暴露
いつもより少し短いかも?
立て続けのジュネスからの連絡に、さすがのマクルノも飄々とした姿を改める事にしたようだった。荷運び含めて手伝わされていたパーティスとロックを連れ、組合本部がある建物へと向かった。
室内に入った時、緊迫した空気が漂っているのを肌で感じ、海図とにらみ合っている人物に近づいていく。
「どうしたナジ」
「ちょっとな……」
ソファーに座り、机に広げられた紙の束を見つめていたナジは、声だけでマクルノだと判断したのか、顔を上げる事もしない。お構いなしに空いていた席に座り、一緒になって海図を見た。残念ながらまったく読めない。
「お前こそどうした、若いの連れて」
ナジは声だけでなく、気配だけでパーティスとロックの存在も認識していたようだ。顔を上げるどころか、視線をずらすこともないのに、入室してきたのが誰か分かると言うのは特技ではなく、技能の世界だ。
「まぁ、俺のはあとでいい。何かあったのか」
「今は何もない。ただ、これから起こるかもしれない」
「は?」
マクルノが間の抜けた声を出したのと同時に、ナジは顔を上げた。そして海図の上に一本のピンを突き刺す。それは海図のギリギリ端。
「どういう意味だ?」
「いま、人手は造船に向いてるが幾らかの船は漁を続けているのは知ってるだろ?」
「あぁ」
港では相変わらず船の造船が続けられていたが、小型船での漁も継続して行われている。と言っても、遠い沖合に出る事はほぼなく、近郊海域での細々としたものだ。
「今日、船が戻って来たんだが……見かけないものを見たという」
「見かけないもの?」
「船だ」
「は?」
漁に出た男が見慣れないものが、船?
マクルノは意味が分からず、素直に首をひねった。海に出たのであれば、船を見る事もあるだろうに、一体ナジは何を言いたいのかすぐには理解できなかった。
そう、すぐには理解できなかった―――
「……船だと!?」
すぐにナジが言いたいことが分かったマクルノは、思わず声を荒げて問い直す。ナジは平然と返答を返したが、その声には苛立ちのような焦りのようなものが含まれていた。
「あ、あのぅ……混ぜてもらっていいでしょうか〜」
「暫く黙って突っ立っとけ」
「は、はい……」
おずおずと手を上げて声をかけたパーティスだったが、一瞥もされず言い返され、話に加わることなく話を聞かされることになったのだった。
「どこの船か分かるか」
「わからん。ただ、この港からの船じゃない事だけは確かだ。かなりの大きさで、側面砲台もあったらしい」
「おいおい、穏やかじゃねぇな」
ナジが難しい顔で海図を睨んでいた理由がはっきりした。確かに大問題だ。
この大陸で満足な船を持つ国はない。性能はともかく、ある程度の船を所有しているのがマーギスタなのだ。だが、それはこの大陸に限っての事。海のはるか先には別の大陸があり、別の国がある事は広くは知られていなくとも、海に関わる者や、国政に関わる者たちであれば周知の事実だ。ただ、大陸と大陸の間にある海は広く、そして時化が酷いためおいそれと渡って来れるものではない。それはこちらも、あちらも同じことだ。だからこそ、この大陸では船は重要視されることなく今まで来たのだし、造船の技術も付け焼刃なのだった。海図にしても近隣の海までの物しかなく、遠くにあるという大陸を書き記したものはない。先程ナジが海図の端にピンを立てたのも道理だ。なにしろ先が見えないのだから。
「わざわざ仕掛けてきたってことか?」
「杞憂であってほしいが、どうだろうな」
そこでふと、何かに気付いたようにナジは顔を上げた。そして隣に座るマクルノに目を向ける。
「なぜ知っている?」
「なにが」
静かに問いかけてくるが、その瞳の奥にあるのは多少の懐疑心だろうか。マクルノはすぐにそれを察知した。
「この大陸以外の存在を、だ」
港で仕事をしていても、他大陸の事を認識しているのは組合関係者くらいだ。マクルノはここに来てまだ日も浅く、そんな話をおいそれと漏らすことはさすがに無い。とすれば、あとの可能性は国に関わる者という事になる。考えたくはないが―――と思いつつ、ナジは警戒感を全面に出しマクルノを見据えていた。
マクルノはは毛を逆立てたようなナジを見て、少し悲しくも寂しくも思った。だが同時に自分がここに来た理由と、パーティスとロックを連れ立ってきた理由も思い出した。
そう、ここに来た重大な理由がある。
「ナジ、それと組合長」
離れた一人掛けの席でこちらを見ているだけだった、ナジの父ゴーランにも視線を向けると、おもむろに後ろに控えていたパーティスとロックの前に立ち、勢いよく頭を下げた。
「マクルノ?」
