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無声の少女  作者: けい
ロットウェル
26/145

甘い庇護者

 よく晴れた翌日、グレイとライナはバーガイル家より用意された馬車に乗り込み、一路中央都市へ向け出発した。大袈裟な飾りのないシンプルな馬車は、必要以上にライナを脅かせたくなかった為の配慮だ。あまりに仰々しい馬車だと、ライナが乗車を拒否しそうだと思ったからなのだが、ほっとした様子を見る限り予想は外れていなかっただろう。

 目覚めてすぐの出発に、院長は難色を示したが、ライナ自身の回復の良さと、預かりがバーガイル伯爵家になるということを知り、仕方ないと言いつつ許可が出た。

 あとで保養所に幾ばくかの寄付金を上納しておけば、今後の支援も取り付けやすい。


 馬車に乗るのは初めてらしいライナは、流れていく景色に目を輝かせていた。まだ瞼は腫れていたし、顔色も決していいとは言えないが、それでも昨夜の状態からは脱したようだ。

昨夜は泣きつかれたライナが、その瞼を閉ざすまで頭を撫で続けた。次第にうつらうつらと体が振れ始めたライナを、グレイは優しく抱き留め、ゆっくりとベッドに寝かしつけたのだった。

強く握りしめたままの巾着は決して離さず、薄く開いた唇は微かにひび割れていた。頬についた涙の跡をぬぐい、眠ってしまったライナの安眠を妨げないよう、精霊の力を借りて深く眠る術を施した。

 本来は傷ついた兵士に対し、夢も見せず眠りに誘い、体力の回復をさせる……もしくは、死の淵にある者たちを眠りの中で逝かせるため、強制的に睡魔を呼ぶ呪術だった。けれど、ライナの周りにいた精霊たちはグレイの意図を正確に理解し、ライナに深く暖かい眠りだけを与えた。

 その為か、ライナの瞳には昨夜あった陰が消えていた。

 声はいまだに出ないままだったが、ゆっくり回復していけばいいのだし、瞳に中に光が宿っていたことが、グレイは何より嬉しかった。




 中央都市に着いたのは、昼も過ぎた時間だった。

 遠目で見ても、その巨大な都市の大きさにライナは目を瞠った。聳え立つ城壁とその内側に守られた数々の建物たち。

 馬車は巨大な門を潜り、ロットウェル中央都市に入った。


 いままでライナが見たことのない、高い建物が乱立している。木造のものではない、石造りの家々。土埃の上がらない、舗装された道。行き交う大勢の人々。左右に数々ある商店。多くの荷馬車と溢れんばかりの活気。

 ライナは初めて見る光景に、視界がチカチカと点滅したような気さえした。いままで森奥深くの辺境で暮らしていたのだ。保養所の施設や建物だけでも驚きだったライナにとって、絶頂期を迎えていた中央都市の姿は想像を超えたものだった。


 そしてずっと馬車に揺られていたためか、ライナの顔色はさすがに冴えない。町の規模と迫力に気圧されたというのも理由だが、グレイはただの疲れだと思ったようだ。

 グレイ自身、いつもは単騎で駆けている道なので、本来ならば馬車など窮屈なものだと感じてもおかしくない。だが、なぜかライナとの馬車の道のりは苦痛ではなく不思議と楽しいものだった。何の会話もないのに、ただライナが自分と同じ精霊を視界に留めているという事実に、自然と心が浮き足立った。そして今もまた、ライナが疲れた顔をしつつも、物珍しそうに瞳を輝かせて街並みを眺めている姿を、グレイは楽しげに見つめていた。


「ライナ、目的地はすぐそこなんだが、少し降りようか」

「……?」


 突然のグレイの申し出に、ライナはきょとんとした表情を返す。そしてこてん、と首を傾けた。『なぜ?』という意味合いだったろうが、その仕草は充分愛らしいものだった。


「これから行く屋敷には、ライナのような女の子が今までいなかったから洋服が足りないんだ。あと靴や小物も。それに、いまの服も変えてしまおう」


 そう言われ、自分の格好を改めてみる。

 村を出る時に着ていたごわごわした生地のワンピースは、すでに破棄されていた。その代わりと言って看護師さんに手渡されたのがいま着ているワンピースだ。するりとした生地と、軽い着心地。特に装飾がないのが動きやすくて気に入っている。スカートの裾に小さなレースが縫われているが、それがさりげなくてライナはこのワンピースが気に入っていた。事実、今まで着ていた中で一番の着心地だ。


「……」


 特に着替えなど不要という意味を込め、ライナは首を振ったがグレイはまったく見ておらず、気が付いたときには一軒の洋品店の前に到着していた。


「これはこれはグレイ様。ようこそおいでくださいました!」


 馬車の扉が開いたとき、店の扉が勢い良く開いた。そして揉み手をしつつ駆け寄ってきたのはこの洋品店の主のようだ。背の低い、笑い皺が癖になってしまった顔には、てかてかと油が浮いている。店主は先に降りたグレイに愛想笑いを貼りつかせ、店内に案内しようとしたが、それを無視してグレイは馬車を振り返った。


「おいで、ライナ」


 そして店構えと店主の様子に固まり、馬車の隅に身を寄せていたライナに手を伸ばす。そこでようやく、店主はグレイが一人ではなく連れがいるのだと悟った。しかも女性名!店主の目がキラリと光る。


