緊迫の建国記念日4
一週間くらい空けてしまいました…すいません…っ
人の波を掻い潜った先にいたのは、ロットウェル最高権力者であるファーラルだった。バーガイル伯爵家一行の登場に気付き、ファーラルは自分を囲っていた貴族たちに、やんわりと断りを入れると微笑を浮かべて近づいてきた。
今日は薄いグレーの上下揃いのスーツを着ており、胸元を飾っているのは紫色の薔薇と白薔薇。純白のスーツであれば一段と目を引いただろうが、少しだけ色彩を落とすことにより、落ち着いた雰囲気を醸し出すことに成功していた。
金色の髪が室内を照らす照明に反射し、眩しさを感じずにはいられない。特に多くの装飾品を付けているわけでもないのに、彼はこの場で確実に『王子』のように振る舞っているのだった。
傍まで着たファーラルは、ファヴォリーニにしっかりと目線を合わると声を上げた。
「お待ちしていました、将軍」
「ファーラル議長。もう引退した身だ、その呼び名はご遠慮する」
「わたしにとって、将軍はいつまでも将軍ですよ」
ファヴォリーニが引退するきっかけとなった事故が起こるまで、二人は白薔薇城でそれなりに親交があった。会議で会うことが多かったことも確かだが、息子であるグレイがファーラルを師事することになり、その交流の頻度は自然と回数を増していたのだ。
しかし、不幸にもファヴォリーニの身に起こった事故により軍職を退くことになり、それをきっかけに邸宅に引き籠ることが多くなったので、今日まで会う機会は数えるほどであった。
「お元気そうで安心いたしました」
「嫌味かそれは。ろくに歩けん脚だ。元気なわけあるわけないだろう」
「おやおや、心からの言葉を皮肉と取られてしまうとは心外です」
言葉の応酬だけを見ていると、仲の良さなど皆無に見られがちだが、これでもこの二人は、年齢は離れているとはいえ気心が知れた相手だった。ファヴォリーニが現役の時から、いつもこんな調子でポンポンと言い合っていた―――というのはガーネットの談だ。
そんなガーネットは久しぶりに目の当たりにした言い合いに、うっすらと笑みを浮かべてそれを眺めている。身を纏うのは体にぴたりと沿った真紅のマーメイドドレスだ。胸のふくらみ、細い腰。そして引き締まった下半身。剥き出しの肩にはファーラルのスーツとよく似た色のグレーのショールを纏い、きっちりと纏め上げられた髪には、紫色と白色の薔薇が添えてあった。これはファーラルが数多の淑女に言い寄られのを回避するため、ガーネットにお揃いの物を付けようと提案した結果である。
「今日はわたしのことはいい。……来られているか」
表情を改めたファヴォリーニは、少し目線を鋭くしファーラルを見据える。現役を退いたとはいえ、その眼力は健在である。
「ええ。今夜は重大発表がありますからね」
「夫人もか?」
「もちろんです。とても楽しみにされていました」
二人の会話の内容はイマイチ分からないままだったが、クレールもミラビリスも口を挟むことなく黙っているので、ライナもそれに倣い大人しくしていることにした。だが、ふと顔を上げたところでファーラルと目が合い……その目が楽しげに愉快そうに煌めいているのを知ってしまい、何故か背筋が寒くなった。
「久しぶりだね、ライナ」
声をかけられ、ライナは慌てたように首を縦に振った。しかしその様子を遠巻きに眺めていた数多の貴族令嬢たちは色めき立った。突然伯爵家の一行と共に現れた少女が、『王子』ファーラルに名前で呼びかけられているのだ。娘たちはイライラとしつつ遠巻きに視線を送り、その親たちは自分の娘を差し置き、ぽっと出の少女が名前で呼ばれている事への衝撃に耐えていた。
―――あの娘は何者だ!?
