↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後を捧ぐ  作者: 緑紗
§ 1年8組 高津由樹
10/39

10 知らない敬語とよく知る顔

「高校に来るなんて何年ぶりだろう。っていうか、通ってない高校に行くのが初めてかも? 入ったことなんてない場所なのに、懐かしい気持ちになるね」


 職員玄関で来賓用スリッパを借りた美織は、首がちぎれんばかりに辺りを見渡した。由樹にとって日常の光景だったが、美織が何年前に高校を卒業したのか考えると、なるほど確かに見ていて面白いだろうと納得する。


 面談時間に余裕があったので、美織を連れてのんびりと教室へ向かう。彼女は掲示板の前を通るたび、廊下に置き去りにされた椅子を見るたび、また古びたお手洗いの前を通るたび、その足を止めては由樹に話しかけた。


「由樹くんは、いつもここに通ってるんだねえ」


 なんと返事すべきか悩んで、ん、とだけ喉奥を鳴らした。授業は昼で終わって誰も居ないのに、楽しげな美織を見ていると、どことなく賑やかな廊下に感じられる。


 やがて時間が経ち、面談の時間になる。前の順のクラスメイトが教室から出てきたので、軽く会釈して入れ替わる。


「高津です。宜しくお願いします」

「再従兄弟の大沢美織です。本日は宜しくお願いいたします」


 どうぞ、と担任は二人に着席を促す。いつも家でゆるゆると過ごしていた美織が、この瞬間から突然凛として見えた。きっと職場の彼女はいつもこんな様子なのだろう。

 とはいえ一年生の面談で話すことなど、大した中身はない。中間考査までの成績や、普段の学校の様子などについて、当たり障りのない話がされるだけだ。


「――ということで、彼はいつも真面目に提出物も出しますし、遅刻や欠席も少ないですから、このまま。少し化学が弱いですが、それくらいですかね」

「ありがとうございます。彼の母へ申し伝えます」


 淀みなく紡がれる敬語に、由樹は横でおずおずと会釈するしかできない。


「ところで。お母様かお父様、来年度には戻られるんですかね?」

「さあ……どうにも、ハイとは言えないのが正直なところです。もし彼の母へ急ぎ伝えることがあるのでしたら、ここで電話を掛けましょうか」

「特には無いんですが、ご両親にお話したという記録を残したいのは事実ですね……数分でも、繋いでもらえますか?」


 わかりました、と美織が言い、由樹に視線を寄越す。


「由樹くん、おばさんに電話してくれる?」

「えっ」

「携帯持ってるんじゃ――」

「持ってないです、不要物なので」


 嘘だ。

 毎日のように持ってきていた。もちろん今も右ポケットに入っている。美織や母からの連絡を逃さないためにしか持ち歩いていないので、普段むやみやたらに開くことはないが。


「……高津。持ち物検査のとき、いつも靴下の中に入れていただろ。素行が良いから黙っていたが」


 その一言を聞いて、由樹はしぶしぶポケットから携帯を取り出した。バレていた悔しさと見逃してくれていた有難さで、無意識に口をきゅっと結んでしまった。



「結局、おばさん出なかったねえ」


 数度由樹が電話を掛けても、結局母が電話を取ることはなかった。

 教室を出た途端、美織は由樹のよく知る美織になった。ふわふわと笑って、目を離すとどこかへ行ってしまいそうな、いつもの美織だ。


「教室、いっぱいロッカーの上に物が積まれてたけど、あれは何かに使うの?」

「ん、文化祭が近くて」


 おおっ、と美織が目を輝かせた。目に見えてテンションが上がっているのがわかる。


「そんなのあったね! いやあ、青春って感じだ。私の高校時代は一学期にやってたからなあ、クラス替えの直後だよ? もうそれはそれはバタバタで――」


 身振り手振りを用いて、当時の思い出を教えてくれる。由樹はそれを黙って聞いていた。美織もかつては自分たちと同じように、制服を着て、授業を受けて、部活へ行って――そんな生活をしていたのだろう。


「由樹くんのクラスは何かするの?」

「一年はみんな教室展示。うちはトリックアートみたいなやつ。三年が模擬店か演劇か選べて、二年はそれの余った枠です。一年は皆、地味だからやる気なさそうにしてます」

「じゃあ、遊び回れるじゃない」

「逆に一年生なのをいいことに、文化部とかの人はめっちゃ手伝いに出るらしいですね。……俺ら生徒会も走り回ってるだろうな」


 美化委員長としての由樹は、当日に専任でやることと言えば校内のゴミ処理くらいしかない。とはいえ人手として、演劇ステージの運営業務や父兄・来賓の対応などをすることとなっている。そのことを伝えると、すこし残念そうな顔をされた。


「いいなあ。行ってみたい。でも由樹くんと会えないんじゃなあ」

「……来ますか? 時間、作ります」

「いいの?」


 無言で頷けば、美織は今日一番の笑顔を見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。