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無声の少女  作者: けい
その先にある選択肢
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ドルストーラ城内

 一行が煤汚れた城下町への入り口を(くぐ)る前に、リリーは窓をしっかりと閉じカーテンを引いた。情勢不安定な中、他国の貴人がいると発覚すれば何が起こるかわからない。アンヌとライナは街並みを見てみたいと口を揃えたが、厳しい顔をしたリリーから許可を得ることはできなかった。

 馬車が通れるほどの大通りを進んでいるのだろう。外から人々の声がざわめきと共に耳に入る。威勢のいい呼び声もあれば、笑い声も。時には怒鳴る声も混じっていたがそれらすべてが人の営みがここに成立している証拠だ。閉じられたカーテンの向こうが見れない事が残念でならなかった。

 そしてそのままフォーデックの先導で馬車は進み、半刻ほどが過ぎただろう頃にようやく馬車は歩みを緩めた。止まった馬車に、中の三人は到着したのかと顔を見合わせる。と、ノックの音とほぼ同時に扉がゆっくりと開いた。


「窮屈な思いをさせました。城下から離れましたので外を見て頂いていいですよ」


 ロージィが御者台から下り、扉を開けてくれたのだ。ロージィはアンヌの手を取り丁寧な仕草で下車を促す。それに続きライナとリリーも。

 馬車が止まったのは城下を見下ろせる高台だった。これは城下の様子を見てみたかったという願いに対する答えなのだろう。確かに人気(ひとけ)のないこの場所であれば、見咎められることはない。


 ライナとアンヌは揃って爪痕の残る城下町を見た。家々が犇めき合い、それぞれの煙突からは細く白い煙が立ち上っている。けれど壁の一部が崩れていたり、家自体が崩れてしまっているところもあるようだ。遠目ではあるが、その様子は視界に入る。そしなにより、一番目立つののは街全体に見受けられる煤汚れ。市場が開かれているのであろう一角は明るい色が溢れているが、それはとても限定的なものだった。内乱の傷跡はまだ街中に広がっているのだ。


 そしてその先―――荒れてしまった砂ばかりの大地が見える。かつて緑の大地が広がっていたとは思えない光景だ。


「……痛々しいわね」


 ぽつりと漏らしたアンヌの言葉がすべてを物語っている。王政は転覆し、新しい体制となってまだ間もない。それに王政が倒された直後は熱気があっただろうが、変化がなければ長続きするものではない。人は慣れる生き物だ。辛酸をなめた体制から現状に移行したとしても、それすら時間とともに慣れ、そしてなにかしら不満は募るのが定石。


「ではそろそろ城へ向かおう。白薔薇城ほど荘厳でも美しくもない城だが、威圧感と豪華さだけは負けていないだろう」


 フォーデックの声に体を振り向かせると、現在いる大地よりさらに丘の上に、街と同じように煤汚れた巨大な城があった。

 フォーデックの言う通り、ドルストーラの城は白薔薇城とは全く違う雰囲気だ。ただ、それは見る人の好みや感性に左右される部分が多々あると思う。確かに煤汚れてはいるが、決して脆弱なものではない。いっそ力強い押しの強さを感じさせる佇まいだった。


「さて、馬車に乗ってくださいませ」


 リリーに急かされるように乗り込めば、今度こそ馬車はドルストーラの王城へと走り出した。




「アンヌ様ライナ様、長時間お疲れさまでした」


 馬車が再び走り出して四刻半。馬車はついに王城へと到着した。扉が開きエスコートするための手が伸びる。ロージィだろうとそのまま手を差し出そうとしたアンヌは一瞬硬直した。にっこりと微笑んでそこにいたのはアロイスだったのだ。


「さぁ、お手をどうぞ」

「は、はい」


 実はアンヌよりアロイスが1つ年下なのだが、二人はそんなことを気にしているわけもない。ただライナは実兄が嬉しそうに義姉の手を取り、それに対しアンヌも恥ずかしそうにしつつもはにかんでいる姿を見て、なんだか微妙な気分になっていた。特に実兄の本当に嬉しそうな笑顔が。思わずチラリとロージィに視線を向けてしまったが、彼は鉄壁のポーカーフェイスでアンヌの新しい春を見守っているだけだった。


