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結局目的地まで8日間の道のりを経て到着した。予定より二日ほど遅れての到着になってしまったが、原因は途中で見舞われた大雨だ。舗装されていない道に車輪がとられ、ぬかるみに嵌ってしまったのだった。そのまま進むことも可能だったが、とりあえず大雨を避けることを優先し、近隣の村に避難して雨をやり過ごした。
「災難だったな、グレイ」
大柄な男が、馬を下りたグレイの肩をバシバシと叩いてくる。これでも労っているつもりなのだろうが、力加減されていないためかなり痛い。
「マクルノ隊長」
「お久しぶりです、マクルノ隊長」
グレイに続いてジュネスも駆けてきて挨拶を返す。
到着した現場では、すでに撤収準備が進められていた。雨のため遅れるという先触れは出してあったので、誰も心配していなかったのがよくわかる。
マクルノと呼ばれた男は隊長章をつけていたが、他の兵たちと同様に泥に汚れ雨に濡れていた。
確か40代半ばだと思われるが、その風格はすでに歴戦の勇者だ。短く刈り込まれた黒髪と頬に走る大きな傷。そして涼やかな翡翠色の瞳。口元は常に笑みを湛えているが、いざ戦闘になってもその笑みが崩れる事が無く、遠慮も戸惑いもなく切り掛かっていくので『微笑の悪魔』と呼ばれている。訓練でも容赦しないあたりはグレイと同類の男だ。
「お。ジュネスも男前になってきたじゃねーか」
ジュネスの頭をぐりぐりと撫でつけ、その背中を激しく叩く。思わず噎せてしまいそうになるのを何とか耐えたが、その行為で筋肉量を図っているのだと言っているのがマクルノ隊長である。
「いや〜こっちでも迷惑な大雨だったぜ。川が氾濫するかって騒ぎまで起きて、この数日ずっと土嚢運びだ。撤収直前だったのについてないぜ」
視線を向ければ、ロットウェルとマーギスタを横断している大きな川―――ホト河が遠目に見えた。いまだ大雨の余韻を残しており、その流れは土色をした激流だ。それでもマクルノたちが肩の荷を下ろしているのを見れば、氾濫もなく流れも落ち着いてきたということだろう。
「珍しいほどの大雨でしたからね」
グレイたちの部隊も雨に濡れている。戦闘地に来たわけでは無いのでそこまで気にしないが、これがドルストーラとの国境警備であれば体力に不安が残っただろう。雨に濡れた体はそれだけで体力を奪われるし、体調不良の原因にもなる。
友好国との国境警備というだけで、不思議なほど気持ちを楽にしてくれるのだ。
「撤収前に身綺麗にして帰らなきゃな。ここじゃ泥に汚れてるくらいのワイルドな男が受けるが、中央都市じゃ小奇麗にしてなきゃ女が寄ってこねぇ」
マクルノは大きく伸びをすると、もう一度グレイの肩を大きく叩いて踵を返した。それを見送っていると、歩き始めたマクルノが不思議そうな顔をして振り返る。
「何してんだ、グレイ。引継ぎがあるからこいよ?」
「―――忘れてた……隊長、俺はこの部隊の隊長じゃないんです」
「はぁ〜〜!?お前じゃなきゃ、誰だってんだよ」
思わず大きな声を出したマクルノに、周りからの視線が集中する。そんな視線をものともせず、じろじろと不躾な視線でグレイの全身を眺め、そのどこにも階級章が付けられていないことを確認すると、笑顔を消して目を眇めた。
「ちょっとこい」
―――これは、隠し通せないか……
諦めの心境でグレイはマクルノの背中を追いかけた。
「で。お前が隊長でも副長でもないってのは、どんな理由だ」
部隊の引継ぎはマクルノの副長が引き受けさせられ、マクルノ本人はグレイとジュネスを連れて監視塔の一部屋に押し込んだ。
国境警備地帯のため、基本となる建物と簡素な兵舎が隣接しており、そして監視塔が高く聳えている。中小隊編成での警備のため、これでも規模は大きいほどだ。
「俺には階級章なんかなくても、お前が隊長職してる風にしか見えなかったけどな」
「はは……」
マクルノの言うことは尤もだ。実際、隊長・副長職から解放されていたはずのグレイは、行程で何かあるたびに進言を求められ、時には代わって指揮を執ることもあったのだ。誰が見てもグレイの代わりの指揮官だとバレていただろうし、代わりを命じられた兵たちも自分たちはあくまで代行と思っていたと思う。
なぜグレイが外されているのかを聞いてこないのは、何かしら理由があるのだと分かってくれているからだろう。
「この件は、内密なもので」
「どーせファーラル絡みだろう。おまえ、あいつには逆らえないもんなぁ」
しみじみと言い切られ、グレイは困ったように笑うしかない。その隣でジュネスも釣られたように笑っていた。
「……まったく、揃いも揃ってよく似たお人好しな主従だよ」
特に反論が無いことが、ファーラル絡みであるという証拠になる。そして今までもファーラルはグレイにややこしい任務を押し付けてきた実績があるため、マクルノは素直に同情した。
