人材募集の内実
ロットウェルから再びマーギスタに戻りますー
正式に港での作業の許可が下りた。
なんだかんだと言ったところで、仕事が欲しいのは海の男たちも、それを束ねる組合側も一致した意見だったのだ。グレイたちの提案した造船という話は、彼らには渡りに船だったのだが、見ず知らずの人間にテリトリーを犯されたくないという心理面があったことは確かだろう。
グレイの人柄と、ワムローの提示した給金。そして何よりパーティスとロックの身を挺した奉仕活動(食事は出たが無給だったらしい)が組合側を頷かせる動機になったのは間違いなさそうだ。マクルノもナジや組合長にこっそり掛け合っていたらしいが、それがどこまで効き目があったのかは誰も知らない。今もパーティスとロックの二人が丁重に断るのも無視して海で労働させられているのは、気に入られているからなのか、それとも人質のような扱いなのか、それも不明だ。少なくとも笑いながら小突き回されている様子を見る限り、嫌われているようには見えない。
「お、バーガイル伯爵殿!」
「……やめてくださいよ、その呼び方」
視察と称して港に足を運んだグレイとジュネスを目ざとく見つけたのは、すっかり海の男が板についたマクルノだった。
「しょーがねぇだろ。ここでお前を呼び捨てにしたらせっかくの隠遁がバレちまう」
白い歯を見せて笑う姿に、グレイは思わずため息を吐きだした。
隠遁……堂々と名前を名乗り、変装することも無い人物に対して使う単語ではない事だけは確かだ。
「周りに誰もいないの知ってて言ってるのバレてますから」
「はっはっはー」
グレイは周辺に精霊を飛ばし、不審な動きがする者がいないか確認していた。そしてそれは【魔法士】としては当たり前の動作であり、染みついた癖のようなものでもある。もちろん軍籍長いマクルノがそのことを知らない筈がないのだ。
「それでドックの方はどうですか」
「小型帆船の設計からスタートだ。長いプロジェクトだなこりゃ」
本当は大型船の予定だったが、いきなり大型船は無理だと言われ、試験的なものも兼ねて小型帆船を造ることになったのだ。それにしても、ただの潜入任務で隠れ蓑とするための計画だったのだが、気づけば本格的に造船の話になっていて今後どうするべきかと少々頭が痛い。
「人手は足りてますか」
「いまは資材集めのが重点かな。そのあたりもワムローのおっさんが手配してくれてるみたいだ」
「……いま、ワムローはここに来ていますか?」
ワムローには確かめたいことがある。人材集めという募集を調べたところ、確かに港での作業という項目が増えていたが、それと並んで募集されていた二つの項目が、以前パーティスとロックが調べていた募集内容と酷似していたのだ。
一つは少女を探していて、一つは男手を集めているという内容だ。
変更がある部分と言えば、少女の詳細が『精霊が見えるもの』と限定されたことだろう。姿や身分問わず、とにかく精霊が見える少女を求めているという。異国での従事になるが、待遇・給金がいいだけでなく、故郷への帰省も認められているとあった。胡散臭いにもほどがある。募集主の名前はワムローではなかったが、もし無関係だとしても同じような人材募集を生業としている者同士、繋がりがあれば探れそうだと踏んだのだ。
「組合長と給金の調整があるって来てたな」
「ありがとうございます。ジュネス、行くぞ」
「はい」
ワムローの屋敷に行ったが不在だと言われ、港ではないかと思い当たって来てみたが、どうやら予想通りだったらしい。グレイは後ろから付いて来ていたジュネスに声をかけ、組合がある建物に向けて歩を進めていった。が、数歩進んだところで後ろを振り返る。
「マクルノ隊長、なんで付いてくるんですか」
「面白そうだから」
へらりと笑いながら言うその一言で、それ以上言葉を続ける気力を失くせるのだから、本当にすごい人物だと思う。ジュネスも同じ感想を抱いたのだろう、主従は揃って溜息をついた。
組合の入り口のドアを叩くと、開けてくれたのはナジだった。ナジはグレイとジュネスの顔を見てわずかに笑んで見せた後、後方にマクルノがいるのを知って顔を顰めた。
「いらっしゃい、伯爵。―――んで、おまえは何してんだ働いてこい」
「俺は休憩中なんだよ」
「パーティス坊やの面倒見とけ」
「ロック坊やがいるから大丈夫大丈夫」
「どっちも坊やじゃねぇか」
「いつまでも過保護にしてても成長できねーだろ?俺なりの優しさってやつだ」
勢いよく言葉が飛び交う。ナジの声は潜められていて怒気がを孕んでいる気がしないことも無いが、マクルノはそのことに頓着した様子はない。室内で仕事をしている者たちもいつもの事だと気にしている雰囲気はなかった。
