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無声の少女  作者: けい
マーギスタ
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緊迫の建国記念日3

 ポリーナと別れ、ファヴォリーニを筆頭とした一行は、参加者の貴族たちと会話を交わしつつ、少しずつホール中央の人だかりに向けて進んでいった。その間、四方から遠慮のない視線が飛んでくる。


 ここ数年姿を見せなくなっていたファヴォリーニと、同じく屋敷に閉じこもりがちだったミラビリスが揃って出席しているとあり、興味は尽きないのだろう。なにしろ、結婚後数年で不仲が噂され、昔から揃って夜会などに出ることも少なかった二人なのだ。ファヴォリーニは仕事に忙しかったのは間違いない事実なのだが、ミラビリスはずっと暇を持て余していた。それでも愛人を囲うことなく暮らし続けていたのは、性に奔放な一面のある貴族社会から見れば、真面目な年月を過ごしていたと言える。

 並み居る参加者たちは、そんな二人を興味津々で眺めているのだ。だが、当人であるファヴォリーニも、妻であるミラビリスもそんな視線など気にしていないのだろう、堂々とした貫禄で立ち回っていた。だが、そのおまけのように付いて歩くしかないライナは違う。時々気にしたように車椅子を押しているクレールが声をかけてくれるのだけが救いだ。


 時々知り合いだろう白髪の男性や、ふくよかな女性などが現れ、入れ代わり立ち代わり進路を妨害するかのように話しかけてくる。久しぶりの参加もあり、話題が尽きない夫妻は、愛想よく応対し話に花を咲かせていた。そして話しかけてきた相手は、チラチラと見て気にしていながら、まるでいま気づいたように声をかけるのだ。


「そちらのお嬢さんは、伯爵家に縁のある方ですか?」


 何度目かの同じ質問。今回そう声をかけてきたのは、まだ年若い男―――ランディ侯爵だった。年齢はグレイほどだろうか。だが、グレイほど自立した雰囲気はなく、貴族の若い男特有の、少々緊張感のない空気を醸し出している男だった。けれど身なりはさすがに整っており、容姿もただの優男ではないものを感じさせる。珍しい銀髪と対照的な濃い茶色の瞳。柔和な顔立ちをしているが、その瞳の奥に秘めたものが何なのかは、一見しただけでは理解できないだろう。彼はまるで値踏みをするかのような不躾な視線を、着飾ったライナに向けてきた。


「可愛らしいお嬢さんですね」

「そうでしょう?わたくしたちの大事な娘なのよ」


 ミラビリスが堂々と『娘』と公言したことで、ランディ侯爵の視線が変わった。バーガイル家に娘となる子供はいない。となれば、よほど大事にしている血縁の令嬢だと認識したらしい。

 まさかミラビリスが未来を見据えて『娘』と発言したなどとは考えも及ばない。なにしろこの時点で、グレイとアンヌの婚約破棄は公式にされておらず、この会場にいる貴族たちは今もアンヌが未来のバーガイル伯爵夫人になると信じて疑っていないのだから。


 だが、ミラビリスを始めとする一行は公爵の勘違いに気付きつつ、訂正する気はなかった。


「それはそれは。もしよろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……」


 今日ライナはいつもの革の鞄を持ってきていなかった。つまり、黒板もチョークも手元にないのだ。あの鞄はドレスにまったく似合わないとニーナやリリーだけでなく、ファヴォリーニにまで持ってくる許可が得られなかった。なので、いまライナには他者と意思疎通する方法がない。

 そんなことは知らないランディ侯爵は、期待に満ちた目でライナをじっと見てきた。


「……」


 助けを求めるようにファヴォリーニとミラビリスに視線を投げ、そしてそのまま思わずクレールの後ろに隠れてしまう。直視してくる視線に耐えられなくなった結果だ。だが、ランディ侯爵はそう思わなかったらしい。


「なんと愛らしい」


 ―――は?


「わたしがじっと見過ぎて照れてしまったのかな」


 不思議な発言に、ライナがそっと顔を出すと……ランディ侯爵とバッチリ目が合った。


「!」


 あまりにも直視され過ぎていて、思わずびっくりした顔のまま目が合った。だがライナはすぐに直視され続けている理由に思いあたった。


 ―――このドレス、やっぱり似合ってないんだ〜


 自分の姿に自信のなかったライナは居た堪れなくて顔を伏せ、再びクレールの後ろに姿を隠した。その様子を苦笑しつつ見守っていたミラビリスは、扇で口元を隠しながら侯爵に向き直った。


「申し訳ございません侯爵。まだ(おおやけ)の場は不慣れなのです。許してあげてくださいませ」

「いいえ、こういった反応は新鮮に感じます」


 ミラビリスの言葉とライナの反応に感じいるものがあったのだろう。なぜか胸を打たれた様子のランディ侯爵は、身を縮めるライナの傍に歩み寄ると、手袋に包まれた小さな手を取った。思わずビクリと体を揺らしてしまう。


「……っ」


 その反応すらランディ侯爵の琴線に触れたようだ。


「可愛らしい姫、今度お会いするときには、ぜひその唇で名前を紡いでください」


 言うだけ言うと、素早くライナの指先に口付けを落とす。手を引っこ抜く間もない早業だった。ぽかんとしていたライナだったが、すぐにじわじわと顔を赤く染めていく。そんな初々しい反応に、ランディ侯爵は知らず胸が高鳴るのを感じていた。


