囚われ仲間
二人を見下ろす金色の瞳―――ジトゥカの視線にびくりと体を震わせたが、ジトゥカ本人は特に何の感慨もないのだろう、表情にも態度にも変化はなかった。それどころか素早く腕を伸ばすと、怯えるライナとアンヌの細い腕それぞれ片手ずつで捕らえると、力任せに引っ張り上げることで二人を立たせた。勢いよく上げられたため、肩に痛みが走ったが、そんな事を気にしてくれるはずもない。大きな手のひらは、彼女たちの腕をしっかりと固定し、その力は女の力で振り解けるものではなかった。
そしてそのまま引きずるように連れて行かれた先には、崩れかけたような小屋がぽつんと建っていた。周りには何もなく、ただその朽ちた小屋だけがある風景。恐らく狩猟小屋として使われていたものが放置されていたのを、この者たちが勝手に使用しているのだろうとアンヌは中りをつけた。
ちらりと付近を見渡すが、目立った建物はなく、森と山、荒野があるばかりだ。
力落としする間もなく、二人は男たちに小屋に入れられ、そのまま地下へと続く階段を下らされた。地下に辿り着くと、すぐに鉄製の扉が待ちかまえていた。ひんやりとした地下に、仰々しい鉄の扉という楽観できない雰囲気に、知らず体に力が入る。
「この中に仲間がいる、よかったな」
「な、仲間・・・・・・?」
突然告げられた言葉に、アンヌは意味が分からず困惑してみせたが、ライナはまさかグレイたちが捕らえられているのかと体を強ばらせた。
「入れ」
先導していた男が鉄の扉を開くと、ジトゥカは両手を振り払うように二人の体を室内に放り込んだ。突然腕を解かれ、踏鞴を踏むように室内に足を踏み入れた。
室内はぼんやりとした明かりが一つだけあり、そして決して広いとはいえない室内にいたのは―――10人ほどの子供たちだった。
「どういうこと……」
アンヌはその光景に戸惑いを見せていたが、ライナはすぐに室内を見渡し、知った顔がないのを確認してほっと肩の力を抜いたのだった。しかし楽観できる状態ではない事に違いはない。
「次の指示があるまで待機だ。大人しくしていろ」
言うだけ言うと、鉄の扉は無情にも閉じられた。アンヌは声を上げて問い質そうとしたが、すぐに無謀なことだと思い直したのか諦めたように肩を落した。
薄暗い室内に目を向ければ、胡乱な視線でこちらを見ている子供たちがいた。まだ幼い子供もいれば、ジュネスほどの歳の青年もいる。年齢も性別もバラバラな子供たちだったが、共通しているのはその腕輪。ライナにも取り付けられた精霊封じの腕輪を装着させられているところだった。
「ひどい……」
決して清潔とは言えない室内で、子供たちはそれぞれ身を寄せ合っていたり、一人膝を抱えていたり、諦めたように寝ころび動かない者もいた。すでに涙も枯れ果てたのだろうか、泣いている子供はいなかった。
「お姉さんは腕輪をしてないの?」
「え」
声をかけられ視線を向けると、青年が不思議そうにアンヌの腕を見ていた。この中では比較的意思の強さを感じさせる目をしている。捕らえられて間もないからなのか、見た限り最年長だったため、気を張っているのか。その青年がじっと見ているのはアンヌの白い肌、白い腕―――全員必ず付けさせられている腕輪を、アンヌだけがしていないことが不思議だったのだろう。
問われ、腕輪の意味も分からないアンヌは、隣で困ったような顔をしているライナに視線を向け首を傾げた。
「ごめんなさい、わたくしにはその腕輪の意味が分からないのだけれど」
「じゃあお姉さんは精霊が見えない人なんだね」
アンヌの言葉に、青年は納得したように頷いた後、目に見えて肩を落した。
「抜け出すきっかけになるかと思ったのに……」
青年の落胆の声に、やり取りを見ていた別の子供たちからもため息が漏れる。アンヌ自身が悪いわけでは無いのだが、期待を裏切ってしまったような、そんな居心地の悪さを感じた。
「役に、立てないようで……ごめんなさい」
「……いいんだ。お姉さんが悪い訳じゃないから」
青年は言いつつも視線を避け、自分の腕に付けられている腕輪が外れないものかと引っ張ったりしていた。腕輪が付けられている周りの皮膚は赤く血が滲んでいる。それは何度も何度も腕輪を外そうともがいた結果の表れだろう。
「精霊が見えないのに、どうしてここに連れられて来ちゃったのさ」
暫く腕輪と格闘していた青年は、諦めたように溜息をつくと床に胡坐を組んで座り込んだ。それを見てライナもぺたんと床に座り込む。ボロボロのドレスが翻り、足が見えたがライナは頓着しなかった。アンヌも胸中で様々な事柄と葛藤していたようだが、結局ライナの隣に腰を下ろした。体力温存を優先し、貴族の矜持とかマナーとか恥などを一旦忘れる事にしたようだ。
部屋のほぼ中央で座り込んだ三人が気になるのだろう、幼い子供たちがチラチラと、こちらを気にしているのが分かる。
「わたくしは精霊は見えないの。この子が精霊士なのだけど……その腕輪のせいで精霊が感じられないって本当なの?」
前半は青年に向け、後半はライナに向けて声をかけた。ライナは腕輪に触れつつその問い掛けに頷く。忌々しい腕輪は、一向に外れる気配が無い。
「だからさっき、馬車から降ろされた時も精霊をつかえなかったのね」
馬車から無理矢理引き摺り下ろされた時の事を思い出し、ライナは小さく頷いた。そんな二人の様子を眺めていた青年は、ごく自然な質問をする。