「お連れ様がご一緒とは存じず失礼いたしました。ささ、どうぞ中へ〜」


 店主の猫なで声に眉を寄せていたライナだったが、グレイにその体を抱えあげられてしまうと、今度は顔を真っ赤にして体を縮こまらせた。馬車から連れ出された少女の姿に、店主は『おや?』と思った。

 きっと美女でも連れての来店かと思っていたが、現れたのは純朴そうな少女が一人。顔を真っ赤にして固まっている姿は、初々しくも愛らしい。しかもグレイのとろけそうな表情……。これは……。


「グレイ様、お嬢様のお洋服など見繕わせて頂ければよろしいでしょうか」


 ライナを抱き上げたまま店内に入ったグレイに並び、店主は猫なで声を出す。もちろん揉み手は忘れない。


「そうだな。とりあえず彼女に似合うドレスを見せてくれ。ドレスのデザインは俺が判断する。細かい小物などは女性従業員に任せよう。あと、靴と帽子も必ずだ」

「はい、かしこまりました!」


 店内にいた従業員たちの目に活気が宿る。その様子をライナはぽかんと眺めていたが、グレイが言った内容を反芻して慌ててその肩を叩いた。


「ん?」

「―、――、……っ」


 口をパクパクさせているので、なにか言いたいらしいがあいにく何も聞こえない。それどころか、その焦っている姿さえ愛らしく、グレイはライナを下すことを忘れて抱き上げている腕に力を込めた。焦ったライナは更に肩を叩いて抗議したが、当然グレイには何一つとして効果はなかった。




「グレイ様、お買い上げありがとうございましたっ」


 従業員たちに見送られ、荷物を積み込んだ馬車はゆっくりと走り出す。積み込め切れなかった帽子や靴、ドレスに鞄、アクセサリーはあとで店主自ら配達してくれることになった。下着やそれに付随するものについては、女性従業員が使い方まで含めて親切丁寧に教えてくれた。とんでもなく恥ずかしかったが。ついでに既製品ではないドレスを作るとグレイが言い出したため、後日採寸をしてオーダーメイドドレスを作る契約までしてしまっていた。


 着せ替え人形となっていたライナは、ぐったりと窓に寄りかかって遠い目をしている。


「疲れただろう。あと少しで着くからね」


 ご機嫌なグレイは、ライナの格好にご満悦のようだった。彼は着替えだけでなく、当然今着るためのワンピースも購入した。ドレスは嫌だと態度で大いに抗議したライナは、新しいワンピースで妥協した。ワンピースと言えば易しいが、実際は豪華で繊細な作りで、ライナにとっては充分ドレスの領域だった。淡いピンク色の滑らかな生地は肌に優しく。繊細なレースが袖口を彩り、散りばめられた石が可愛らしさを演出し、腰で結ばれたピンクより濃い目の大きめのリボンが少女の初々しさをさらに高めていた。白いエナメルの靴が小さな足をより華奢に見せ、髪を飾る花柄のリボンは、ライナの髪色ともよく合っていた。そして、首元に巻かれた淡い黄色のふんわりとしたストール。包帯を隠すためのものだが、それがまたライナの素朴な愛らしさを増しているようだった。


 上から下までじっっくりと眺めていたグレイは、緊張した面持ちのライナに緩やかに微笑みかけた。


「うん、良く似合っている。可愛いよライナ」

「〜〜〜〜〜っっ」


 美男子から笑顔でさらりと言われたセリフに、ライナは自分の頬が恐ろしいほどに赤く染まっているだろうことを理解していた。


 と、そこでグレイが表情を改めてライナを見た。その真剣な表情に思わず姿勢を正す。


「いま向かっているのはバーガイル伯爵家。俺の実家だ」


 実家と言われて、なんとなくそうだろうな。とは思っていたがそれよりも『伯爵家』という単語にライナはくらりとめまいがした。店主の扱いを見ていて、それなりの地位があるとは予想していたが、まさか伯爵とは……。


「少なくともライナの傷が癒えて声が出るようになって、身の振り方が決まるまで……俺は君を守りたいと思う。保護者、という言い方が正しいのか分からないが」

「……」


 グレイの言葉に、ライナは奥歯をぐっと噛みしめた。

 保護者。つまりはライナの庇護者ということだ。身寄りのないライナを引き取ってくれるということだろう。とても有難い申し出のはずなのに、なぜか心が痛かった。きっと、この世のどこにも家族がいないという現実を直視することになるから……。


「申し訳ないが、俺の実家はそんなに居心地がよくないかもしれない。近々、別に屋敷を探そうと思っている。それまでの仮住まいだと思ってくれればいい」

「……?」


 実家があるのに、それを仮住まいにして、別に家を探す?

 ライナには理由がさっぱりわからない。

 不思議そうな表情がグレイに伝わったのか、彼は困ったような笑みを向けただけだった。




次は「無声の少女〜閑話休題〜」にて、

グレイとライナの買い物を書こうかと思います。

グレイさんの暴走を見たく無い人は(これ以上グレイのデレに耐えられない人)は見ない方がいいですwww


と、予告してしまった………っ

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