焦燥と苛立ち
お待たせしました
報せは思った以上に早く、グレイの元まで届けられた。
まだ夕刻には早いそんな時間。
グレイに無理矢理昏倒させられ、強制的に休息を取らされたロージィだったが、グレイとジュネスがいない間に目を覚ますと、今度こそ邪魔されないうちにと、国境まで伝達を受け取りに向かったのだ。が、途中で緊急伝令の兵士と行き当たり、そのままとんぼ返りで拠点としている屋敷に戻って来たのだった。
「ファーラル議長からの伝達ですか、緊急と付け加えられていた為、直接伯爵に届ける事にしたようです」
ロットウェルにいるファーラルから届けられた精霊の伝達を、国境警備に常駐している【魔法士】が読み解き、紙に書き記すことで誰にも見える形をとる。本来であればファーラルからグレイへ直接精霊を飛ばす方が早いのだが、マーギスタとの契約によりこんな手間の掛かることになっている。町の中心街にある拠点から、国境まではかなりの時間を有するのだが、思っていた以上にファーラルの動きが早い。今朝出したグレイの伝令に対し、休む間もなく対応してくれていなければ、こんなに早く届くことはなかっだろう。
グレイとジュネスの潜入行為は、任せてきた部下に緘口令を敷いたはずだったが、隊長格より上の議長からの伝達だったために、その約束を反故にしたらしい。しかし、潜伏先は秘密にしていたのに、どうやって探し出すつもりだったのかと素朴な疑問が残ったが、今はどうでもいい。
ロージィは中身が気になるであろうに、機密と書かれた封筒だったため勝手に開封できなかったようだ。あっさりと手渡された茶色の事務封筒。ソファーに腰を落ち着け、その封筒の封緘を破った。そしてグレイは、出てきた走り書きの紙に視線を走らせる。
「―――っ」
知らず一瞬、手が震えた。その様子につい今朝の事を思い返しロージィとジュネスも体を強張らせる。今朝の手紙もファーラルからのものだった。定期連絡のような内容だったにも関わらず、それはグレイたちを不安の渦に取り込むには充分なものだったのだ。
「伯爵、手紙を寄越してください」
「ライナとアンヌが―――」
ロージィが手を伸ばして手紙を奪おうとしたのと、グレイが苦しげな声を出したのはほぼ同時だった。その唇が一度きゅっと引き締められたが、すぐに意を決したように顔を上げた。その顔色ははっきりと悪い。
不安を覚えたジュネスが主の傍に駆け寄ろうとしたが、その動作を首を力なく振ることで止めさせた。そして一度息を吸い込むと、意を決したように顔を上げた。
「ライナとアンヌが、行方不明らしい」
「なんだって!!」
「グレイ様、どういうことですかっ」
決して声高ではなかったのに、その音はまっすぐ耳朶を打った。グレイの言葉に、ロージィは目を剥き椅子を蹴り上げて立ち上がる。
「やはりわたしはロットウェルに戻ります。戻ってお嬢様の捜索に加わります」
それだけ言うと、壁に掛けてあった旅装の一式を取り外し、ロージィは手早く準備を始めた。だが―――途中でその手を止める。
ソファーに座り、項垂れるように顔を俯けたまま動かないグレイに視線を向けた。
「……伯爵は戻らないのですか?」
「……」
それは暗に『ライナ様の行方が分からないのというのに、こんなところで指をくわえているのですか』という事だろう。もちろんグレイの職務のことも分かっているつもりだが、あれほど執着していたライナに対し、もっと感情を噴き上げるかと思ったため拍子抜けしたというのも本音だ。
「では、わたしだけで―――」
「ロージィ」
動かないグレイに背を向け、部屋を出て行こうと背中を向けたところで声がかかった。『やっとか』と思いつつ振り返ったロージィは、鋭い視線で自分を見ているグレイと目が合った。
「……なんでしょう」
「ライナとアンヌが乗った馬車が襲われたらしい。馬車は郊外に乗り捨てられていたそうだ」
静かな声でファーラルからの伝達を読んでいく。だがその声に、ぴりぴりとした怒りが感じられるのはロージィだけでなく、ジュネスも同様のようだ。決して声を張り上げているわけでは無いのに、なぜか体の動きを止めて聞く姿勢を取っていた。
「馬車の護衛は……ディクター議長が請け負ってくださった……。ここまではロージィ、おまえの報告と変わりはないな?」
「ええ……え、まさか!?」
グレイの言わんとしている事がわかってくると、ロージィの顔色が青ざめた。
「まさか……あの夜会のあとから行方が……?」
マーギスタのこの屋敷へ到着するまで、一人馬を走らせてきたとはいえ、三日はかかっているのだ。あの夜会の日から今日は4日目……ロージィは全身から血の気が引いていくのがわかった。
あの晩、体調不良になったライナを連れ帰ることにしたアンヌ。クレイツに呼び出され、ファーラルからの手紙をグレイの元まで秘密裏に届けろと命じたクレイツ。アンヌとライナに同行できない代わりとして、私兵を貸してくれたディクター。
それはまさか、すべてが繋がっていたのか。ライナとアンヌを連れ去るための布石だったのだろうか。しかしその意味は?理由は?目的は?