「長らく身分を偽り申し訳ございませんでした。わたしはロットウェル、辺境部隊隊長マクルノ・ギフタです。ちなみにバーガイル伯爵もわたしと同じく隊長で、後ろにいる二人は伯爵の直属の部下になります。名はパーティス・オルガンとロック・ガゼット。伯爵に付き従っているジュネス・ロアも同様です」
「……は?」
突然の成り行きに、ナジはぽかんとした顔を直せないようだ。
パーティスとロックも、突然マクルノが身分を明かしてしまったため慌てたが、それでもマクルノに倣い同じように深く頭を下げた。
「機密とされる潜入の為、こちらの組合の好意に甘えておりました。罰でもなんでも受ける所存です。ですが、厚かましいお願いと承知で……ご助力をお願いしたいことがあります」
口調を完全に改めたマクルノは、深く頭を下げたままゴーランとナジの反応を待つしかなかった。
「まずは話を聞こうじゃないか」
「親父!」
まだ混乱しているのか、ナジは珍しく声を荒げたが、ゴーランは読んでいた書類を机に置くとおもむろに立ち上がり、マクルノの前まで歩を進めた。
ゴーランは頭を下げたままだったマクルノの肩に手を置き、弾ませるようにぽんぽんと軽く叩くことで顔を上げさせた。そしてお互いの視線をしっかりと合わせる。まるでその中にある真意を読み取ろうとしているかのようだった。
暫く見あっていたが、先に視線を和らげたのはゴーランだった。
「―――何もかもを疑うのは損をするぞ、ナジ」
「……」
「混乱するのは分かるがな。多少なりと一緒に働いた仲間だ、信じてやれ」
「……あーもう、わーかったよ!」
両手を上げて投げやりな態度をして見せるが、それが照れ隠しであることはマクルノにもゴーランにも分かっている事だった。
「つまり、でかい船の目的が、ここから人を運び出すことだって言うことか?」
「確定ではないが、恐らくは」
マクルノは今までの経緯を掻い摘んで話した。聞いていたパーティスとロックにしてみれば、内密に行われていた作戦行動をあっさりと暴露されてしまったのだ。止めるべきか止めざるべきかで、二人の意識はぐらぐらと揺れていた。そして揺れている間にマクルノはほとんどを話し終えていたのだった。
「人を運び出すなら、陸路のが安全じゃないのか」
「マーギスタとロットウェルの国境には、いま厳重な警戒がされているはずだ。どれだけの人数要るかわからないが、連れ出そうとしている数が一人二人でないのであれば、とても隠れて運び出せるはずもない。それに俺たちにとって海は未知の部分が大きい。海路も正確には整備されていない今、後手に回ったら身動きが取れなくなる」
「まぁ、確かに……しかし、どうやって他大陸と連絡を取り合ったんだろうな。いや、例の船が他大陸からの物だという仮説の上での話だが」
「ここから斥候が出ていないのならば、あと考えられるのはドルストーラだけだな」
「ドルストーラが?あそこはろくな港もないって話だぞ」
「ろくな港もないから、こっちを選んだんだろう」
「どういうことだよ」
マクルノの言葉に、ナジは眉根を寄せて問い直した。その様子にマクルノは三本の指を掲げる。
「ドルストーラ、ロットウェル、マーギスタ。この三国で一番精霊に通じているのはドルストーラだ」
一つの国名を告げるたび、掲げていた指を一本ずつ曲げていく。その指を眺めつつ、ナジはぽつりと呟いた。
「……今はそうでもないらしいがな」
「ああ。だが、少し前までは確かに精霊との関わりが一番深い国だった。それと同時に、【精霊士】が多く在籍していたのもこの国だ」
「つまり?」
「離れていたとして、船が無くてもやり取りが出来る手段があるという事だ」
「……精霊か!」
答えに到達し、ナジは勢いよく膝を打つ。
「そうだ。どういった繋がりでやり取りが発生したのかはわからん。だが、恐らく精霊を利用した連絡網があるのだろう。そして計画の一端を他大陸の者が請け負った」
「それが移送……てことか」
「恐らく、な」
砲台まで整備された船であれば、正直いま港に押し入られても抑える術はないだろう。遠方から砲撃をされて、どう反撃すればいいのか見当もつかない。だが、件の船はこちらに攻撃を仕掛ける風もなく、ただ風に揺られて停泊しているだけだったという。
つまり、時期を見定めているのだ。
「で、結局何をすればいい」
「……船を用意してほしい。それとは別に、俺たちが乗りための船も」
マクルノの言う『俺たち』が、ナジたちを指し示していない事は明白だ。そうと分かっていても、ナジは少し疎外感を感じて寂しく思った。
「わかった、仲間の為だ。展示船も浮かべてやらぁ!いいだろ、親父!」
「勝手にしろ」
話を聞くだけで口を挟んでこなかったゴーランは、息子の言葉に呆れつつ好きにすればいいと手を振った。
説明臭くてすいません。
グレイ全然出てこなかったですね、あれ??




