帰省
グレイとライナ、そして大量の荷物を積み込んだ馬車が中央都市の中心街に向かって走っていく。窓から見えるのは、町の中心に位置する巨大な建物。そこは元王城であり、現在は議事堂・官邸として使用されている由緒ある建造物だ。
ライナにはその建物自体の価値は分からないけれど、とても美しく、そして威厳あるものだと感じられた。以前は王城だったのだと説明されて深く納得できた。
馬車は大きな通りを中心から逸れて、南へ向かう。貴族たちの屋敷が立ち並ぶ一角だ。それぞれ意匠を凝らした門構えが景色と共に流れていった。
しばらく走ると、ひときわ大きな白い屋敷が視界に映る。敷地全体を囲うようにぐるりと柵が施され、剪定された木々が道から敷地内を窺うことを拒絶していた。木々の隙間からチラリと見える白い壁。きっとあれが、屋敷の外壁なのだろう。
生まれ育った村にあった、社の広場よりも更に広い敷地を想像し、ライナはすでに困惑し始めていたのだった。
ほどなくして巨大な鉄の門が使用人によって開門され、馬車は敷地真ん中を走る舗装された道を進む。緑の芝生が広い庭に敷き詰められていた。
二人を乗せた馬車が屋敷の正面玄関に止まると、待機していた男がその扉を開けて声をかけてきた。見知った姿に少しだけ緊張がゆるむ。
「おかえりなさいませ、グレイ様」
「ああ、ただいまクレール。ジュネスに一任してあった件は、済んでいるか」
先に降り立ち、頭を下げている男に声をかける。クレールと呼ばれた壮年の男はすぐに答えず、少しだけ間をおいて「はい」と返事をした。グレイにはそれだけで充分だった。クレールのその短い無言が確実な返答だったのだ。
「うるさそうだな」
うんざりした声を、ため息とともに吐き出して実家の玄関を見上げた。
「昨日から、大変賑やかでございます」
「物は言いようだ」
クレールの気遣いにグレイはこれから起こる騒動を想像して、うんざりしていたが、逃げていられないと気を取り直した。そして、馬車の奥で小さくなって座っている少女に声をかける。
「ライナ、おいで」
その優しい声音に、クレールは軽く目をすがめた。ジュネスから簡単な話は聞き、疑っていた部分もあったのだが、これはどうやら真実だったようだ。長年この屋敷に仕えているが、女性に向かって、こんな優しい声をかけているバーガイル家の跡取り息子を見るのも聞くのも初めてだった。
いったいどんな女性だろうと、内心では興味津津と馬車から降りてくる姿を見守っていたが、グレイに手を引かれて現れた姿にクレールは驚いた。もちろん、表情には出さないし、外側は平静を保ち気にしている素振りなど見せはしない。しかし、実際は走って仕事仲間に報告して走りたいほど興奮していた。
グレイが連れてきた女性は―――まだ少女だった。新しいワンピースドレスを身に纏い、伯爵家の屋敷に圧倒されている姿は、なんと初々しい事だろう。小麦色の髪と、日に焼けた肌は健康そうでよい。髪も肌も特に手入れはされていないようだが、これから磨いて行けば、確実に光輝く原石だと思えた。
「ライナ、この男はクレール。屋敷の執事をしている」
「はじめまして、クレールと申します。なんなりとお申し付けください」
クレールは特に笑顔なく、腰からお辞儀をして紹介受ける。ライナはその様子を見て慌てて自分も同じように頭を下げた。
「それとクレール。ライナは声が出ないんだ」
「かしこまりました。音がよく通るベルを準備いたします」
「頼む」
声が出ないことに対して、なにも詮索してこない。ただ自分の仕事を全うする。内心何を考えていようと表に出さず、決して屋敷の人々に仇なす行動・発言はしない。これが一流の執事の姿だ。とクレールは自分を自画自賛していた。
「グレイ様。奥様と旦那様が居間にてお待ちです」
そして一流の執事だからこそ、与えられた役目は全うするのである。この一言は、必ずグレイに伝えなければならないものだった。それにより、グレイの美貌が厭そうに歪んだとしても、だ。
「……双竜め」
「グレイ様」
ぽつりとこぼれた一言に、思わずクレールは諌めた。ばつが悪そうに顔をしかめたグレイだったが、諦めたのだろう、ライナの手を取り玄関の扉を押し開いた。
「グレイ様、おかえりなさいませ」
