疑惑の手紙
眼前に現れた予想外の人物に、さすがのグレイも動きが止まった。一緒になって顔を覗かせていたジュネスも同様だ。どう言葉をかければいいのか戸惑っている様が良く伝わってくる。ここに居るはずのないロージィの出現はそれほどまでにこの主従を混乱させた。
「え、え、え??なんでここに」
「アンヌ様に付いてるのではないのですか」
もっともな疑問を口にした二人に、旅装のロージィは大きなため息を吐きだした。
「とりあえず、中に入れてもらえますか」
早朝で人通りは少ないとはいえ、玄関口で立ち話は目立ってしまう。ロージィの一言でそれに思い当たったグレイとジュネスは、慌てて屋内に案内した。
ロージィは手早く旅装を解き、身なりを整える。着替えたいとの申し出に、ジュネスは奥の客室に案内した。だが室内に入りたった数分で素早く服を着替え終えて出てきた。早着替えはアンヌの専属執事として必須なのかもしれない。
さすがに今は執事服ではないが、それでも黒を基調とした私服だった。
「まずは遠路ご苦労だったな、ロージィ」
ジュネスがお茶を用意し、居間のソファーにそれぞれ腰を落ち着けてから、グレイは労いの言葉をかけた。だが、その言葉を振り払うかのような視線は、とても冷たい。
「まったくです。軍籍でもないわたくしを利用するなど、あの議長はロクな死に方しませんね」
「……代わりに謝っとく。すまん」
ロージィが言う『あの議長』がファーラルを指すのだと察したグレイは、思わず謝っていた。確かに軍籍でない人間を顎で使うように他国への連絡係りにしてしまうなど、あってはならないことだ。ましてロージィはアンヌの執事であると同時に彼女の護衛も兼ねている。ロージィが常に傍に仕えていることを条件に、リグリアセット公爵はアンヌの中央都市生活を許容しているのだ。その彼を権力者が引き剥がしてしまうのは、あまりよくない。外聞的にも政治的にも。
「バーガイル伯爵。なにか勘違いされているようですが」
「え?」
「わたくしが言った『議長』というのは、剣の師でもあるクレイツ様の事ですよ」
飄々と返され、豪胆なクレイツ議長を思い出した。そしてそういえばファーラルの指示でクレイツがロージィの剣の師範をさせていたと思い当った。そしてそう気づいた時には、猫のように目を細めて笑うロージィと目が合った。
「……こいつ……っ」
「伯爵が謝罪してくださるというのであれば、謹んで受け取っておきましょう」
ニヤニヤと笑う顔はあくどいの一言だ。グレイからの謝罪の言葉は、ロージィにとって蜜の味でもするのだろう。ちなみにグレイの隣に腰を落ち着けているジュネスは、触らぬ神とばかりに傍観を決め込むことにしたらしい。
「お前まだ、アンヌと俺との事怒ってるのか」
思わずうんざりとした声が出た。グレイがアンヌとの婚約を解消したのは昨年。その頃ひと騒動あって、ロージィが決闘だと意気込み、軍施設内の鍛錬場まで乗り込んできたことがあったのだ。結局あれは有耶無耶になったのだが、ロージィがそれで納得しているとも思っていなかった。
「いいえ」
だが、予想に反してロージィの返答はあっさりとしたものだった。
「考えれば、あなた如き器の男がアンヌ様に釣りあうはずもなかったのです。わたくしはアンヌ様の望むがままに伯爵の後をつけたり、伯爵の立ち寄った先を確認して行動報告したり、伯爵の交友関係を調べて手回しを頼むなどをしていましたが、わたくしがもっと早くに伯爵の性癖に気付いてお諫めしていれば、アンヌ様の貴重な若葉の時代を無為にすることが無かったのにと思い、胸が痛くなる思いなのです」
「ちょっと待て。性癖ってなんだ」
止まらない発言のいたるところに聞きたいことが山積みだが、とりあえず最後の一言は聞き捨てならない。グレイは口元をひきつらせたまま、ロージィに詰め寄った。
「伯爵がまさか少女趣味だったとは」
「違うっ」
「年端もいかない小娘に熱を上げているのは何処のどなたですか」
「小娘とか言うなっ」
「……訂正箇所はそこですか」
ちょっと本気で引いた顔をしているロージィを見て、グレイは自分の失言を悟ったが一歩どころか五歩ほど遅かった。
だいたいにして、グレイとロージィは決して友好関係ではない。アンヌ至上主義のロージィと、そのアンヌを拒否したグレイ。大様にして仲が良くなる理屈が無い二人なのだった。
「おまえに何と思われていようが痛くも痒くもない。それより、ファーラル議長からの連絡があるのならとっとと報告しろ」
「不承不承ながら、これです」
態度や発言に対しても不満を隠さないまま、ロージィが内ポケットから取り出したのはファーラルの印が押された封書だった。
「クレイツ様がわたくしに押し付けていきました。まったく……隣国に早馬も出せないほど人員に困窮しているとは思えないのですがね?」
ぶつぶつ文句を言っているが、その内容は的を得ている。そしてグレイもジュネスも同じようにクレイツの行動を不審に思った。なぜあえて、ロージィに文を届けさせたのか。そしてファーラルがクレイツに文を託したのは、こうなることを見越していたからだろうか。
渡された手紙に伸ばした手が、一瞬躊躇して止まった。【魔法士】であるグレイには見えるが、精霊の力を使った封印までされている。稀に見る厳重な扱いに、グレイの表情が強張り、受け取る手にも力が入った。
「これはまた……難解な封印を」