その場を眺めていた貴族たちは、全員がライナへと視線を合わせ凝視し始めた。このままやり過ごしていい身分の者なのか、親睦を深める方がメリットを得られるのか。
彼らの頭の中は今、必死に損得を天秤にかけている。
そんな視線をまともに受け、ただでさえ精霊が感知できるほど感覚が鋭いライナが気づかない筈がない。全身を包む負の感情に胸も苦しくなりそうだった。そして突き刺さる視線に既視感を覚える。
これは……あの日、馬車から降ろされ男たちに囲まれた、あの圧迫感に似ている。【精霊士】の娘がいるはずだと、調べられたあの日の……。
知らず、くらりと眩暈を起こしていたらしい。足元で踏鞴を踏んだライナの背をそっと支えたのは、元凶ともいえるファーラルだった。
「おっと。周りの視線に中てられたかな」
苦笑しつつライナを見てくるが―――その目はやはり面白がっている。
「ライナ、どうした!」
「コルセットが苦しいのかしら。かなり緩くしたはずなんだけれど」
慌てたのはファヴォリーニとミラビリスだった。そしてそれはまた、こっそりと様子を伺っていた貴族たちの動揺を大いに誘った。なにしろ今日の今日まで、彼らは夫妻の仲は悪いものだと確信していたし、実際冷え切った夫婦関係だと知っていたからだ。しかし、いま二人揃って少女の心配をしている姿を見ると、とてもそうとは思えない。
―――あの娘は何者だ!?
彼らの頭の中には疑問だけが増していく。
「ライナ、こんなところにいたのね」
そんな中、親しげに声をかけてきたのはピンクゴールドの髪と、整った容姿を持つ令嬢アンヌだった。当然の如く、その隣にはロージィが控えている。
その時彼らを注目していた貴族たちは、アンヌとライナと呼ばれた少女のドレスのデザインが同じ事に気が付いた。アンヌは白い肌と煌めく髪に馴染むような、艶やかなドレスの生地は薄いラベンダー色。対してライナは淡い新緑色のドレスであり、その意匠は細部にわたるまで洗練された美しさだった。唯一の違いは、アンヌの胸元に飾られた赤い薔薇だけ。
アンヌが月だとすればライナは陽。二人が並べば対照的でありながら、それでもその対比には息を呑むものがある。
ライナ自身意識してこなかったが、伯爵家で教育を受け続けたこの一年間―――自然と身に着いた洗練された動きや姿勢の良さは、他の貴族子女たちに劣るものではない。元々が森育ちの為か、今も動作が早すぎるという難点は残しているが、それくらいは微々たる欠点で論えるようなものでもなかった。
「さぁこちらにいらっしゃい。わたくしの両親を紹介するわ」
ライナの手を取り、アンヌはあっさりとその場から連れ出すことに成功した。焦って振り向きざまにファヴォリーニたちを見るが、誰一人として慌てている様子が無く、それどころかミラビリスは小さく手を振って見送っていた。
「アンヌ様。これを」
歩いている途中、ロージィがアンヌに手渡したのは彼女が付けているのと同じ赤い薔薇だった。
「あ、そうだったわね。ライナこれを付けて」
受け取ると、アンヌは『付けて』と言いつつ自らライナの胸元に手を伸ばすと、自分と同じような位置に赤い薔薇を付けた。ドレスの中で一つだけ違っていた箇所も同じになり、ますます二人は対照に拍車をかけた。
「さあ、これで完了よ。行きましょう、新しい家族を紹介するわ」
「!?」
アンヌがさらりと告げた言葉に、ライナは意味が分からず目を見開いていたが、それをまったく無視すると、ずんずんと人波をかき分けて突き進んでいく。時折、アンヌを知っているのだろう貴族たちが『アンヌ様』と声をかけてくるが、簡単な挨拶だけにとどまり長居することも無い。
「いないわね」
「アンヌ様、あちらです」
「あら、本当だわ」
周りを見渡したアンヌだったが、すぐに隣にいたロージィに誘導された。そして声が届く距離まで近づくと、ライナの手を引いたまま早足で駆け寄っていく。
「お父様!お母様!」
「アンヌ!」
ぎゅっと抱き付いてきた愛娘に、父親―――リグリアセット公爵は相好を崩して抱きしめ返した。そしてお互い顔を見て微笑みあうと、次には隣にいた母親にも同じように抱き付いた。
