早朝の中庭
すいません。本編再開前に書くべきものでした。
44話に「花祭り」は再掲載いたします。
テーブルに置かれた端切れが、小さな巾着に変わっていく。
「お嬢様、お上手ですね」
向かい合わせで縫物をしていたニーナが、ライナの手元を眺めて感心したような声を出した。手元を褒められたライナは嬉しそうにはにかんだ。
そしてニーナの手によって作られているのは、小さな産着だ。娘に二人目が生まれると言っていたので、その準備だろう。
「けど、そんなに小さな巾着に、何を入れるおつもりです?」
〔この中にハーブを入れます〕
ニーナの質問に、ライナは黒板にすらすらと文字を書き見せた。その答えを見て、ニーナは合点がいったようで微笑んだ。ここに来てから育て始めたハーブたちを、ライナは最近収穫した。乾燥させるために部屋の窓際に吊るして干しているのだ。日陰で干すのが基本の為日中は部屋の奥側へと、吊るす場所を変えている。
「いい香りがしますものね。グレイ様もお喜びになりますよ」
「?」
どうしてそこでグレイの名前が出来るのかわからなくて、ライナは首をひねった。だが、ライナが困惑していることに気が付かないニーナは、手元の針を動かしながら次々と思ったことを口にする。
「しかも巾着まで手作りだなんて、毎日持ち歩かれますね。よかったら何個か渡してもいいかもしれませんよ?そうしたらきっと、軍服のポケットにも忍ばせるようになるかも。きっと、枕元にも置いたりされますね」
言いながらクスクスと笑っている。きっと、色々と想像して楽しんでいるのだろう。ニーナはグレイの乳母をしていたが、幼い時分から表情を大きく動かすところを見たことがなかった。厳格な父に育てられ、年頃の友達も近くにいなかったからだろう。ファーラルやジュネスと出会ったころには、すでに人格が形成された後だった。過保護な母に対しては、敬遠していた所もあったし、素直に甘えられる性格でもない。
アンヌという婚約者が出来たと知らされた時には、喜んだものだがグレイの態度は変わらず、それどころか疎ましそうに眉をしかめていた。そして彼はそのまま軍の宿舎で寝起きするようになったのだった。今回ライナの件がなければ、グレイは間違いなくまだ伯爵家には帰ってきていなかっただろう。
「グレイ様はライナお嬢様が本当に……大切なんだと思いますよ」
「……」
しんみりと言われて、ライナは困ったがそれを表す言葉を持たなかったので、黒板に文字を書くことも出来なかった。
「ずっと年齢より老けて見えてて、わたしは心配していたんです。いまは年相応というより、ちょっと子供返りしてるくらいに思いますけどね」
そう言って困った顔をしていたが、ニーナの瞳は優しい光を湛えていた。
〔わたし、何もしてないです〕
ライナは少し困惑しつつ、小さな文字を書いた。それを見て小さく微笑む。それから縫い目を整えてしわを伸ばした。
「お嬢様の近くにいるだけで、グレイ様は癒されてらっしゃるんだと思いますよ」
〔同じ【精霊士】だから?〕
「そうですね。もしかしたら、そういうのもあるのかもしれません。残念ながらわたしには精霊が見えないし、グレイ様やお嬢様と同じ世界を見ることは適いませんけれどね。でも」
一旦言葉を切り、ニーナは顔を上げてライナとしっかりと視線を合わせた。
「きっと、そういうことじゃないと思います。ただきっと、お嬢様が大切なんですよ」
「〜〜〜」
なんだか言われた言葉が無性に恥ずかしくて、お腹の中から顔に向かってどんどん熱が上がってくるように感じた。そしてその熱は顔を赤く染めるには充分な威力を持っていたのだった。
「本当に、お可愛らしい」
クスクスと笑うニーナから、明け透けなからかいを感じることはなかったが、楽しんでいる風なことだけははっきりと理解した。
翌日、出来上がった小さな巾着を持って中庭に出た。中には昨日から乾燥させておいたハーブが入っている。昨夜から母の作業を思い出して巾着に詰めていたが、どうしても幸せだった時間を思い出して涙が出た。