良くも悪くも、マクルノはすっかりここに馴染んでいる。
賑やかになったため気づいたのだろう。応接室からナジの父親であり組合長のゴーランが顔を出した。
「ようこそ伯爵。今日はどうしました」
「こんにちは。今日は進行状況の確認と……オルガン卿の様子見も兼ねて」
「なかなか頑張っているようですよ」
「そのようですね。起業家をやめて海の男に転職するつもりでしょうか」
「本人は嫌がりそうですがな」
穏やかに笑いを交えつつ挨拶をかわす。ここに足を運ぶたび、毎回最初に話題に上がるのはパーティスとロックの事だ。もし二人がいなければ、会話のきっかけ作りに苦心した事だろう。そう考え、こういった事も嫌そうな二人を港作業に従事させている意味の1つだと思い当った。二人を働かせ始めたのはマクルノで、今もそれを続けさせているのもマクルノだろう。
ふと、今もナジと談笑しつつ、ふざけた事を言い合っている姿を視界に捉える。
―――さすがマクルノ隊長だと、言うべきか。
大局が見えての行動は経験の差なのだと自分を慰めておきたい。でなければ、自分の不甲斐なさを実感し、胸に重石を抱え込むことになる。
ここに来てマクルノが現れてから、対人関係を含めた対応がスムーズに進むようになったのだ。それはつまり、根回しが不足していたという証拠になる。
「ワムロー男爵はいらっしゃいますか」
気分を切り替えるつもりで声を上げた。自分の実力不足など、いまさら嘆く部分ではない。
「来てらっしゃいますよ。奥にどうぞ」
案内され、応接室に通される。さすがにここまでマクルノは付いて来ようとはしなかったが、恐らく話の内容は筒抜けになるのだろうと思う。
「どうされました、伯爵」
「お久しぶりです」
数日ぶりに顔を合わせたグレイとワムローは、軽く握手を交わした。ワムローの服装は今日も華美で成金を体現した装いだった。相変わらず目がチカチカする。だが、見慣れてしまえばそれも個性だと思えてしまうのだから、人間の順応性は素晴らしい。
グレイはゴーランに勧められるまま、向かい合わせのソファに腰を下ろした。
「募集用件でご質問がありまして」
「なにか間違いがありましたか」
ワムローは眉根を寄せつつ首を傾げた。その様子を見つつ、胸ポケットから折りたたんだ紙を取り出した。これは、最新の人材募集のチラシだ。斡旋事務所に行った際に貰ってきたものだった。
「港作業での募集に間違いはありませんでした。わたしが気になるのは別の事で」
「ほう。……何を気にしてらっしゃるので?」
グレイがテーブルに広げた紙に顔を向けつつ、ワムローはグレイから視線を外してはいなかった。鋭い視線でグレイの講堂と言動を注視している。
「ここにある二つの案件。ワムロー男爵はご存知でしょうか」
そう言い、グレイが指差した募集要項に対し、ワムローは微かに眉根を寄せた。そして一瞬、確かに口元を歪めたのだ。それはほんの一瞬ではあったが、グレイも背後に控えていたジュネスも決して見逃してはいなかった。
「―――さぁ……わたしには分かりかねますな」
だが表情を戻したワムローは、案の定首を振りつつ自身の関与を否定してきた。視線をしっかりグレイに合わせ、避けることをしないのは疑いを払拭するためだろう。
しかしグレイは一瞬の表情の変化を見てしまっている。全くの無関係だとはすでに断言できないと確信していた。
さらに言葉を続けようとしたグレイだったが、口を開きかけたところで正面にいるワムロー本人に先の行動を制された。
「と、言いたいところですが……どうやら逃げ口上は通用しないようですな」
「……!」
予想外の反応に、思わず開きかけていた口を閉じた。後ろにいるジュネスの気配が険呑なものに変わった気配がするが、それに構う余裕はグレイにもなかった。ただ、傍観者となっていたゴーランだけが平然としている。ピリピリとした空気になっているのだが、ゴーランは気にした様子もなく泰然としたものだ。
「伯爵が示した二つの募集。これはわたしが兄の代わりに行っているものです」
「兄……そういえば、庶民の兄弟がいると……」
「そうです。本当は毛嫌いしている相手ですが、唯一の血縁だと思えばこそ、時には手助けもしてやろうという気持ちにもなる。そんな程度の相手です」
そう言ったワムローの表情は嫌悪に歪んでいた。
読んで頂き、ありがとうございます。
少し短いですが、区切りがいいのでここまでにします。
ちょっとセリフが多くなってしまいましたね。反省。




