形見
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会議室に6人が揃ったことを目視にて確認すると、ファーラルは経緯の説明を行った。静かな室内に響くのは、朗々としたファーラルの声だけ。その語られていく内容に顔をしかめるに留めていた他の議長たちは、話が終わると重苦しい表情のまま顔を上げた。
「ファーラル、その話が真実であるならば……このロットウェル国内に奴隷市場があるという話になるぞ?」
クレイツは唸るような声を出し、その鋭い視線を発言者に向ける。その視線を受け流し、ファーラルは肩をすくめておどけた見せた。
「えぇ、そういうことになります。大変不本意ながら、ね」
笑みを浮かべる口元とは対照的に、その眼は完全に切れていた。自分たちが守り育ててきたロットウェルという国の中に、いつの間にか望まざる毒が混ざっていたというのだ。許せるはずがない。
ファーラルの冷たい微笑にゾクリとした寒気を感じた面々だったが、さすが6人会議の議長ともなれば、全員気持ちを立て直すのも早かった。
この報告に、心穏やかでないのは全員一致した思いだったのだから。
「しかし、奴隷市場と言い切ってしまうのも早計じゃな」
「確かに。市場というほど大規模ではないのかもしれません」
アジレクトが零した言葉に、冷静に同意したのはエガッティだ。
「規模が大きくなればなるほど、関わるものが増え、秘密が流出する危険性が増える。今現在、そこまで大規模でないのかもしれないな」
「もしくは徹底的に口が堅いものだけが集まっているのか」
顎に手を当て考え込むバーナムに、ファーラルは言い添えた。
「意図的に隠されている可能性、か。……とりあえずどうする」
バーナムがゆるりと会議室内を見渡せば、ロットウェルを担う者たちの視線は強く、はっきりと明確な意志を映し出していた。
「どうやら十中八九ドルストーラとも繋がっているようだし、徹底的に炙りだしてやるさ」
にやりと不敵に笑んだファーラルを見て、室内の5人の議長とガーネットは、手加減なしの闇の【魔法士】の姿を垣間見た気がしたのだった。
一方―――
グレイは馬を飛ばして保養所に戻っていた。辺りはすっかり暗くなってしまっていたが、お構いなしに玄関扉を叩き、院長に小言を投げつけられた。
「まったく。何時だと思ってらっしゃるのやら。すっかり保養所の診察時間も見舞い時間も過ぎてるということをご理解いただけているのかしら」
日も暮れ、患者たちの夕食も済んでしまい、あとは消灯を待つのみという時間に現れたグレイに対し、恰幅のいい女性院長は不機嫌を隠さず怒っていた。ちなみに院長でありながら雑務含めてなんでもしてしまうベテラン医師である。グレイも部下たちの治療などで、幾度となくお世話になっているため、何も反論せず言われるがままに苦情を受けていた。
「中央都市に戻られたのなら、伯爵家に滞在されてくればよろしかったのに」
「申し訳ない。どうしても彼女のことが気がかりで」
伯爵家の名声が邪魔だと思っているグレイにとって、バーガイル家の名前はいつになっても重かった。半ばしがらみから逃げ出したくて、あえて辺境部隊へ志願した身としては、中央都市の実家に戻ることにより、窮屈な思いをするのは苦痛でしかない。
しかし、重傷を負い生死をさまよった少女を、何故か投げ出すことは出来なかった。
怪我を負わせたという負い目?
精霊たちが懐いているから?
男に追われ、殺されそうになった同情?
