9 三者面談と代理人
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梅雨も中間考査も明けたこの時期が来ると、由樹はいつも憂鬱になる。先のホームルームで配られたばかりのプリントを持って、職員室にいる担任のもとへ足を運んでいた。
「はあ。高津、なんとかならないか? ……三者面談くらい、お母さんかお父さんは来られるだろ? たった数十分なんだから」
「もちろん確認はしますけど……難しいと思います」
「そうは言っても、他県にいるだけだろ?」
「いいえ。母は先週からイタリアに居ます。暫くヨーロッパに居ると言っていました。父はどこで何してるか知らないですが、確実に海外です」
「そうかあ……ううむ」
両親が不在がちな由樹は、三者面談日の調整を行っていた。中学の頃の担任は適当だったので、いつも面談期間外で時間を取ってくれていたが、今の担任は中々融通が効かなさそうだった。心の中で、面倒だ、と毒づく。
「どうにか。代理人を立ててもいいから」
「代理人?」
「ああ、一筆書いてもらう必要があるがな。本当に無理なら代わりを立ててもらうしかない。おじいちゃんおばあちゃんとか、誰か都合のつく人に」
「……それって、再従兄弟でもいいですか。毎日顔を合わせていて、母ともよく連絡を取るんです。もしかしたら都合つくかも」
「ちょっと遠いな……でもまあ、仕方ないか……」
ふと美織の存在が頭によぎった由樹は、思わず代理人として彼女を呼ぶことを考えてしまった。担任が納得してから、美織に迷惑をかけてしまうと冷や汗をかいた。
今日は早めに美織の家に行き、少し手の混んだものを作ることにした。ひき肉と玉ねぎとつなぎを練って丸く取り、両手の間を往復させて空気を抜き、美織の帰宅に合わせてすぐ火を通せるようにする。付け合わせやスープも用意しつつ、ソースも赤ワインとバターを使ってリッチに仕上げた。
「ただいまあ」
間延びした声とともに、玄関の開く音がした。おかえりなさい、と返すと同時にコンロの火を点ける。
「今日はなあに」
「ハンバーグです」
「やった! 由樹くん大好き」
ウキウキで支度する美織があまりにも子どもっぽくて、思わず由樹は笑ってしまった。しばらく経って、竹串を刺して火の通りをよく確かめたあと、できるだけきれいに見えるように盛り付ける。
いただきますを揃って言ったあと、ふと美織が呟く。
「由樹くんさ。私の機嫌を取ろうとしているね?」
伸ばしかけた箸の動きが止まる。図星だった。
「……実は、その」
「きゃあ! すごい! 切ったら肉汁が止まらない! んーっ、お肉ふわふわ!」
「後で言います」
頬に手の平を当てながらなんとも幸せそうに口にする美織を見ていると、流石に邪魔できない。由樹も同じように食べ始めるが、まあこんなもんか、以上の感想は出なかった。強いて言えばもう少し落ち着いた味が好みだが、美織に合わせて胡椒を多めにしたので、仕方ない。
半分ほど食べ進めて美織のテンションが落ち着いたあたりで、由樹はポケットから小さく畳んだ紙を出す。
「美織さん。これなんですけど」
「うん?」
美織はそれを受け取り、開く。
「なになに。三者面談?」
「出てほしくて。……平日なんですけど……」
「そうかあ……なるほど。いいの? 私で」
「他に頼める人が居なくて。すみません」
残ったソースまで白米の上に掛けながら、美織はふむと頷いた。由樹の家庭環境のことは本人の次によく知っている。そして、学校外での様子についても。居心地悪そうに頭を下げる由樹を見て、美織は困ったように笑った。
「おばさんも酷だよね。先生がいいなら、私が出るよ。有休だって消化できてないし」
「有休?」
「えっと、年何回までなら休んでもいいよって日。休む理由は何でもよくて――建前上は、だけど」
由樹にはまともな会社に勤めている両親がいないため、一般的な労働の仕方を知らない。仕事の話を美織から聞くたび、未知の世界に触れている気分になるのだった。
「いいな。学校にも欲しい」
何気ない由樹の一言に、美織はアハハと声を上げて笑った。