「ご無沙汰してしまってごめんなさい」
「いいや、領地からなかなか出て来れなくてすまなかったね」
公爵は温厚そうな顔立ちをしており、実際心根も優しく温情に熱い人柄だ。その為、彼がロットウェルを崩壊に導いたあの愚王の弟だとわかっていても、決して嫌われる性格ではない。中央都市から離れて暮らし、ほぼ統括領内から出てこないため、むしろ会えた時に縁を結ばねばと、恩恵を求めて擦り寄ってくる蠅たちを公爵夫人が退治しているのが実情である。
父親と娘の再会を見ていた公爵夫人は、そんな夫の肩を持っていた扇でとんとん、と叩く。決して強く叩いているわけでは無いのだが、なぜか威圧を感じるのはいつもの事。
纏め上げられた髪色は、娘アンヌと同じピンクゴールド。だが、その容姿はミラビリスのように輝くものではなく、本当に普通の可もなく不可もなく……まさに『普通』なものであった。
「領主なのですから領地を第一に考えるのは当然でしょう。公爵領は辺鄙なところですが、その分豊かな自然が自慢なのです。もう少しすれば小麦の収穫も始まります―――アンヌ、もちろん手伝いに戻ってくるのでしょうね」
しかし容姿は普通でも、頭の回転と言葉の応酬は無配である。
まだ公爵が王位継承権だなんだと騒がれて、王子という身分を背負っていた時分、彼は片田舎に領地を貰うと継承権をあっさり放棄し、王族というものから距離を取った。身軽になった公爵は賜った土地がやせ細り、住民が生活に困窮している事を知ったのだ。そしてそんな土地を公爵領だと譲り渡したのは、当時の愚王の最後の嫌がらせだったのだろう。だが、公爵はそのやせ細っていた領地を開墾し、土壌を改良し、人々一緒に豊穣の祭りを復活させたりしていた。その当時に出会って結婚したのが現公爵夫人である。
「と、まぁ……面白くない話はこの辺りにしておきましょう」
公爵夫人の言葉に、自然と公爵とアンヌの肩の力が抜けた。振りかざしはしていないが権力者である公爵よりも、絶対的な美貌と教養を持つアンヌより、この凡庸な容姿を持つ公爵夫人がこの一家の中で最高権力者なのは間違いない。
「この子ですね」
「はい、お母様。ライナといいます」
「!」
近寄って来た公爵夫人に、ライナは慌てて淑女の礼を取った。歴史の授業で公爵家というものがどういった存在なのかしっかり習っていた。そしてロットウェルの人々は、リグリアセット公爵に敬意を払っているということも学んである。
「あらあら可愛らしい。はじめましてライナ。わたくしはリグリアセット公爵夫人のセリーナよ」
「……っ」
声が出ないため、言葉として挨拶が出来ないライナは戸惑って周りを見渡してしまう。すぐに気が付いたアンヌがライナの手を取って握りしめてくれた。
「大丈夫よ。ふたりにはライナの事話してあるから安心しなさいな」
アンヌの言葉と手の温もりにほっと息をつくが、すぐに割って入るように公爵夫人セリーナが声を上げた。
「アンヌったら、もうお姉さん気取りなのね」
「可愛い妹が出来て嬉しいんだろ」
続いて公爵本人も笑み崩れている。
「〜〜〜そうよ、だってわたくし。ライナのお姉さまになるんですもの!」
「?」
照れつつそう宣言したアンヌだったが、隣にいるライナには意味が分からない。きょとんとした顔をし続けているライナに向け、リグリアセット公爵一家は意味深な笑みを浮かべ続けていた。
「ライナ、これからはわたくしの事を母と呼んでね」
「ぼくの事はパパでもいいよ」
「わたくしはお姉さまでよろしくてよ?」
「!!?????」
三人三様、それぞれ勝手なことを言っていくがライナには突然何を言い出したのか意味が分からない。ロージィはそっと、混乱中のライナの隣に立つと小さな声で―――けれど衝撃的なことを言ってのけた。
「今日のこの日を以て、ライナ様はリグリアセット公爵家の養女として迎えられました」
ご来訪いつもありがとうございます。
緊迫の建国記念パーティは次回の「5」で終わる予定です。
予定は未定……