「夜会の翌日、昼前に俺の父と母は屋敷に帰ったそうだが、ライナとアンヌが戻って来ていないとその時知ったそうだ……」
「そんな―――遅すぎる……なぜ屋敷の人間はなぜ誰も気づかなかったんだ!未婚の娘は日付が変わるまでに退席する決まりなのだから、帰ってこなかった時点で使いを出すべきだろう!」
吐き出されたロージィの声には苦渋が満ちていた。そして、発覚の遅れを暗に伯爵邸の使用人たちに向けている。いまは矛先が定まらず、口をついただけだろう。だが、その屋敷の当主として釈明だけはしておかなくては、彼らの名誉にかかわる気がした。
「屋敷の者たちは、父と母も一緒だし、遠路から来たリグリアセット公爵夫妻も出席している夜会なのだからと、元から泊まってくるのだろうと考えていたらしい。なにより白薔薇城で行われた夜会だ。万に一つも事件が起こるなど、考えてもいなかったのだろう……もちろん、危機管理の甘さはあっただろう。それは、謝罪する……」
「謝罪などいりません!他に情報はないのですかっ」
「俺だって情報が欲しいんだよっ!」
ロージィの付きつけられる言葉に、グレイはテーブルを拳で叩きつけ叫んでいた。
憤りと焦りがつのり、冷静に対処したい気持ちを裏切って怒鳴り声にさせてしまう。潜入任務だったため、いつも静かに目立つことなく過ごしてきたが、もうそれを注意する意識はグレイにも残っていなかった。
「……すまん」
小さく聞こえた謝罪の声に、動けなくなっていたジュネスとロージィは、呪縛を解かれたように目を瞬かせた。ジュネスはすぐに身を翻すと、台所でポットの用意をして戻って来た。そして旅装を抱えたまま立ち尽くしていたロージィに目配りする。
「お二人とも、落ち着いて下さい。落ち着いて現状をしっかりと把握すことが第一です。混乱したまま闇雲に動いても成果など期待できません」
「……そうですね」
ジュネスも内心ではライナとアンヌを―――特にライナの事を気に掛けていたが、それを一緒になって騒ぎ立てた所で何も解決しないとわかっていた。いまはこの二人の機動力と解析力が力となるはずと、自分の湧き上がる焦燥感と苛立ちに蓋をする。
「ジュネス、悪い……」
「グレイ様。悪いと思っているのなら、是非ライナとアンヌ様を見つけ出すことで果たしてください。ファーラル様からの情報はそれだけだったのですか?もっと他に書いてあるのでしょう?」
三人分の紅茶を用意し、テーブルに設置した。ずっと立ちっぱなしだったロージィも少し頭が冷えたのだろう、手にしていた旅装一式を壁掛けに戻すとグレイの向かいのソファーに腰を落ち着けた。
「その手紙にまだ何か書いてあったなど聞いていませんよ。情報整理はそれからです」
「ああ。そうだな」
「そうですとも」
三人三様頷きあい、もう一度最初から検証することにした。それが解決への糸口になるのだと信じて―――。
夕刻から行われた話し合いは、太陽が沈みきり、空に星が瞬く頃になってようやくひと段落した。
「―――状況をまとめると、ライナとアンヌが乗った馬車は伯爵家のもので、その護衛としてディクター議長が私兵の貸し出しを提案し受け入れた。その間、ロージィはクレイツ議長の命令により、一人マーギスタに移動しており、馬車が発車するところも確認していない。……まてよ、それ以前に私兵の事をロージィは見ていないんだな?」
「ええ、わたしはディクター議長が私兵の貸し出しを了承して下さった時点で、クレイツ様に連れられてその場を離れたのです」