「しゃべれないの、その子?」
「ええ」
「へぇ、大変だね」
喋らず、ただ首を振る事だけで意思表示をするライナに、青年は特に感慨もなく受け入れたようだ。
「お姉さんは巻き込まれたわけだ」
「……そう、なのかしら……」
てっきり公爵令嬢という自分の身分を狙っての誘拐だと思っていたが、この現在の状態から考えると、狙いは自分ではなくライナということになる。いや、正しくは【精霊士】を狙っての犯行なのだろうか。ここに集められた子供たちは、少なくとも全員が能力の差はあれど精霊を感知できるのだろう。だからすべからく全員が忌々しい腕輪を装着させられている。だとすれば、公爵令嬢であることに対し、何の切り札にもならない可能性がある。彼らがどうして【精霊士】を集めているのか、そしてそれがなぜ全員子供なのか分からないが、犯人たちにとって、一番必要でない人質がアンヌだということだ。
そう考え至り、アンヌはぞっとした。
「お姉さんたち……貴族なの?」
青年の目は、薄暗い室内の中でもはっきりと見ることが出来た。彼の視線はライナとアンヌのボロボロのドレスだ。だが、いくらボロボロだとはいえ、その生地の美しさや繊細さ、残っている刺繍の緻密さを見ればそれが上等なものであると分かるし、それを着れる身分は貴族しかいないとすぐに気が付くだろう。
「……ええ、そうよ」
「ふぅん」
隠しても仕方ない事だ。アンヌの返答に青年はドレスから目線を逸らし、気のない返事だけを返したのだった。
「ま、なんでもいいよ。今は一緒に囚われの身だからさ」
そう言うと、生意気そうに笑って見せた。その表情は思っていたよりも幼い。
「お姉さんたち名前教えてよ」
「名前?」
「そ。他はみんな俺より子供でさ、今は大人しいけど泣くか喚くか、もしくはだんまりかなんだよ。会話なんてできる奴いなくて、こうして普通に会話できたの久しぶりなんだ」
言いつつ周りを見渡すと、子供たちが怯えつつこちらを注視しているのがわかった。思い切って会話に加わることはできないが、それでも気になるのだろう。
「教えてもいいけれど、まずは男性から名乗って下さらないかしら?」
アンヌはつんと澄まして高飛車に言い放ってみた。青年は少し驚いた顔をしたが、アンヌの瞳が楽し気に煌めいているのを見て、口元に笑みを浮かべると、すぐに腰を上げその場に立ち上がり、右手を胸に当て腰をかがめて頭を下げた。
「これは失礼いたしました、レディ。わたしはソニールと申します。麗しきお二人の名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
芝居掛かった仕草と口調に、アンヌは思わず小さく笑い声を上げた。そして同じようにその場に立ち上がるとボロボロのドレスの裾をつまみ、腰を落として礼をする。
「ソニール様はじめまして。わたくしはアンヌ、こちらはライナでございます。共に囚われたもの同士、よろしくお願いいたしますわ」
名乗り合った後、アンヌとソニールは顔を見合わせ吹き出した。が、すぐに口をふさいで笑いを抑え込む。けれど笑いはなかなか収まらず、しばらく二人は肩を震わせて笑いあっていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ワムローの実兄から届いたという知らせには、きな臭いものしか感じなかった。人を運び出すという観点から見て、どう甘く解釈しても合法とは思えない。大体にして、人を船で運ぶなどという理屈自体が、陸育ちのグレイには理解できない。
まだ潜入前……マーギスタに入る直前にマクルノが海路に気をつけろと言ってくれたが、まさかここに来てその助言が生きてくるとは思っていなかった。あの助言が無ければ、港を気にすることも無かっただろうし、船の造船なとどいう途方もない計画を立てることも無かったのだ。
「マーギスタから人を運び出そうとしている事に間違いはない―――そう思っていいのでしょうか」
「ええ、十中八九」
グレイの問いかけに、少し疲れた顔をしたワムローだったが、返答はしっかりとしたものだった。
「どれほどの規模の船を求めているのか、わかりますか?」
今造船しているのは小型船ばかりだ。古い船の中には中型船もあるが、手入れをしなければならないだろう。
「伯爵、兄のいう通りに船を用意されるのですか?」
「そのつもりです」
確実な証拠と共に、確実に捕らえたい。そして根本から壊滅しなければ解決にはつながらないだろう。グレイのきっぱりとした言葉に、ワムローは決心したように顔を上げた。
「詳細は、追って連絡が来るでしょう」
「なにかあれば、すぐに連絡をください」
「もちろんです」
グレイはワムローの兄ガードロスが動き出したことも気になるが、ロージィが持ってきた文の内容も気になっていた。そして胸に渦巻くいやな予感に、言葉にできない不快感が心を満たしていく。
ここにじっとしていてもどうにもならない。そう判断したグレイは、ジュネスと共にワムローの屋敷を辞した。その足でジュネスに再びマクルノに伝令を依頼する。出来る限りの造船スピードの向上と、周辺の警戒が目的だ。マクルノに伝えれば、必然的に港で従事させられているパーティスとロックの耳にも届くだろう。
グレイは一人拠点にしている屋敷に戻ったが、すでにロージィの姿はなかった。
次回はグレイ視点から始まります