「……侯爵」


 だが地を這うような低い声がその空気を一閃する。通りすがりの振りをして様子を見ていた貴族たちにもその声は聞こえたようで、一歩二歩と思わず後退っている者もいる。


「この娘には手出しされませんように……」


 ギロリという効果音があれば、間違いなく聞こえていただろう目力を発揮し、ファヴォリーニは全力でランディ侯爵を牽制したのだった。常であればあっさり引き下がるところであるし、今までのランディ侯爵であれば、適当に愛想笑いを振りまいて退散していただろう。だが何を思ったのか、侯爵は触れていたライナの手を軽く握ると、その場に膝をついてライナと目線を合わせた。


 その行動には、さすがのファヴォリーニとミラビリスも驚きを隠せない。侯爵位についている者が、見ず知らずの娘に膝をついているのだ。当然周りにもそのざわめきは伝播し、否応なしに注目を浴びる事となった。


「あなたが正式に夜会デビューする際には、是非わたしをパートナーに選んでください。色よい返事をお待ちしています。ね?」

「〜〜〜!??」


 突然の発言にライナはどう反応をすればいいのか分からず、オロオロと動揺するばかりだ。握りしめられているわけでもないのに、ランディ侯爵が掴んでいる手は離されないし、間近で見つめてくる視線に含まれているのは、時々グレイからも感じる熱のこもったものだった。


「これ以上は困られてしまいますね」


 ライナが硬直しそうなのを見て取り、表情を和らげたランディ侯爵は名残惜しげにライナの手を離した。そして素早く立ち上がると、ぽかんとこちらを見ていたミラビリスに向き直った。そのままミラビリスの手を取ると、ライナと同様指先に口付ける。


「バーガイル伯爵夫妻、彼女を声も出ない程驚かせてしまったことをお許しください。そしてどうか、彼女の名前をお教え願えますでしょうか?」

「そ、そうね。いづれ分かる事なのですから……よろしいかしら、旦那様」

「…………仕方あるまい」


 不満そうなのを隠しもせず、ファヴォリーニは渋々頷いた。その様子を眺めていたクレールは内心大いに慌てていたが、口を出すことは出来ないため、ただ陰に徹するのみだ。自分の後ろに隠れているライナが戸惑っている気配をしっかり感じるというのに、手助けできない不甲斐なさに打ちひしがれるしかない。


「この子はライナですわ」

「ライナ……」


 ミラビリスから告げられた名前に、ランディ侯爵は何度も口の中でその名前を転がした。


「ほらライナ、挨拶は習ったでしょう?」


 ミラビリスに促され、ずっと練習させられてきたレディの挨拶をぎこちなくしてみる。緊張をしているため、いつも以上に動きが悪く決して美しい形ではない。それがまた恥ずかしく、ライナの頬は更に赤く染まってしまった。


「……かわいい……」


 そんな姿を見つめていたランディ侯爵の口からぽつりと呟かれた言葉は、誰の耳にも届かない程小さなものだった。緊張しているライナにはもちろん届かないし、距離を取っていたファヴォリーニとミラビリスにも聞こえていなかった。が、クレールにはばっちり聞こえていたのだった。


「ライナ嬢、また是非お会いいたしましょう。わたしはオーソズ・ランディ。可愛らしい方、次まで決して忘れないで下さいね」


 侯爵は言いながら、一度は手放したライナの手をもう一度取り、再度素早く指先に口付けを落とした。そしてファヴォリーニから発せられる怒気に中てられる前に、その場から姿を消したのだった。


「あらぁ、グレイの恋敵になるのかしらね」

「……ライナはやらん!」


 楽しげなミラビリスと対照的に、ファヴォリーニは目を吊り上げて怒っていた。ライナ自身は緊張から解放され、自分に何が起こっていたのか理解できていない様子だ。けれど、二度にわたり唇を受けた指先を眺め、顔を赤く染めていた。


 その様子を横目で見つつ、一行は会場を歩いて目的の場所を目指す。いまの停止時間でかなりの時間をロスしてしまった。だが、こういった社交も貴族の役目の一つだ。いままでさぼって来た夫婦には、懐かしい空気でもある。


 適当に周りに挨拶をしつつ歩いていたが、先程の事を思い出したのか、ミラビリスは口元を扇で隠しつつ小さな笑い声を上げた。その声にファヴォリーニは妻を振り仰ぐ。


「うふふ、ライナは美人ってわけではないのだけど、擦れていないところが新鮮に映るのでしょうね。素朴な愛らしさというべきかしら」

「……グレイのいない時に……」


 ミラビリスの楽しげな声とは対照的に、ファヴォリーニは苦々しげな声だ。


「挨拶でもある指先への口付けであんなに赤くなってしまうのよ。わたくしから見ても可愛らしいわ。百戦錬磨と名高いランディ侯爵も、思わずライナに釘づけね」

「せめてジュネスでもいれば……」

「もしかしたら、侯爵以外にもライナを見初めている方がいるかもしれないわね」

「……連れてきたのは間違いだったか……」

「楽しみねぇ」

「最悪だ……」


 バーガイル伯爵夫妻の会話はまったく噛みあわないままだった。


恋敵!?!?


さてどうなるでしょうねー。

そしてさっさと目的のところまで進んでくれ、夫婦一行…。

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