テーブルにはジュネスが手早く用意してくれた、簡素な料理が並んでいる。正直に言えば、夕べの残り物を温め直しただけだが、充分だった。
「ファーラル師匠からの内容には、馬車が何者かに襲われ、護衛をしていた者たちも負傷したとある。それが事実であれば、かなりの腕の立つ奴が襲ったのか、もしくは護衛を攪乱できるほどの大人数での強襲だろう」
「グレイ様、けれどこの手紙の内容……」
広げた手紙はいまジュネスが持っていた。それぞれ情報を共有するため、読み回すことにしたのだ。
「ああ、おかしいよな」
ジュネスが何を言いたいかを正確に察し、グレイは深く頷いた。ロージィもまた内容の不振点に気付いており、端正な顔を苦々しく歪めていた。
「馬車が発見された場所が、明らかに……遠すぎる」
白薔薇城から、まして伯爵邸からも遠く離れた場所。中央都市から離れた道もないような荒野の真ん中でその馬車は発見された。
何者かが馬車を襲い、そこまで誘導したのか。しかしあの日は建国記念祭で街中が賑わい多くの人々が夜中まで騒いでいた。護衛付きの馬車を襲うとなれば、それなりの大立ち回りが発生しただろう。その現場を誰も目にしていないなどという事があり得るのだろうか。だが、実際目撃証言は皆無。だとすれば―――可能性は。
「護衛とした私兵たちの反乱、でしょうか」
考えられる可能性としては、最も有効だといえる。だが、そんな怪しげな人物たちを議長であるディクターが自ら雇い入れるものかと考えた場合……そこまで思考を巡らせ、グレイは胃が縮むような悪寒を感じた。
「……ディクター議長の……計画という可能性が高い」
「グレイ様!なんてことを」
グレイの言葉にジュネスは思わず大きな声を出してしまった。だが、視線をテーブルに向けたまま思考を巡らせているのだろうグレイの表情には、躊躇いが見えない。そのことにジュネスは冷や汗をかいた。
「相手は6人会議の議長ですよ、そんな危うい事―――」
「いや、ディクター議長もだが、クレイツ議長も怪しいとわたしは見ている」
「ロージィさんまで!」
なんとか主を宥めようとしていたジュネスだったが、隣から飛んできた発言に思わず目を見開いた。しかも今度はクレイツ議長の名前までつけてきている。
「護衛は荒野で発見されたとある。負傷しているとも。だがそれは本当だろうか」
「と、いうと?」
「馬車の発見者の名前を確認しろ、ジュネス」
言われ、ジュネスは手紙の後半に記されていた情報に、再度視線を走らせた。
捜索には公爵家と伯爵家両方からの嘆願により、ファーラルが精霊を使用して馬車の行方を追わせたとある。だが、馬車の行方は中央都市にはなく、町はずれの道を去っていった事までが掴めたと書かれていた。そしてその情報をもとに捜索が行われたらしいのだが、ファーラルの手紙にはわざわざその第一発見者の名前が記載されていたのだ。
「手紙には……ビーディガ氏とあります」
ゆっくりと読み上げたジュネスだったが、グレイが思わずといった風に両手で顔を覆い隠して俯いてしまったため、少し慌てたようだ。だが、そんな困惑する気配を無視し、くぐもった声でぽつりと言葉を発する。
「―――黒幕は、きっとディクター議長だろう」
あまりにも静かな声がした。静かで、けれどきっぱりとした声。
「グレイ様、根拠をお聞かせください」
「……ビーディガは、ディクター議長の影の側近だ」
「え」
予想外の内容に、ジュネスとロージィは目を剥いたのだった。
次回も暫く、今回みたいな説明くさい内容になるかもです。
あとちょっと…あとちょっと…じりじり




