とか。『裏方専門だから、会えてよかったな』とか、そんなことを言われた」
「裏方専門……」
ロージィは顎に手を置くと、考え込むように視線を外した。それを横目で見つつ、ジュネスは改めてグレイへ質問を投げかける。
「しかし、もしそうであったとして……ディクター議長の目的がわかりません」
ジュネスは血の繋がった実母や実父には、ある程度の冷徹さを持ち合わせている。自分の事に関しても達観している部分が多岐にわたり感じられる。だが基本的には善人で、一度信じたことを疑うことに抵抗を持つような純粋な人物だ。それは今も如何なく発揮されているのだろう。信用してきた6人会議の議長が、こんな馬鹿げたことをするはずがないと信じたいと願っている。そして、主であるグレイにもこの気持ちを同意してもらいたいと思っているのだろう。
だが、それは出来ない。
「それは俺にもわからない。ただ言える事は……ディクター議長の動きが限りなく怪しいということだけだ」
いまこうしている間にも、ライナとアンヌがどんな扱いを受けているのかわからないのだ。善人説などに頼っていられる場合ではない。
「ジュネス、覚悟を決めろ」
「!」
「俺を信じるか、6人会議を信じるか」
こんな言い方をすれば、議長の一人であるファーラルをも疑う発言になってしまうが、仕方ない。それにどうも無関係ではない気がしてしまうのは、自分があの人の弟子だからなのだろうか。
「わたしはグレイ様を信じています。それは変わりません……ですが」
「お前がロットウェルに恩義を感じているのは知っている。だが、それとこれとは別だ。切り離して考えなければ、足元を掬われるぞ。第一―――お前が言ったんだ」
静かでありながら、グレイの声は聞き逃させない力強さを兼ねている。それに加え、いまグレイの視線はまっすぐに、戸惑うジュネスに向けられている。その視線に射られ、心揺さぶられないものがいるだろうか。
「なにを、でしょう?」
現にジュネスの声は少し震えていた。それに気づいたのかどうか……グレイの視線が少しだけ和らいだのがわかる。だが、響く声音に変わりはなかった。
「落ち着けと。現状を把握することが第一だと」
それは先程、グレイとロージィが分断しそうになった時にジュネス自身が二人に告げた言葉だ。冷静さを失うなと忠告したのは、ほかならぬジュネスである。
「いま分かっている中身だけを精査することが出来れば、おまえなら分かるだろう?」
信じていた人たちを信じ続けられるのは強さだろう。そしてそれが信頼なのかもしれない。だが、誤った道に進んでいるのであれば、それを正すこともまた信頼なのだ。
「何が真実なのか、正直俺にもまだわからない……ただ、ライナとアンヌが連れ攫われた事と、ディクター議長は無関係ではないはずだ」
信じたいのは自分を救ってくれたロットウェルという国。そして国を支えてきた6人会議の議長たちのこともまた、信じ続けたかった。
けれど今はその刷り込みのような意識を塗り替えなければならない。力ない娘が二人、なにかに巻き込まれ姿を消したのは事実なのだから。
「はい」
今は国や役割、階級などにこだわっている場合ではない。
「わたしはグレイ様を信じるだけです」
自分が信じた人を、信じ続ける信念。
道を誤ったなら、正しい方向へ導くことが出来るように―――それが強さだ。
「話がまとまったようなら、方針と対策を練りたいのですが」
グレイとジュネスが主従の絆を強めるのを眺めていたロージィは、区切りのいいところで声をかけ、話を先に進めることを促した。
「あ、ああ。そうだな」
「時間は限られているのですから、忘れないでください」
「わかってる」
手厳しい言葉に頷きつつ、三人は頭を突き合わせ明け方まで話し合いを続け―――ワムローからの報せが再び届いたのは翌日の昼すぎだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マクルノ自ら正体を暴露したが、港の男衆たちには知らされず、ただ急ピッチでの作業が伝えられた。近日中に大きな取引があり、その時に船を多数使用すると知らされると、男衆たちは腕の見せ所だと意気込んで仕事をこなしていった。
「よし、こいっ」
「やぁぁっ!」
人気のない港の端で、マクルノとパーティスとロックは木刀を使用した打ち合いを行っていた。ただしくはパーティスとロックに対しての訓練である。木と木がぶつかる、決して軽くはない音が響いていた。
「脇が甘い!」
「いってぇーーーっ」
容赦なく脇腹を蹴り飛ばされ、パーティスはその場でもんどりうった。訓練の鬼と呼ばれているグレイの元で鍛えられてきていたはずだが、どうやらマーギスタに来てから訓練がサボっていたツケがやってきたらしい。以前の感覚より若干遅い。
「次、ロック!」
「はい、よろしくお願いします!」
