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「血の繋がった弟であるわたしが言うのもなんですが、兄は品行方正とは言い難い人物でしてね。正直いえば、あまり関わり合いになりたくないのですよ」
大きくため息をつきながら話し始めたワムローは、グレイが持ってきた用紙から視線を外さないままだ。
「これ以上の話を―――ここで伺っても?」
「……ああ、そうですね。身内に関する事なので、できれば組合長にはご遠慮いただきたいところですが」
思わぬ深い話になる可能性を示唆すると、ワムローは顔を上げてゴーランを見た。組合の応接室を占領することになるため、グレイとしては揃って出て行くことを考えていたのだが、ワムローはこのままこの場所で話をしてしまいたいらしかった。
そんな様子を確認すると、ゴーランは特に何も言わず応接室から退室していったくれた。内容は気になるだろうに、あまりにもすんなりとした対応に、逆にこちらが戸惑ってしまう。
「伯爵」
ゴーランが立ち去る後姿を見送り、扉が確実に閉まったのを見届けてから、ワムローは改めて口を開いた。
「わたしもあなたに確認しておきたい」
「なんでしょう」
ワムローは腕を組み、鋭い視線でグレイを射抜く。後ろに控えているジュネスは、その視線の強さに戸惑いを覚えた。だが、どんなに鋭く睨まれようとグレイに感情の波を与えることは出来なかった。それを察したのか、ワムローはゆっくりと肩の力を抜いていく。
「今回の出資話は、囮でしょうか」
「……」
「あなたは若いのに、あまりにも思慮深すぎるのですよ。バーガイル伯爵」
口元を少し歪め、ワムローは乱暴に襟元を彩っていた派手にスカーフを抜き去ると、大きく息を吐きだした。そして改めて眼前のグレイと顔を合わせる。
「仕組まれたようにあなたとわたしは出会った。妙だと思う部分は最初からありました。出来過ぎた話だと思ったこともある。だが、あなたは実際に港での作業も開始させた―――すべて誘導だったのでしょうか」
「……」
隠し通せる限界だと直感した。元より、今回確認のためにワムローに接触すれば、不審を抱かれると覚悟してここに来たのだ。いまさら気負いなど無意味だ。
「男爵。あなたの仰る通りです」
「グレイさま!?」
主の肯定の言葉に、ジュネスが思わず声を上げてしまった。だが、それを軽く手で制されてしまい、渋々口を紡ぐ。ジュネスが口を閉ざしたのを察し、グレイは改めて口を開いた。
「わたしが知りたい情報を得るために、あなたに近づいた。この出資話は確かに囮です。だが、途中で投げ出すことはしないとお約束します」
ファーラルに命じられて探っている用件が終われば、マーギスタに長居する理由はなくなる。だが、ここまで話が進んでいる事業をどうするかは悩んでいた原因の一つだ。しかし何度考えても答えは一つしか浮かばなかった。
途中で終わらせない。
自分たちとワムローだけの問題であれば、もみ消すことは簡単だっただろう。しかし今はすでに港の人々や、事業に協力してくれている住民がいる。投げ出すわけにはいかない。
「伯爵がそう仰って下さるのなら安心しました」
それまで鋭い視線でグレイを射抜いていたワムローだったが、グレイの返答を聞いてその視線を緩めた。ほっと力を拭いた様子に、グレイはワムローという人物を見誤っていた気がした。彼は確かに金で爵位を買ったような成金だが、自分の仕事に誇りと責任を持っている。そう感じたのだ。
グレイが自分の認識を改めようとしている事にも気づかぬまま、ワムローは居住まいを正して改めて口を開く。
「憂いは晴れました。さぁ、あなたが知りたいという情報はなんでしょう」
どこまでグレイを信用してくれているのか、それはわからない。しかし少なくとも、いまワムローはグレイという素性不確定な人間を受け入れてくれたのだと思えた。そしてその気持ちは持続するものではないかもしれない。次の瞬間には拒否される可能性もある。今しかない。
「男爵、単刀直入に伺います。この二つの募集に男爵は直接関わっておらず、例の兄上の代理で管理している―――という認識でいいのでしょうか」
机の上に置かれた募集用紙を指さす。その紙をちらりと一瞥だけ向けると、ワムローはすぐに顔を上げた。
「ええ、そんなものです」
「……違うのですか?」
はっきりとした肯定の返事がもらえず、グレイは眉根を寄せた。今までの話を総合したこその確認だったのだが、どうも曖昧な部分も見え隠れしている。それは複雑な顔をしたワムローの様子からも見て取れた。
「わたしが関わっているのはあくまでマーギスタ内の募集のみです。他国に関しては兄自身で指揮を執っているのでしょう。そして兄もまた、客の要望に応えて人を集めているのだと思いますよ。決して主導しているわけではなく」
そう言われ、グレイは少し考え込んだ。ワムローの云わんとしている事は理解できる。問題としている二つの『精霊の見える少女』『体力のある男手』という募集内容。これらに実際人が応募してきたとしても、兄は仲介役でしかないということだろう。
「募集主はご存じありませんか」
「残念ながら知らされておりません。知っていても、信用問題に関わるので口にしたくはありませんな」
それを明かすまでの信用は得ていないという判断なのか、もしくは本当に知らないのか。今の段階でそれ以上聞き出すことは無理だろう。