「アル!そろそろ俺たちにも紹介してくれよ」

「あ、ああ。わかってる」


 初々しい二人の間に呆れたような声が飛んだ。アロイスは慌てたようにアンヌから手を放すと、いつの間にいたのか、居並ぶドルストーラの人々の輪に戻り改めて頭を下げた。


「遠路お疲れさまでした。ドルストーラへようこそおいで下さいました」


 アロイスの声に同調するように、大勢の人々が一斉に頭を下げ、兵士たちは敬礼を返した。それは予想していたよりも大きな出迎えであった。なにしろロットウェルへの迎えはアロイスとフォーデックだけという、身分は最高位だが人数的に言えば最小限以下といってもいい扱いだった。なのに到着後の迎えはこの大人数。あまりの差にライナもぽかんと口を開けてしまった。


「歓迎ありがとうございます。暫くこちらに滞在させていただきます、ロットウェルから参りました、リグリアセット公爵が娘アンヌと申します。こちらはわたくしの妹のライナ。皆様、よろしくお願いいたしますわ」


 だが、ここはさすがのアンヌ。素早く意識を回復させると『ロットウェル』の賓客であること、そして爵位を示し身分を(つまび)らかにした。これで万一にもアンヌやライナが貶められるようなことは起こらないだろう。


「部屋を用意しております。こちらへ」


 国主自ら出迎え、そして客室へ案内することもまた、周りに対する牽制でもある。

 一見すれば整えられた城内であるが、所々に違和感を感じる。アンヌは努めて顔を上げ歩いているため、違和感の正体を視線で探すことが出来ない。ライナも付き添いであるロージィとリリーもまた、案内されるまま歩き誰も声を発さなかった。城内には出迎えしてくれた以外の人々がまだ多くおり、彼らが興味深げにこちらを見ているのが分かった。


 城の奥まったエリアに踏み入れ、ようやく数多の視線から解放される。



「ここは奥殿です。信用置ける者たちしか入って来れませんので気を楽にして下さい」

「はい」


 アロイスの言葉にアンヌはふっと肩の力を抜いた。ロットウェルでは領地にいることも多く、中央都市に来たらグレイを追いかけていたアンヌは、正直いえば人前で話すことは苦手だ。緊張で背中に汗をかいている気がする。


「先に部屋で寛がれてください。湯も用意させています。ロージィとリリーにも部屋を用意したから使うといい」

「お心遣いありがとうございます」

「嬉しいです!」


 満足に湯あみも水浴びも出来なかったのは、アンヌとライナばかりではない。同じように行程を進んできた二人もまた汚れを落としたいと思っていたのだ。先駆けて城に帰ったアロイスは、自らが湯あみするのと同時に、大量の湯を用意させていたのだった。


(おも)だった側近たちは晩餐の時に紹介いたします。まずはごゆっくりお過ごしください」


 そう言って示された客間は、日当りのいい暖かな内装の一室だった。すでに室内には5名の侍女が待機しており、彼女らは一斉に頭を下げた。そしてアロイスの宣言通り二人の義姉妹は湯殿へと連行されてしまう。相変わらず裸を見られることに抵抗のあるライナだったが、アンヌを含めた女性陣の押しの強さに敗北し、大人しくされるがままになるのだった。

 全身を洗い清められ、良い香りのする香油を全身に塗り込まれ、衣装と髪を整えられ、仕上げに薄く化粧をされれば完成だ。アンヌはともかく、ライナは化粧慣れしていないので、顔の皮膚が息苦しくなった気がしてしまう。その様子を見ていたアンヌが口添えしてくれ、ライナの化粧は極力薄いものに変えられた。


 用意されていた侍女たちは、みな穏やかな気質のようで笑顔で対応してくれる。無駄なおしゃべりはしなかったが、こちらから話しかければにこやかに対応してくれる。ただ、ライナがアロイス王の実妹だという事実は伏せられているのか、誰の追及もなかった。


 身支度が整い、アンヌとライナはようやく落ち着いて腰を下ろした。


「お嬢様方、素敵ですわ!」


 すでにリリーが室内で待っていて、身綺麗にした姉妹を褒めてくれる。彼女は自分で身支度をしたため二人よりも圧倒的に早く終わったのだ。そして待っている時間を使い、与えられた部屋の構造などをチェックしていたのだった。