「で、今度は何だ?ここはドルストーラと違って平和なもんだぜ」
「ちょっと今、ロットウェル内もゴタゴタしてるようで」
「ロットウェルがか?」
グレイから飛び出した言葉に、マクルノは眉間のしわを深めた。いつも笑顔を絶やさない分、凄む表情は一層恐ろしく感じてしまう。頬にある大きな刀傷も、相手を威圧するには充分だ。
「なんだよ、俺がちょっと離れてる間にきな臭い話だな」
言いながらじっとグレイを見据え、そのうちに隠している『何か』を探る視線を弱めない。あまりにも凝視され、ついにグレイは降参した。
「わかりました。隊長にはお伝えします……他言無用で願いますよ」
「任せとけ」
これがマクルノでなければ、グレイは決して内容を話すことはなかっただろう。相手がこの男だから信用したということが大きい。父、ファヴォリーニの部下であった男だから。
話すと決めてしまえば、グレイは腹を据えて内容を語りだした。
ロットウェル国内に奴隷市場が作られている可能性の事。
それをファーラルの能力でも発見できていない事。
ここに至る行程で立ち寄った村や町でも数件の行方不明が出ている事。
集められた人々がマーギスタに集められているという情報の事。
秘密裏に潜入し、情報収集及び解決を命ぜられた事。
グレイはファーラルに話された内容と、これまで自身で調べた内容をマクルノに話して聞かせた。ジュネスも口を挟まず聞いている。グレイも口に出すことによって頭の中を整理できたようだった。
「なるほどな……穏やかじゃないな、それは」
「はい」
「それにしても、聞けば聞くほど形振り構わねぇやり方だな」
マクルノは唸りながら内容を頭の中で繋げようとしているようだった。大きな体を縮めながら腕を組んで唸っている。
「―――この近隣で人手不足ったら……ドルストーラしかないが……あの国絡んでんのか?」
いま話した内容で、すぐにドルストーラが出てくることが恐ろしい思考回路だ。ただの人身売買ではないと気づくあたり、さすがファヴォリーニの部下として勤め上げた男である。
「マクルノ隊長には隠し事できませんね……」
グレイから零れたその返答自体が、肯定を示している。
「ふぅん……。あの国なぁ……そろそろどうにかしなきゃなーとは思ってたが、自分から墓穴掘り出したか……」
思案顔で宙を眺めていたマクルノだったが、翡翠色の瞳をグレイに向けるとその中に鋭い光を宿していた。
「お前、どこに拠点置くんだ?」
「今のところ、都の外れに拠点を置いて、中心部に別に部屋を借りてます」
予想外の質問に、グレイは首をひねりつつ答えた。
「港は?」
「港?小さな入り江の事ですか?」
「そうだ」
「いいえ、中心部に置いた部屋からは見れますが、出入りが多くないところなので主には街道を―――」
「ばあぁあーーーか!」
「!?」
大きな声で頭ごなしに怒鳴られた。いや、怒鳴られたという言い方は正しくないもしれない。マクルノの顔は呆れ半分からかい半分だ。
「バカお前!海路だよ、海路!」
「海路……しかし、マーギスタからドルストーラまでは、大陸をぐるりと半周は必要です。あまりにも時間もコストもかかりすぎる。それに積み荷が人であるというのであれば尚更……」
思わずグレイは言い募った。ロットウェルは森と大地に囲まれた国のため、海が無い。マーギスタには海に面しているが、港として利用できるのは小さな入り江だけだ。その他は断崖に面しているため港としては使えない。ドルストーラも同様に、ほぼ断崖に囲まれている。一か所だけマーギスタ同様に港があるが、それはかなり遠方にあり、お互いの国を行き来するには海路は不適応なため、陸路が常識なのだ。
港はあくまで漁師たちが使用するためのものであり、生活の中で運搬として利用する概念はない。
「陸路につながる街道はロットウェルが封鎖してるんだろ?残すは海路だ。ロットウェルが封鎖しようにも、マーギスタの管轄には手が出せない。見越されてんだよ」
グレイの頭の中がすっと冷えていく。
海路は考えていなかった。集めた人々をどうやって運ぶのかと思っていたが、安易に暗闇に乗じて、もしくはなにか目くらましの事件でも起こして街道を通り抜けていくつもりなのだと思っていた。
「海路が確定とは言わない。陸路も考えられる。もしくは同時に事を起こすかもしれないな」
マクルノの声にはっと顔を上げた。グレイの考えていたことを言い当たられたからだ。まったく、頭の回転の速さには舌を巻く。
「潜入するのはお前ら二人と、部下二人だっけか……よし!」
「よし?」
「俺もその作戦、参加する」
「……はぁ!?」
にやりと笑った男は、勝手に潜入任務に名乗りを上げたのだった。
マクルノ隊長は豪快な人です。
個性的なキャラを出したいと思いつつ、なかなかうまくいきません…