ワムローは実兄のことを好ましく思っていないようだが、それと事業は別問題だと切り離して考えている節がある。先程、グレイが港の仕事に関して撤退しないと告げた時、明らかに彼は安堵していた。それは自分の仲介者としての経歴に傷がつくことを恐れてだと思われる。仕事に真面目な分、発言にはかなり気を使っているのだろう。万が一口の軽い仲介者などという噂でも立てば、ワムロー自身の評価に悪影響を及ぼすだろう事は目に見えているからだ。
グレイはそう思いながらも、ワムローが実際に募集主を知っている素振りを見せたのであれば、なんとかして聞き出そうと考えていた。だが、見ている限り確かにワムローは募集要項に関して大した情報は持ち合わせておらず、ただ実兄の代理をしているだけだと感じたため、この件に関しては深く追及することは避けたのだ。
「では少し前、ロットウェルで……貴族の子女を狙った誘拐組織が話題に上ったことがあります。男爵はご存知ではありませんか?」
「……噂だけなら」
グレイの問いかけに、ワムローは静かに返答した。そしてその視線が訝しげな光を宿していた。
「もしや、その誘拐組織……兄が先導しているとでも?」
「いえ、そこまでは。だが調査していくにつれ、この二つの募集と、誘拐組織とが繋がっているように感じてきたまでです」
誘拐組織の存在はファーラルから以前聞かされたものだ。ライナが狙われたあの事件。あれは本当に『子女誘拐』だったのか、それは今でも分からないままなのだ。だが、少なくともあれから誘拐組織らしき影は周囲から立ち消えた。
その後現れたのが『精霊が見える少女』を募集する広告だ。
先の誘拐まがいの事件は、もともと子女誘拐に見せかけた『精霊が見える少女』を狙ったものだったとしたら?
それに気づいてしまうと、もう身分を偽ってマーギスタに長居する事が苦痛になって来た。一刻も早くロットウェルに帰り、ライナの無事な姿を確認したい。そう切望するようになっていたのだった。
「あの愚兄のことですから……絶対にそんなことはしない、と断言できないのが心苦しいところです」
「では、可能性はあると?」
ワムローの返答にグレイは思わず身を乗り出しそうになった。自分の膝に置かれた手に力を込めることにより、なんとか自制する。
「ゼロではないでしょう。ただ、子供のような思考回路で楽しければいい。やりたいからやる。そういう性格なのです、愚兄は―――だから……」
「だから?」
「兄が実行を指揮しているとしても、きっとそれを主導している別の人物がいる」
顔を上げたワムローは、まっすぐにグレイを見て言いきった。
グレイとて証拠があるわけでもないのに、一人の人間を疑うことに抵抗が無いわけでは無い。しかし、いまの段階でワムローの兄から、その先に何かが繋がっている可能性は大いにある。その繋がりの先に手を伸ばせるのならば、見ず知らずの人物でも疑うことに躊躇いはない。
「男爵、なんとかその兄上と連絡を取って頂けませんか」
「それは簡単です。募集に対して応募があったと連絡するだけですから」
以外にもあっさりとワムローは請け負ってくれた。不肖の兄だと言いながらも、断ち切れない様子だったのにと不思議そうに見ているのに気が付いたのだろう。少し疲れた顔を見せたワムローは微かに口元に笑みを浮かべた。
「愚兄ですがね、疑われているのであれば晴らしてやりたいと思うのは、せめてもの家族愛でしょう?」
「……はい」
実兄に対して無暗に疑いを向けてしまったことを、グレイはそこでようやく恥じた。
応接室でのやり取りは、不思議と外部に漏れる事無く済んだ。後で聞いた話によると、扉の前でマクルノが寝入ってしまい、誰も近づけなかったらしい。ナジがどかそうとしたらしいが、なぜか動かすことが出来ず、結局話し終わったグレイとワムローが扉を開けようとして内側に扉を引いたところ、体勢を崩したマクルノが倒れ込んできて目が覚めた―――らしい。
「どう考えても、他の人に聞かれないようにマクルノ隊長が門番してたってことですよね」
「そういうことだな」
いつもの拠点にしている館にて、グレイとジュネスは朝食を摂っていた。
ワムローは募集に対して応募があったと、実兄に向けて早馬を出してくれたらしい。数日以内になんらかの連絡があるでしょう、と言っていた。
さて今日も街での情報集めと、港に寄ってパーティスとロックの様子を見て―――と頭の中で予定を組んでいたところ、玄関のベルが鳴った。
「誰だ」
「パーティスたちでしょうか」
「そんな予定は聞いていない」
予定外の訪問者に、否応なく室内の空気が張り詰める。そのまま動かず気配を潜めていたが、再びベルが鳴り響いた。
「……出てきます」
「いや、俺が出よう」
使い慣れた帯剣は手元にはない。いつでも取り出せるよう、隠しに入れてあった短剣に指を伸ばす。そして玄関ドアを勢いよく開けた。
「―――!!……あれ」
「え、あれ。え?」
主従ふたりは玄関に立っている人物の姿に目を丸くした。あまりにも予想外の人物だったからだ。そしてその人物は切れ長の目をさらに細め、苦々しく言葉を紡いだ。
「ファーラル議長からの……連絡を持ってきました……」
言葉の端々から怒りが見え隠れしている。肩も震えているが、早朝で寒いのが原因ではないだろう。どう贔屓目に見ても友好的な空気ではない。
執事服ではなく旅装の格好をした男は、アンヌ専属執事であるはずのロージィだった。
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