「お庭に出て見られますか?とても美しく整えられておりますよ」

「このお茶を頂いたら行ってみようかしら」

「はい」


 用意されていたお茶を飲み、それから揃って庭へ出た。整えられた庭には、可愛らしい花が植えられ背の高い樹木が外からの視界を遮るように立ち並んでいる。だが、見る人が見れば、その一見整えられた庭が馴染んでいない事に気づくだろう。植えられた花々は新しく、整備されたように等間隔に並ぶ樹木の根元の土もまた新しい。

 それに気づいたのはライナだけで、アンヌとリリーは広々とした庭を満足そうに散策した。精霊たちがライナの耳元で囁く。


『アロイスがライナたちの為に花を植えていたわ』


 そんな裏情報に思わずライナの口元に笑みが浮かんだ。でもきっとそれは、ライナのため半分。あとの半分は好印象を与えたいアンヌの為だろうと想像がつく。

 



「夕食の準備が整ったとの報せが参りました」


 ドルストーラに到着したのはすでに昼を過ぎており、その後湯あみだ身支度だと準備をしている間に、気が付けば太陽は傾き没しようとしている。旅路の疲れと到着の安心感で、ライナとアンヌはソファーで先ほどまで転寝をしてしまっていた。淑女にあるまじき姿であったが、リリーを始めて部屋付きの侍女たちは何も言わずそっとしておいてくれた。


 ようやく目が覚めたのと、ドアがノックされ、外から声を掛けられたのはほぼ同時だった。そして呼びに来たのはずっと姿が見えなかったロージィであった。


「ロージィ、今までどこにいたの」

「暫くこちらでお世話になるため、城内部の下見や各施設の確認に行っておりました。おそばを離れて申し訳ございません。なにかご不自由ございましたでしょうか」


 慇懃に頭を下げるロージィの顔をあげさせ、アンヌはその手を取った。


「あなただって疲れてる筈よ。今日くらいゆっくり体を休めて欲しかったの」

「……ありがとうございます。しかしご安心ください、わたくしは大丈夫です」

「もう」


 ロージィはやんわりとアンヌから手を離し、一歩引くと二人を廊下へと導く。折り目正しい立ち姿と容姿に、侍女たちがほぅ……とため息を()いたのを耳に入れ扉は閉められた。リリーは侍女同士の交流のため、彼女たちと共に夕食をとるという。


 幅の広い廊下には煌々と明かりがつけられている。贅沢なほどの明かりは、よく見れば光の精霊たちが、ライナの為に光源の威力を上げてくれているのだった。つるりとした足元の床は大理石だろう。磨き上げられた乳白色の石は光を反射することで、ますます廊下を明るく照らしていた。


 城の下見をしていたというのは嘘ではないのだろう。ロージィは迷うことなく守るべき姉妹を一つの部屋の前へと案内した。重厚な樫の木で作られた大きな扉は、この先に玉座があるのかと疑うところだが、ここは紛れもなく食堂の入り口だ。

 随所に前王の見栄と矜持が目に留まる。華美さはないが重厚感が漂うことを考えれば、恐らく趣味はよかった人物だったのだろう。ただ、考え方が偏り過ぎて国と民を思いやれなかった。


 兵士によって扉が開かれたそこには、アロイスとフォーデックを始め、城に到着した時に出迎えてくれた面々が勢ぞろいしていた。総勢10名ほどだろうか。そして長いテーブルの上座にアロイスがいる。


「迎えはロージィに任せたんだ。気負わなくて済んだだろう?」


 立ち上がりアンヌとライナを迎えたアロイスは、どちらの手を取ってエスコートすべきか迷いつつ、最終的にはアンヌの手を取った。リグリアセット公爵家の直系であるアンヌを優遇することは間違いではない。間違いではないのだが、ライナにはただのアロイスの本音にも見えた。

 結局ライナはロージィにエスコートされ、アロイスに次ぐ上座に用意されていた座席に腰を下ろした。


 ロージィは姉妹の背後に控え、二人のため(・・・・・)に運ばれてくる給仕の手伝いをするに留まる。この室内にいる女性は、アンヌとライナだけなのだ。過保護気味のロージィが警戒感を滲ませていても仕方ない。


「ようやく名乗りが出来ますね。わたしはアロイス王の左腕であるビレッドです」

「俺―――ではなく、わたしは諜報管理のドーン」


 それぞれが軽く名乗り、ドルストーラの中枢を担う面々とは思えないほど、穏やかに夕食は開始された。


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