それぞれの行動開始
「一人少女を保護したとあるが、身元は?」
椅子に座り直し、ファーラルは報告書に視線を落とした。そして文章の一部『少女を保護』の文字を指指し示す。
「ここに来る前目覚めたばかりで、まだそこまでは確認できていません」
グレイの返答に少し考えたファーラルは、もう一度報告書に目を通す。
「時系列に沿って、話してくれ」
大まかにではあるが、内容は記載されている。しかし議長殿は直接、口頭での報告がお望み
らしい。
「先に起こった、国境付近での殺戮ののち、再びドルストーラの動きを監視するため見張りを配置し、俺自身も精霊に異常がないかを探ってもらっていました。数日は不穏な気配などなく過ぎましたが、突然空気が変質したようになり、気になって外に出たところ、件の【精霊士】を埋葬した墓近くに、大量の精霊が飛び交っていました。その後、それらの精霊は一直線に森を目指して飛んでいき―――」
「その少女がいた、というわけか」
「はい」
グレイを【魔法士】として育てたのはファーラルだ。若いのにその才能はずば抜けている。そのため、6人会議の長などという、面倒なものまで押し付けられてしまっているわけだが、本人は特に気にしていないようで飄々としていた。
「精霊が一人の【精霊士】を異様に慕う。その精霊が次に慕ったのは、その少女……」
「あと、亡くなった【精霊士】の傍にいたのは、ロットウェルでよく見るタイプではなく、似通っていましたが、姿が多少違っていました」
力の性質は同じだと感じられたのに、姿が違うことが不思議だったのだ。
「ああ、それは問題ない。地域によって多少の特異性は出てくるものだ。平均的な能力は同じだか、育ってきた環境に寄りズレが生じるらしい。例えば、町などで火事の際に現れる精霊と、火山地帯にいる精霊では、同じ火の精霊であっても、その能力に差が出るということだ」
「つまり、育ちが違うと精霊は能力が特化する事があるということですか」
あっさりとファーラルが疑問を肯定したので、グレイは思わず身を乗り出して質問してしまう。
「簡潔に言えばそうなるな」
グレイな真剣な視線に対し、逆にファーラルは肩の力を抜いた。良くも悪くも、この師弟は精霊のことになると熱くなりすぎる。
「大体にして、精霊がどこから生まれてくるのかすら今のところ謎なんだ。難しく考え込まずに、精霊の力を借りて、波風立てずに能力を生かしてくれよ」
「はい」
返事をしつつ、考え込もうとしているグレイに気付き、ファーラルは持っていた報告書を丸めると、ぽこんとその頭を打った。
「報告はまだ終わっていない。考え込むのは帰ってからにしろ」
「申し訳ございません……」
すまなそうに頭を下げるグレイに、それ以上追及はせず先を促す。
「その少女は、奴隷商人と思われる男に追われ、襲われていたところを発見救助しましたが、男の予期せぬ行動によって、その少女に重傷を負わせてしまいました。いまの保養施設にて療養中です」
「奴隷商人……ね」
顔は伏せられているが、その声は怒気をはらんでいた。なぜか空気まで重い。無自覚に闇の精霊を召喚する癖だけはどうにかするべきだと、グレイは心の中だけで助言した。口に出しては恐ろしくて言えないのだが。
「まさか我がロットウェルに、そんな野蛮で下種な人種はまぎれていないだろうな」
ファーラルがちらりと視線を向けたのは、グレイではなく黙って話を聞いていたジュネスだった。突然返答を求められ、思わず姿勢を正してしまう。
「お、恐らく。検問を強化し、馬車などの通行は特に厳しく中をすべて検めさせています」
「その件でひとつご報告が」
冷たい空気をものともせず、発言を求めたのは同じく黙っていたガーネットだ。
「なんだ」
「検問手前の村にて、不審な3台の馬車と単騎10の集団が、検問の話を聞いて引き返したとの情報が上がってきています。ロットウェルに入ろうとしていたのは間違いないかと」
報告内容に、ぴくりとファーラルの眉が上がる。グレイの視線も厳しいものに変わった。
「引き返した、ということはドルストーラに戻ったということか?」
「方角だけを見れば間違いなく。もちろん、どこかで折り返すなどして、さらに他国へ渡る可能性はゼロではないと思われますが」
ガーネットの報告を聞き、その場の空気は一段と重いものになった。だが、ジュネスは奴隷商人の侵入を防げたことで内心安堵していた。思わず『ロットウェルは安心ですね』と言いそうになったが。
「ガーネット、すぐに議会招集だ。議長たちを集めろ。グレイ、報告はここまででいい。何かあれば早馬を出す。しばらくは保養所か?」