玄関を開けるとジュネスがほっとした顔をして出迎えてくれた。その他にもメイドたちがずらりと並んで頭を下げている。しかし、あまりの光景にライナは腰が引けてしまい、足が進まない。そんなライナの様子に気が付いたのか、グレイは周りの視線に頓着することなく、ライナをふわりと抱き上げてそのまま歩を進めていった。
「グレイ様……っ」
咎めるようなジュネスの声も、メイドたちの驚愕の視線も頓着せず、グレイは抱き上げられて驚き固まったままのライナを連れ、広く長い廊下を歩く。そのあとをジュネスが慌てて追いかけた。
「クレールは苦り切っていたがな。準備は万端か?」
ジュネスの戸惑った呼びかけは右から左へ器用に聞き流したようだ。淡々と自分の質問をぶつけてくる。そんな主の様子に肩を落としつつ、ジュネスは急いで横に並んだ。見れば、抱き上げられたライナの顔は赤く染まってはいるが、諦めたような表情になっている。この屋敷に来るまでに何かを悟ったのかもしれない……。
「ご要望通り、東の別館に部屋を用意させました。もちろん、彼女の分だけですよ。グレイ様は本館の自室をお使いくださいねっ」
慌てたように付け足した一言を聞き、グレイはなにか反論しかけたが冷たいジュネスの視線とかち合い、その口を閉じた。そして思い出したように声を上げる。
「それよりジュネス」
「なんでしょうか」
「名前はやはり、ライナだった。それと、まだ声が出ない」
グレイの言葉に、名前を呼ばれたライナは顔を上げて自分を抱き上げている人物を見て、それから隣を歩いているジュネスを見た。ジュネスも同様に視線を巡らせていたので、同じタイミングで目が合った。
「グレイ様、止まってください。ついでに彼女を下ろしてください」
「なぜ」
「淑女に挨拶をするのに、歩きながらなどできません」
「……了解した」
グレイは常識に照らし合わせた結果、ジュネスの言い分を全面的に受け入れることにした。ゆっくりと下ろされたライナは、少し戸惑う表情だが、保養所で顔を見たことがある人物だとわかったのか、ほっと力を抜いた。
「はじめまして、ではないけれど覚えていますか?」
「―――」
こくん、と頷くとジュネスはその笑みを深めた。
「わたしはジュネス・ロア。ここにいるグレイさまの公私ともに、補佐官みたいなことをしています。ライナと呼んでも?」
「―――」
名前以外の呼ばれ方などないので、当然首肯した。さきほど『淑女』と言われて、下ろされるまで自分の事だと思わなかったのは秘密にしておくことにする。
「すでにグレイ様から聞いているかもしれませんが、あとでライナに渡すものがあります。落ち着いたら届けます」
なんだろう、と思いつつライナは素直に頷いて見せた。
「なにか困ったことがあれば、遠慮なく……そうだな、遠慮なく袖を引っ張ってくれればいいですからね」
声が出ないとわかり、ジュネスは出来るだけ深刻にならないように、笑顔のまま少し冗談めかして言う。その雰囲気にライナは自然と笑みを作った。
そしてそんな二人の様子を、なぜかグレイが不機嫌そうに見ている。
「その目は何ですか……」
「別に何もない。さぁ、ライナこっちだ」
ジュネスの胡乱な問いかけを再び聴覚から追い出し、ライナの手を取って廊下を進んでいった。
その後姿を見ていたジュネスの口から、大きなため息がこぼれたことを許してあげてほしい。
広い屋敷には、何個もの部屋があり、それぞれの扉は美しかったり、華麗であったり、様々な意匠が施されていて、扉だけでも十分な芸術品のようだった。そのうちの一つの扉の前に立ち、グレイは無意識に呼吸を整える。
「ライナ、いまからこの屋敷の主に会う。平たく言えば俺の親だ。あと、もしかしたらもう一人、おまけが付いているかもしれないが……」
『親』という単語を聞いて、胸がきゅっと痛んだ。ライナにとってもう二度と会うことのできない存在。うまく説明できないし、するための言葉も持たないけれど、それでも心が悲しくて重かった。
だから、それに気を取られていて後半のセリフを聞き逃していた。
「グレイ様。確実にいらっしゃいます」
「はぁ……。気が重い……」
ため息をつきつつ、グレイは気を取り直すとゆっくりと扉をノックした。
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書きたかった部分まで進めなかったので、出来るだけ早く続きかきますねー