小さな端切れを商人から買ったこと。
二人で柄を選んで小さな巾着を作ったこと。
村の雑貨屋に卸しに行ったこと。
母のハーブづくりを手伝ったこと。
多すぎる、少なすぎると笑いながら巾着にハーブを詰めたこと。
精霊たちが家に入ってきて、風を起こしてハーブが散ったこと。
ワクワクして幸せだった。出来栄えを褒められて嬉しかった。
そんなことを考えていると眠れなくて、結局一睡もできずに夜が明けたのだった。
眠気よりも泣いてしまったことで瞼が重く、気分をスッキリさせたくて中庭に出た。森にはまだ朝靄が立ち込めている。まずは育てているハーブの花壇に寄った。虫が付いていたので退治する。母の指南書に従い収穫時期を確認したがまだ少し早そうだ。
ライナが姿を現したのが分かったのだろう、中庭の森から見慣れた緑の精霊が次々と飛んでくる。故郷で見ていた姿形と若干異なっていると思っていたが、性質は何も変わらない。精霊にも地域性があるということだと考えると、この前グレイの精霊授業の時教えてもらった。
いつもは6時半くらいに起きるが、今は何時だろう。時計を見てこなかったけれど、きっとまだ6時にもなっていないと思う。もしかしたら5時くらいかもしれない。朝晩がすっかり冷え込んできて、寝間着のまま中庭に出てきたライナは少し後悔した。そしてさっきからライナに構ってほしくて仕方ないのか、精霊たちがじゃれて来てしょうがない。
持ってきた巾着は、精霊たちにあげるつもりだった。この中に入っているハーブは、母直伝だ。きっと精霊は喜んでくれる―――はず。もし、興味を示さなければ、何かが足りないということだ。
ライナは巾着を開けようとして、背後に人の気配を感じて振り返った。
「早起きだな」
そこにいたのは、バーガイル家前当主ファヴォリーニだった。戦で足を負傷し、退役したと聞いているとおり、彼は松葉杖で中庭に現れた。突然予期していなかった人の登場で、ライナはどうしていいかわからず、意味もなく左右を見たりとオロオロしてしまった。その姿を見てファヴォリーニは口元に笑みを浮かべる。
「そんなに身構えなくていい」
「……」
精霊とだけ会うつもりだったので、黒板も何も持ってきていない。とりあえず口パクだけで『おはようございます』と告げてみた。彼は目がいいのだろう、ライナの口元を見て
「ああ、おはよう」
と返してきた。
「この時間は口煩く言うクレールがいないから、静かに散歩ができる」
松葉杖でよたよたと歩き出した姿に、ライナは思わず駆け寄ってその腕を支えようと手を伸ばした。けれどその手をファヴォリーニはやんわりと拒絶した。
「一人で動ける限りは誰かに頼ることはしたくない。気持ちだけ貰っておく」
「……」
こくんと頷き、けれど何かあれば支えられる距離を保ってライナも後に続いた。ファヴォリーニは朝露に濡れる芝生をゆっくりと進んでいく。見えていないだろうが、その周りを精霊がくるくると舞っていた。【魔法士】であるグレイの父親だと認識しているのか、もしくは精霊自身が気に入っているのか分からないが、彼らは楽しげにファヴォリーニの傍にいた。何事にも素直な精霊は、自分たちのことを嫌っていたり信じてくれていない人間には敏感に反応して近寄ったりしないのだ。
「ライナ、ここの生活には慣れたか」
ゆっくりと振り返ったファヴォリーニは、足を止めて少し後ろを歩いていたライナを見た。その瞳の奥にニーナと同じような優しい光を見て、ライナは嬉しくなって大きく頷いた。
「そうか。何かグレイにも言いづらいようなことがあれば、わたしのところに来なさい」
「!」
ずっとそっけなかったファヴォリーニからの優しい言葉に、ライナの胸が温かくなった。
「アレが……妻はアンヌが可愛いらしくてな。自分の娘のように思っているようだ。ライナには、冷たく接していると思うが……気にしなくていい」
「……」