木刀を構え、マクルノの隙を伺うが残念ながらあるわけがない。パーティスとロックと同じだけ、軍での訓練を行わずにいたはずだというのに、マクルノから発せられる気迫と鋭い打ち込みは容赦がなかった。しかも笑顔である。恐ろしい異名である『微笑の悪魔』が降臨しているのだ。部隊が違うため、直接目にすることはなかったが、こんなに笑顔が怖い人は知らないと二人は本気で思っていた。
「時間がないんだ。とっとと向かって来い」
「は、はいっ」
マクルノに投げられた言葉に、ロックはすぐに反応した。一歩踏み出し、一気に加速する。そしてそのままマクルノの頭上に振り上げた木刀―――マクルノはその攻撃を同じく手に持っていた木刀でがっちりと受けようとしたが、気が付けば頭上に迫っていた木刀の影は消え、いつの間にか真横に迫っていた。寸でのところで身を屈めると、耳元に風を切る音が聞こえた。攻撃がかわされ、ロックは一旦身を引こうと後方に体重を移動させ、飛び退ろうとし……その足をマクルノに捕まえられた。
「!」
「なかなかやるじゃねぇか、ロック」
マクルノの大きな左手が、ロックの足首をがっちりと掴んでおり逃げることが出来ない。思わず木刀を振りかぶるが、恐ろしい事が起こった。
振り上げた木刀はマクルノの右手で掴み取られ、ぴくりとも動かなかったのだった。いつ手放したのか、マクルノの木刀は後方に転がっている。更によく耳をすませば、掴まれた木刀がミシミシと悲鳴を上げていた。樫の木で作られた木刀を破壊する勢いの握力なのだろう。
掴んでいた木刀と足首を離すと、立ち上がってロックの肩を叩いた。
「良い動きだ。グレイが選んだだけの事はあるな」
「あ、あり……ありがとうございます」
まさか渾身で振り下ろした木刀を掴まえられるとは思っておらず、ロックはどもりながら礼を言った。
「だが実戦経験が決定的に不足しているな。実際は打ち合いだけじゃない。足も出てくるし、頭突きしてくるのもいる。特には砂を撒かれたり1対複数の時もある。あらゆることを想定し、訓練だろうと気を抜くな」
「は、はい」
返事をしながら木刀をちらりと見る……握られた部分が割れ始めているように見えるのは気のせいではないだろう。間違えて掴まれていた足首に力を籠められていたら、確実に折られていたと想像し、ぞっとした。
「パーティス、おまえは全然だめだ。もっと腰を低く構えろ。お前の糸目は敵に視線を探らせずに済む分、白兵戦では有利なんだぞ」
なぜ今訓練をしているかと言えば、後日行われるであろう作戦のためだった。敵側の大型船に乗り込むことを想定し、白兵戦に備えての訓練を行っているのだ。
「はいぃ……」
「それに海上は揺れる。こんなに足場もしっかりしていないだろう。あとで―――」
「おーい、持ってきたぞー」
マクルノがへばっている若者二人に説教をしていると、後方からなにやら荷物を台車に積んだナジが現れた。ワインが入っていた樽やら、幅広の板などが積まれていた。
「ああ、悪いなナジ」
「悪いと思ってんなら、あとで俺とも手合わせしろよ」
「ああ、まぁ。時間があれば……な」
のらりくらりと返事をしつつ、荷台から降ろされた荷物たち。まず二つの樽を横倒しにする。そしてその上に板を設置。
「よし、まずはパーティス!これに乗れ」
「えぇっ!?」
未だ脇腹を押さえていたパーティスは、とりあえず意味も分からぬまま戸惑いの声を発している。どうせろくなことではないと直感したからなのか。
「マクルノ隊長、これは?」
「これは、人力床動かし機だ」
「は?」
ロックの質問に、マクルノは堂々と意味不明なことを言った。そしてロックの問いなど気にしていないのだろう、嬉々として説明は続く。
「お前らがこれの上に乗る。そして俺が樽を蹴る」
「え」
「当然板が動くだろ。石に乗り上げたりしたら揺れるだろ。ようは船に乗った時の揺れに慣れるための練習だよ」
「な、なるほど……」
意味がある事なのだと知り、ロックはとりあえず了承するよう頷こうとしたところで、マクルノの話はまだ続いていた。
「最終目標は樽1個にして、板にどれだけ立っていられるかだな」
「え……」
「下手に樽に直接立って転がすより、板を挟んだ方が難しいんだよな〜」
「……」
マクルノが港で遊んでいると評されていたアレコレは、実は訓練だったのだと身をもって知らされたパーティスとロック、そしてナジだった。
毎度お疲れ様です。
そろそろ閑話休題(番外編)を書きたいと思っているのですが…
ネタがちょっとポツポツありまして。
よろしければご意見あれば頂きたいです(ぺこり)
1・ワムロー男爵と青年執事「いつもの一日」
2.ライナとアンヌ失踪翌日「大騒ぎの伯爵邸」
3.ディクターとビーディガ出会い編「主従関係の結ばれた日」
4.グレイとビーディガが初めて会った日「金色の瞳」
全部かけたらいいんですけどね、いづれ全部書きたいんですが…
どれか読みたいのあれば拍手かコメントでお願いしまーす。
余談
活動報告に短編「運命の人」のその後上げてます。
よかったらどうぞ〜