険しい表情のまま立ち上がったファーラルは、すでに6人会議議長の表情になっていた。さきほどまでふざけていた雰囲気は完全に霧散している。
軽く頭を下げ、颯爽と執務室から駆けていくガーネットを見送り、グレイは報告とともに許可を得ようとしていたことを口にした。
「できれば暫く、駐屯部隊から離脱したいと思っています。とりあえず中央都市の屋敷に戻ろうかと」
「わかった。副隊長の代わりの者はお前が厳選して送り出せ。許可はこちらで可決しておく」
上着を手に取り、あっさりと了承してしまう。いまの時世で副隊長であり【魔法士】であるグレイを戦線から離れさせることを、こうもあっさり認めてしまうとは。甘いのではなく、信頼のなせる技だろう。
「あともう一つ」
「なんだ、早く言え」
出て行こうとしていたファーラルの背中に、グレイは思い切って声をかけた。ぞんざいな口調ながら、立ち止まって言葉の先を促す。
「保護をした少女の処遇ですが、バーガイル家で預かります」
きっぱりと宣言するが、ファーラルの視線はそれがどうした、と言っている。
「勝手にしろ。お前が保護したのだから、責任を持て」
言うだけ言うと、速足で執務室から出ていった。残ったのは、場違いな軍人が二人。閉められた扉を見ていたグレイの後ろから、ジュネスはなんとなく恐々と声をかけた。
「グレイ様……もしかしなくても、最後のが一番の目的だったんじゃ……」
ぼそっと呟いたジュネスに、グレイは何も言わずに口だけで笑みを作った。
「亡くなった【精霊士】と保護した少女に、なに繋がりがありそうだとは思わないか?」
「話を聞く限り、精霊が大量に懐いているとか……ですよね」
「ああ。きっと彼女が『石』を託されたライナという少女な気がする」
「確信ですか?」
「まさか。勘だよ」
ふっと笑みを漏らすと、長居は無用と執務室から退出する。
報告書に書き示し、頭の中でも分かっていたつもりだったが、今回ファーラルに一問一答をしたことで見えてきた。そう、それが【精霊士】と少女との繋がりだ。正直、さほど強く二人の関係性を認識していなかったが、よくよく考えれば繋がりがあると見たほうが辻褄が合うし、納得できる部分も多い。
「ライナ、という名前かどうか確認してから、預かった巾着を渡そう」
もし別人であれば、それはそれで精霊のざわめきについての謎が深まるばかりだが、もしライナ本人であった場合、知り合い、もしくは家族かもしれない【精霊士】の死を告げる役目は自分になるのだ。
誤った選択は出来ない。そのためにも、保養所ではなく自宅であるバーガイル伯爵家にて手厚く看護してあげたいと思うのだ。
純粋な瞳を持つ、まだ幼さの残る少女だった―――
男を恐れつつ、それでもグレイに対して心を開こうとしてくれたのは、もしかすれば彼に付いて離れない精霊が見えたからかもしれない。
「ジュネス、俺は保養所へ戻る。お前は伯爵家に行って彼女を迎えられるように手はずを整えるように伝えてきてくれ」
「いいですけど……伯爵家は大騒ぎになりますよ……」
ジュネスの胡乱な視線に、グレイはぐっと息を飲んだがそれがどうしたとばかりに胸を張った。
「傷ついた少女を放っておくなど、騎士の風上にも置けない所業だ。俺は間違ってない」
「間違ってません、間違ってませんけどね。伯爵家では、わたしはあまり目立って動けませんから、そのつもりでいてくださいよ」
あくまでグレイの従者であり、補佐であるジュネス自身が難しい身の上を抱えている。出自を声高に触れ回りたくないため、あくまで目立たないよう従者に徹していると言っていい。そのため、いくらグレイの許可があっても伯爵家に限らず大っぴらに動きたくないのた。
「お前はもう家名を捨てたのだろう」
「捨てましたが、そんな簡単に融通が利かないのが貴族社会ですよ」
やれやれと肩をすくめると、ジュネスは主人のため、針の筵になる覚悟をしたのだった。
読んで頂きありがとうございました(*´▽`*)
ファーラルさんが怒って出て行ってしまいました。
理由はまた今後出てきますが、たぶんそこの貴女が「こういうことじゃないの?」と思われた、それで合ってます!(笑)
ジュネスは精神大人なので深く突っ込むのはやめたようです。
次回予告は当てにならないのでしないことにしました(;・∀・)
週末まで留守になります。
また暫く空いてしまいますが、見捨てずよろしくお願いいたします。
評価・お気に入り登録いつもいつも、本当にありがとうございます!!