全部当てはまるようで、結局は全部違う気がする。考え込みつつ、院長の後ろをついて歩き、少女の病室までたどり着いた。自分の優秀な部下たちは、変わらず扉の前で待機していたようだ。
「すまないな。飯は食ったか?」
「はい、交代で頂きました」
労いの言葉をかけると、二人の騎士は姿勢を崩さず返答する。
「二人とも休憩してきてくれ。院長、仮眠室などお借りできますか」
「……仕方ないですね。ご案内しましょう」
病室まで案内させたのはこれが目的なのかという、胡乱な目を向けられたが、グレイは爽やかな笑顔で対応し口うるさそうな院長を追い払った。騎士たちは持ち場を二人ともが離れることに戸惑ったようだが、グレイに諭されて院長について歩いて行った。
三人が背を向けて病室前から立ち去るのと同時に、グレイは室内にその身を滑り込ませた。暗い室内に人工的な明かりはなかったが、窓は開けられており月明かりがぼんやりとベットの上の人影を浮かび上がらせていた。
何者かが侵入してきた気配に、人影が動く。
「ゆっくり休めたかい」
横になっていると思っていたが、予想に反して座ってこちらを見ていた。目をすがめ、入ってきたのが昼間見た人物だと認識すると、ほっと肩の力を抜いたのだった。
「悪かったね、驚かせたみたいだ」
グレイの言葉に、ライナは静かに首を振った。柔らかそうな髪が肩口で揺れ、月の光に反射して透き通って見えた。
「夕飯は、食べられた?」
そういえば、昼間は食べさせてあげたんだったと思い軽い気持ちで聞くと、同じように昼間の状況を思い出したライナの顔がほのかに赤くなる。赤くなりつつも、こくんと頷いて見せたその姿に、なぜかグレイの顔も赤くなった。
「そ、そうか。食べられてよかった」
そのまま室内に静寂が広がる。ふと、何かが視界を横切る気配がして視線を向けると、案の定そこには精霊たちが飛んでいた。開けてある窓枠に座っていたり、ベッドの上に転がっていたり。相変わらずライナの髪を引っ張る者もいれば、グレイに飛び付いてくる者もいた。
ベッドの上にいる人物に視線を戻す。
―――見えている。
ライナの視線もまた、室内にいる精霊たちを捉えていた。見えない人であれば、しないであろう視線の動き。ベッドの上、そのまま窓枠を見て、飛び始めた姿を視界に捉え、動きをそのまま視線で追い、グレイのところまで。
精霊たちの楽しげな様子に、自然と笑みがこぼれる。その様子に胸がざわついた。
―――自分を見たわけではないのに、笑みを向けたわけではないのに、偽りのない笑顔が胸に迫る。
ライナもまた、無意識にグレイに笑みを向けたことになったことに焦り、姿勢を正して口を引き結んだ。
「そういえば、まだ君の名前を聞いていなかった。教えてもらえるかい」
慌てた様子に笑いがこみあげてきたが、それを抑えて声をかけた。
「昼間も名乗ったが、俺はグレイ・バーガイルだ」
さぁ、次の名乗るのは君の番だと言わんばかりに視線で促す。ライナは声を出そうとしたが、思わず喉に巻かれている包帯に手を触れていた。
「傷が気になる?大丈夫、傷口はすっかり塞がっているから。包帯は念のためでしかないよ」
優しく言われ、確かに痛みもないと実感していたライナは、思い切って声を出した。
「―――……」
「え」
グレイはそれまであった笑みを掻き消した。そしてそれ以上に慄いていたのはライナ自身だ。喉に手を当てつつ、口を開けて声を出そうとする。だが、声が出ない。
「どういうことだ……」
「……っ……」
喉の奥から洩れて来るのは、ひゅーひゅーという風の音だけで『声』となるような音は聞こえてこなかった。ライナは何度も何度も声を絞り出そうとするが、どうしても声が出ない。しまいには、小さなその身を折り曲げて激しく咳き込んだ。
「今日はもういい、落ち着いて」
グレイは焦りを現さないようにしつつ、小さな背中を何度も撫でて落ち着かせた。焦らないように、と思いながらも無意識にその指先が震えだしそうになるのを止められない。
あの時、大男に襲われていた時、彼女は確かに叫び声を出していた。つまり、あの時までは確実に声が出ていたのだ。
「まだ声を出すには、早かったのかもしれないね。ゆっくり治していこう」
―――怪我は治っている。これ以上何を治療するというんだっ。
グレイの胸の奥に渦巻くのは、無力感以外のなにものでもない。けれどそれを少女に見せることは出来ない。一番つらくて、焦燥しているのは彼女自身なのだから。