苦々しく手紙を見ながら、師匠の施した封印を少しずつ解除していく。ロージィとジュネスには見えないだろうが、ありえない程に能力でぐるぐる巻きにされている。もちろん闇の精霊の力だ。一見すればただの手紙だというのに、なかなか開けられないその姿に、ジュネスは困惑しているし、ロージィはにやにやと笑っていた。
そうしてようやく解除が出来た頃には、テーブルに並んでいたお茶はすっかり冷めていたのだった。
「できた……」
「ご苦労様です」
「クレイツ様曰く、ファーラル議長は開封に1時間はかかると言っていたそうです。予想より早かったですね」
「なっ……はぁぁ師匠……」
色々と仕事は山積みだろうに、こういうことには労力を惜しまないファーラルの姿勢を改めて見せつけられ、グレイは精神的にも疲れた体をぐったりとソファーに投げ出した。
「それで中身をお伺いしても?わたくしにも知る権利があると仰っていたらしいのですが。気になって途中で開けそうになりましたが、どうしても開封できず苛ついておりました」
「おまえ、結構怖いもの知らずだよな」
ただの封印だからよかったが、無理矢理開けようとすれば闇の精霊が襲い掛かるようにすることも出来る。正直、ファーラルはそれくらいの嫌がらせはする人なのだ。
「まず俺から確認する」
「どうぞ」
開いた白い便箋には、ロットウェルの国旗が透かしで入っており、ファーラルの直筆署名もあった。そしてその中身は―――
「……え」
グレイ・バーガイル伯爵
潜入任務ご苦労様。そちらでの成果はいかがだろう。最近の報告を見る限り、金のかかる事業に手を出しているらしい事はわかった。臨機応変にすればいいが、こちらから融資できる金額に上限があるということを忘れないように。マクルノは好き勝手やっているだろうが、放っておいていい。
さて、ロットウェルにあるとされていた奴隷市場の件だが、今のところまだ場所の特定には至っていない。中央都市での不審者情報がわずかしかないのが現状だが、それが件の誘拐組織と関わるものなのかは不明だ。都市部から離れた郊外では、不審者情報と誘拐事件が多発しているのを見ると、わたしの結界では感知できない場所での所業だろう。結界範囲は公表していない筈だが、もしかすれば内部に協力者がいるのかもしれない。都市部にあるとしていた奴隷市場自体が、郊外に移されているとすればわたしの能力では探れないため、結局は人海戦術で虱潰しに捜索することになるかもしれない。
グレイたちは引き続き任務を遂行し、マーギスタを探ってくれ。その間はお前の心配の種であるライナはロージィに警護させている。クレイツに師事させた成果か、かなりの腕前になったようだ。貴族子女の誘拐のこともあるし、二人セットで常に行動するように指示してある。破落戸程度ならロージィ一人で対処できるから安心しろ。
また何かあれば連絡する―――
手紙を持つ手が震えた。背筋に悪寒が走る。
「グレイ様?」
隣からの呼びかけに、その手紙をそっとテーブルに置いた。そしてジュネスとロージィは二人揃って顔を寄せその手紙の内容を読み進めて行き……グレイ同様に表情を強張らせた。ロージィの顔色は蒼白になっている。
グレイ同様、この手紙と今現在の自分たちの状況がおかしい事に気が付いたからだろう。
「伯爵、これは……この手紙は……意味は」
「ロージィ、おまえがライナの護衛も兼ねていたというのは本当か?」
先程までとは打って変わった厳しい表情とその視線に、さすがのロージィも居住まいを正して座りなおした。
「はい。孤児院や買い物に行く際にも、アンヌ様と共に行くようにしておりました。時にはミラビリス様もご一緒でしたが、仰々しく護衛を連れ歩くことを好まれない方々の為、わたくしが護衛を兼ねて傍におりました」
「そしていま、おまえはここにいる―――」
「……」
ファーラルの手紙にははっきりと『ロージィを護衛とする』と書かれている。なのにそれを覆し、ファーラルは彼をここに使者として宛がうだろうか。
「文を届けてこいと言ったのは、クレイツ様だったか……」
「……はい」
最初は望まざる剣の師範だったが、それでもその豪胆な性格と老いてなお衰えぬ力強さに惹かれてものがあったというのに、いまは不審の根が広がっていく気がした。
「だがロージィ、ファーラル様からの護衛の任だというのに……クレイツ様から言われたからと言って、簡単にそれを放棄したというのか?」
6人会議のメンバーはそれぞれ同等の権力を有するとある。だが実際は一番若く、【魔法士】として最強のファーラルが群を抜いているのは周知の事実だ。そしてファーラルは【魔法士】の能力だけで―――と言わせないために誰よりも働き、誰よりも国に尽くしているのだ。
「とんでもない。最初は断りました。けれど、アンヌ様が与えられた役目を無為にするなと仰られて。もちろん、それでもお傍を離れることを渋っていたのですが……護衛を代わってくれると―――」
「誰が」
「ディクター議長です」
さらりと零れた名前に、グレイとジュネスも困惑の顔を隠せなかった。
そろそろマーギスタ編も佳境…でもないか。
次回はロットウェル!
久しぶりにライナが出てきます。
★注意★
ロージィがクレイツに師事している顛末は『無声の少女 〜閑話休題〜』にて掲載しております「ロージィと決闘」をご覧ください。すいません…