毎日、夕食の時だけ顔を合わせるミラビリスを思い浮かべた。美しい整った顔なのに、笑うことも無く淡々と食事を済ませると、素早く私室に行ってしまう。夫であるファヴォリーニや息子であるグレイとは、多少会話らしいものをしているが、ライナの存在は目にも入っていないのだろう。まったく視線も合わない。
おそらくその対応に、ファヴォリーニも思うところがあったのだろう。
「あと声も……専門の医師を見つけるよう指示してある」
「!」
ファヴォリーニの視線の先には、ライナの首の傷跡があった。真横に走った傷跡は、消える事無くうっすらと皮膚の色を変えて残っている。外出するときには首にストールを巻いて隠しているが、今は早朝の中庭だったため何も巻いていなかった。
「グレイがもっと早くに助けられていれば、怪我をすることも無かっただろうに」
「……!!」
ぽつりと呟かれた言葉に、ライナは掛けよってその腕をつかみ、激しく首を振った。
グレイは何も悪くない。いっそ、あの時殺されずに済んだのはグレイが助けてくれたからだ。もちろん、母の死の後、自分が生きていることに疑問が浮かんだり、なぜ死んでいないのかと悲しくなったとこもある。けれど今は自分を助けるために、母が命を懸けて逃してくれたことを受け止められるようになってきたし、グレイが助けてくれた事、父の形見を渡してくれた事を嬉しく思っている。
だからグレイは何も悪くない―――。そんな思いを込めてライナはファヴォリーニの顔を見ていた。
「……ではこれは、必然か」
「?」
ぽつりと零れた言葉に首をひねった時、遠くから誰かの声が聞こえた。
「旦那様!」
「クレールか」
珍しく息を切らせて駆けてきたのはクレールだった。いつも冷静沈着な男が慌てているのは、なかなか見れるものではない。
「起こしに伺ったらいらっしゃらなくて……まさかライナ様とご一緒だったとは」
「―――」
「おはようございます」
ライナの口パクに慣れたらしいクレールは、すぐに読み取ってくれて返事をくれた。
「車椅子をご用意いたします」
「いらん。いちいち病人扱いしおって」
「怪我人扱いです」
「どっちでも同じことだ」
クレールの言葉に、ファヴォリーニは不満そうに顔を歪めていた。きっといつもファヴォリーニが動こうとすると、クレールが先回りしてしまうのだろう。なんとなく、そんな場面が目に浮かんだ。
「さぁ、旦那様戻りましょう。ライナ様もそろそろニーナが来ますよ」
ライナに背を向けたファヴォリーニに付き添いクレールがゆっくりと歩き出したのを見送り、ライナも自分の部屋に戻ろうとし―――手元にある巾着を見ると、少しずつ遠ざかる姿に向かって駆け出した。
「どうした」
ファヴォリーニの前に回り込むようにしたライナは、手に持っていた小さな巾着を差し出した。格子柄の端切れで作られた、手のひらにすっぽり収まってしまう小さな巾着だった。
「これは?」
「ああ、それはライナ様の育てたハーブではないでしょうか」
クレール言葉に、ライナはうんうんと頷く。そんなライナと巾着を交互に視線を向けたファヴォリーニは、小さな手のひらから小さな巾着をつまみ上げると、顔に寄せて香りを確かめた。
「いい香りだ」
「―――!」
「くれるのか?」
小さな問いかけに、ライナは微笑みながら何度も頷いた。そんな姿を見たファヴォリーニは口元に笑みを浮かべ、ライナと目を合わせた。
「ありがとう、もらっておくよ」
そう言うと、その小さな巾着を服の合わせの内側に仕舞い込んだ。それを見届け、ライナは今度こそ自分の部屋へと戻って行った。小さな後姿が見えなくなり、クレールは思い出したように声を出した。
「ライナの様のハーブ巾着第一号は、まさかの旦那様のものになりましたか。グレイ様には内緒にしておきます」
「ははははは、あとで自慢してやろうか」
クレールの茶化す言葉に、珍しくファヴォリーニは大きな笑い声をあげたのだった。
混乱させて申し訳ございません…!!
この一話を挟み忘れてました…すいませんすいません
「花祭り」は続けて投稿いたします。