呼吸が落ち着いてきたのを見計らい、水が入ったコップを手渡すと、喉が渇いていたのだろう焦るように飲み干した。空になったコップを受け取り、備え付けのテーブルに戻す。そして顔を向き直し、胸ポケットのを上着の上から握りしめた。
「俺は、君の名前を知っているかもしれない」
声が出せず困惑している少女を、グレイはさらに傷つける可能性を思うと苦しかった。しかし放置できる問題でもない。
「……ライナ」
「!!」
呼ばれた少女ライナは、目に見えてわかるほどにその身を震わせた。そしてその眼には徐々に不信感が浮かび上がってくる。無理もない、昼間会っているとはいえ、ほとんどお互い何も知らない者同士のはずが、一方がなぜか名前を知っているのだから。
「怖がらなくていい。そうか、やはり君がライナだったんだね」
「……」
意味が分からず困惑しているライナに対し、グレイはこれから告げなければならない内容の残酷さに息が詰まるようだった。
「これに、見覚えはある?」
グレイはあの日からずっと、肌身離さず持ち歩いていた薄汚れた巾着を取り出し、ライナの目前に掲げて見せた。その巾着を見たライナの瞳が一瞬輝き、そして次の瞬間目に見えて表情がこわばった。
ライナは聡い。見慣れた巾着が、なぜ他人の手に渡っているのか、なぜあんなにも汚れているのか、彼女は何も言われずも気づいてしまった。
「……っ」
ライナが手を伸ばせば、グレイは何も言わずにその巾着を手のひらに乗せた。
―――この、柄の巾着は……父さんと兄さん用にって、渡した……
村の男衆全員に配った巾着。最後に残った二つを父と兄に渡した。一番お気に入りの生地で作った、二つだけしか配らなかった巾着。その一つが、まったく無関係の人物が持っていたという事実。
唇を震わせ、説明を求めるようにグレイを見上げたライナは、それでも泣くまいと眉間に力を入れて我慢しているようたった。
「国境付近で戦闘があった。戦闘後に生存者を探していたら、この巾着の持ち主がいた。そして告げられたんだ。ライナという娘に渡してほしいと」
「……っ!」
グレイの言葉に、ライナの瞳からついに涙が溢れた。その遺言で分かってしまったのだろう、巾着を託した人物が誰なのかを。
実際には戦闘などなかった。あったのは、ドルストーラの一方的な自国民への虐殺だけだ。けれど、それを告げることはなぜか出来なかった。なにもかも失った少女から、さらに故郷のわずかばかりの信頼すら無くさせてしまうことは、それはできなかった。ならばいっそ、戦闘があったことにしてしまう方が説明に信憑性が出る。あとあと責められることもあるかもしれない。それでも、わかっていても言えなかった。
「助けられなくて、すまなかった」
グレイが見つけたとき、すでに瀕死だった。そして彼自身治癒を望んでいるようではなかったのは、自分が助からないと悟っていたからだろう。それでも、ライナに謝りたかった。
「あの人は、君のお父さん?」
「っ……」
グレイの質問に、巾着を胸に抱きしめつつライナは大きく首を縦に振った。その拍子にきつく閉じられた瞳から涙が散った。
「素晴らしい【精霊士】だったんだろう」
聞こえてきた【精霊士】という単語に、ライナはゆっくりと顔を上げてグレイを見た。
「精霊たちがずっと離れなかった。彼らがお父さんの居場所を教えてくれたんだよ」
だから辿り着いて、遺言を受け取ることが出来たと告げれば、ライナは喉を震わせ、声が出ないままに慟哭した。その周りを慰めるように精霊が飛び交う。ライナが握りしめた巾着を、その手の上から重ねている。
「ロットウェルは【精霊士】の迫害はない。身の振り方が決まるまで、ゆっくりすればいい」
泣き続けるライナの頭に触れ、ゆっくりと撫でる。暖かくて優しいその感触にライナは父と兄、そして母を思い出してさらに涙をあふれさせた。
ライナには聞きたいことまだあるし、渡したいものもあった。けれど今夜はこれ以上、心の負荷をかけたくない。
顔を真っ赤にして泣き続けるライナを抱きしめてしまいたい衝動にかられたが、グレイはその夜、優しく頭を撫で続ける役目に終始したのだった。
こんなに間が空いたの初めてで、続き読んで頂けるか心配です…
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