目的地へ
ご無沙汰してしまいました。
グレイ率いる国境警備部隊は、総勢20名の中隊だ。だが、あくまで今現在任務に就いている部隊の交代要員としての派遣であったし、なにより友好国との国境警備はどうしても気が抜けてしまうものであろう。その中に置いて、グレイとジュネスもいつもと変わらず日々を過ごしていた。
また今回、グレイは部隊の隊長・副隊長といった管理職からは外されていた。マーギスタ潜入後は警備部隊と別行動になるため、役職は邪魔になると判断されたためだ。他の古参兵に隊長・副隊長は任せることになったが、それでも何かあるごとに呼び出されて世話を焼いてしまうのは、もはや性としか言いようがない。
目的地まで単騎で駆ければ3日ほどの距離だが、それなりの人数と装備や備品の運搬もあるため、単騎と馬車に分かれての移動になる。進むスピードはどうしても馬車に合わせることになるため、ゆっくりとした行程にならざる得なかった。
そうして中央都市を出発し5日目の夜、途中の村の一角で野営することになったグレイたちは、手早くテントを張り食事の準備をしてしまう。村人に無用な気遣いをさせないために、村の中心部から離れた空き地を提供してもらった。グレイとジュネスも他の兵たちと同様にテントを用意し、寝袋を出しているところで気配を感じ、素早く振り返った。
「誰だ」
「隊長……」
鋭い誰何の声にかぶさるように聞こえてきたのは、若い男の声だった。聞き覚えのある、少し低い声―――
「ロックか、どうした」
姿を見せたのは、今回マーギスタ潜入の一人に抜擢された若者だ。若いと言ってもグレイより年上なのだが、童顔が成人したばかりの若僧に見せてしまう。そしていま、その童顔を思い切り顰めてこちらを見ている。残念だが、まったく迫力はない。
「ちなみに俺は今、隊長じゃないぞ」
「今さら他になんて呼べばいいのか分からないだけです。俺だけじゃなくて、他の奴らも同意見ですが」
重苦しい役職階級から解き放たれた解放感からなのか、グレイの表情はこの数日生き生きとしていた。その分、代わりに隊長、副隊長を務めることになった兵は、何をしても比べられてしまうという究極のプレッシャーの中で胃を痛くしているという。
「どうしたんです、ロック。目的地まであと二日ほどですよ」
ジュネスは携帯ランプに火を灯し、テントの上部にある金具に引っ掛ける。ゆらゆらと揺れていた火が落ち着くころ、ロックは肩を落してため息を吐きだした。
「あいつ、どうにかしてください……」
「……とりあえず聞いておくが、お前の言うあいつって」
ほかの兵に割り当てられたものより、幾分広いテントの中。それでも男三人が肩寄せ合って話し込むには狭すぎる。だが、いまはその程度のことにとやかく言うべきではない。
ロックは分かっていながら言わそうとしている主従コンビに冷たい視線を投げかけた。
「もちろん、パーティス・オルガンですよ!」
吐き捨てる様に名前を呼んだ男は、愛らしい童顔に怒りをたぎらせていた。
パーティスの素行はこの数日だけでも確かに目に余るものがあった。行軍中はそれなりに真面目なのだが、途中の村や町に着いた途端の怠けっぷりは定評がある。そして何より、女癖が悪い。今夜も割り当てられたテント設営をとっとと終わらせてしまうと、村に唯一の飲み屋に行ってしまったという。恐らく、明日の出発時間ギリギリまで帰ってこないだろう―――それまで飲み潰れているのか、女を抱いているのかまでは分からないが……後者だと予想するのは簡単なことだった。
「割り当ての役目は済ませているし、出発までには帰ってくる。夜勤もこなしているとなると……正直なにをどう注意すべきか迷うな」
「素行ですよ、素行!」
地味で退屈な行軍の息抜きがしたくなる気持ちが分からない男はいないだろう。パーティスはその息抜き回数が多いとはいえ、一応『自由時間』と決められた時間だけに絞っている。金払いもツケなどにはしていないようだし、もちろん周りの目という観点もあるが、限られた自由時間にまで口を出すのは野暮というものだ。
これが戦場へ向かう行軍であれば、気の緩みが激しいと蹴り飛ばしてしまうのだが、なにしろ名目は平和な国境の警備交代要員でしかない。そのためか、ロック以外の兵からの苦情は届いていないのだ。
もちろん、全員がいい顔をしているわけでは無いが、グレイという旗頭(この部隊では管理職ではないのだが、ポジション的には隊長クラスである)が注意をしないので、気にしないようにしているのが現状のようだ。
しかし基本ロックは真面目な男だ。真面目に一所懸命が美点でもあり、欠点でもある。今回、グレイからマーギスタ潜入任務を言い付かり、二等兵から一気に上等兵まで昇格した。そして、彼はその恩に報いるべく熱くその気持ちをたぎらせていたのだった。
「向こうに着いてからの打ちあわせをしたいのに、全然捕まらないし……というか、俺の事避けてるし……そりゃ、俺はパーティスに比べたら実家は平民だしこれといった特技もないしやる気だけしかないけど……」
無口だと思っていた男は、案外よくしゃべる奴だった。
「えーーっとな……ロック」
テントの真ん中に陣取って殻に閉じ籠りかけそうになっているのを寸前で止めた。このままだと怨嗟の声を子守歌にすることになりそうだ。それだけは避けたい。
「―――なんですか」
じと目で見上げてきたロックに、ジュネスが温めたブランデーの入ったカップを差し出した。思わず受け取ったロックは、それに遠慮なく口を付ける。ブランデーだけでなく牛乳も入れられており、口当たりが優しく飲みやすく工夫されている。
少し表情が緩んだのを確認すると、グレイは同じように差し出されたカップを手に取り、それを一気に飲み干した。ジュネスの呆れた溜息が聞こえたが気にしないことにする。
「実はパーティスには、情報を拾ってもらってるんだ」
「情報?」
「そうだ」
グレイの表情が誤魔化そうとしているものではないと感じたのだろう。ロックは居住まいを正して背筋を伸ばした。
「これから俺たちが探るのは……隠された奴隷市場、またはそれに関する事案だ。それは理解しているな」
「はい」
潜められた声に、ロックの声も自然と低くなる。ジュネスはすでに内容を理解しているのだろう。外部からの盗み聞きを警戒し、一人テントの外に出て行った。
「奴らが何を基準にして人々を連れ去っているのか分からない。そして今現在、どれだけの人が実際姿を消しているのかも分かっていない。ただの失踪か、行方不明か。もしくは旅行だと思われている人もいるかもしれない。そういった噂話は、昼間は口固く閉ざされていることが多いが、夜になり開放的な気分で酒がまわると、自然と口が軽くなるものだ」
「そのためにパーティスを?」
「ああ」
グレイのあっさりとした肯定に、ロックは渋々ながら納得しようとしているようだが、明らかにその顔にはまだ不満があった。
「付け加えるならば、俺やおまえではダメなんだ。特におまえは無理だ」
「なぜです」
「真面目すぎる」
間髪いれず断言されたロックは、思わずぽかんと口を開いた。そしてじわじわとその顔に不満の色を濃くしていく。面白いほどによく表情が変わる。だが、日常であれば『正直者』というだけで済むことが、これから先は命取りになる。そう、言葉通り下手をすれば命に係わるのだ。
「ポーカーフェイスを覚えろロック。おまえにはそれが出来ていない。すぐに表情が変わりすぎる。それは相手に考えを読んでくださいと言ってるようなものだ」
「……っ!」
身に覚えがあるのだろう、ロックは顔を伏せて目線を外した。
「パーティスは自然体で打ち解けて不信感を抱かせない。だから野営ごとの村の酒場に赴いてもらっている」
「あれは任務の一環だと、いうことですか」
毎晩遊び歩いているパーティスの姿は、どう見ても任務遂行を志している軍人の姿には見えなかったが、あれも擬態だったのだと言われれば納得するしかない。
そんな不満と憤りを見事に綯交ぜにしたロックは、それでも渋々グレイの言葉を飲みこんだようだ。こういうところは大人な対応だな、と思う。
「まぁパーティスに言わせれば、本能8、任務2の割合らしいけどな」
グレイが最後に付け加えた言葉は、真面目なロックには何の慰めにもならなかった。
いつもありがとうございます。
状況説明なようなものになってしまいましたが、お許しを。
そろそろ真面目に人物紹介でも書くべきかと悩んでいます。




