11 文化祭と金網
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このまま夏休みを迎え、のんびりと過ごした。宿題は1週間もすれば終わってしまった。その後は例年通り、友人の誘いで遊びに行ったり、家でゲームやネットサーフィンをしたり、何となく一人で走ってみたりして過ごしていた。今までの夏休みと違っていたことがあるとするならば、平日の夜は美織に夕食を作っていたことだろう。
両親は盆頃には帰ってきたため、互いの近況を話した。よくわからない海外の置物を貰って、口に合うわけでもない海外のお菓子を食べながら会話をした。由樹は両親と久々に話せたものの、嬉しいという感情も、ほっとするという感情もなかった。むしろ居心地の悪さを感じるまであった。両親が落ち着けるように、良い息子であるように、気を遣わせないように――そう神経を尖らせ続けていた。とはいえ、元気で居てくれたこと、ちゃんと帰ってきてくれたことについては、安心していた。
そして、始業式を迎え、まもなく文化祭が始まろうとしていた。
由樹は文化祭の要項が書かれたプリントをぼんやり見つめながら、申し訳なさそうに美織に頭を下げる。
「……すみません。こんなこととは」
「父兄だけ、かあ。三者面談には出席したし、なんとかならない?」
「絶対行かなきゃなものじゃないんで、ダメみたいです」
「成程ね。学校都合で呼ぶものでない、だから特例は認められない。そりゃそうか」
頭では分かっていても残念だ、という気持ちがだだ漏れになっていた。その割には、赤魚の煮付けを取り分け食べる手を止めない。へなへなと背を丸めながらも、咀嚼は続けている。
「お休み取っちゃったなあ。ごろごろしようかなあ」
「本当、すみません」
「由樹くんは悪くないよ。謝らないで」
困ったように美織は笑う。これ以上肩を落としていても仕方が無いので、由樹はなんとか頭を上げた。
ふと、美織もぴくりと顔を跳ね上げる。
「あっ、そうだ。ねえ、こういうのってどう?」
何か妙案を思いついたらしい。由樹は耳を傾けた。
◇
『――どなたか模擬店にヘルプお願いします! どうぞ』
「高津です。模擬店ヘルプ、了解です。どうぞ」
片耳に嵌めたインカムから、聞き取りづらい先輩女子の声が流れる。
『ステージです。観客誘導をお願いします』
『屋外プログラム、待機予定のグループが来ていません!』
『展示担当の持ち回りのため、外れます』
情報の濁流が由樹の思考や時間を奪っていく。暇がないのは構わないが、まさかこんなに動き回ることになるとは思わなかった。模擬店のある中庭に着けばすぐに、ごった返す人波をかき分け進む。飲食禁止区域で立ち食いする生徒を追い払ったり、列の整理を行ったり、溢れたゴミ袋の交換を行ったりする。ある程度視界が開けると、ぱちりと先輩と目が合った。
「来てくれてありがとう! 高津くん」
「大丈夫です」
「呼んでおいてアレだけど、ちゃんと楽しめてる? 生徒会の招集は適度にスルーするんだよ?」
そういうことはもっと早く言ってください、と口にしかけたが、すんでのところで踏みとどまった。先輩に会釈しその場を任せ、由樹も模擬店を回る。一番列が少なそうなところでいいか、と品物を確認しないまま適当な列に並んだ。
5分、10分と並ぶ頃、ポケットの携帯のバイブレーションが鳴動する。電話のパターンだ。数コールほど知らされて、プツリと切れる。
〝合図〟だ。
耳のインカムを引き抜いて、携帯と同じポケットへと突っ込む。
「——お次の方どうぞ」
「ポテト2つ。お願いします」
先ほど揚げられたばかりのポテトが紙コップに入れられ、差し出される。小銭を置いて由樹はその場をさっさと抜けた。
その後、由樹は人のこない校舎の裏手に来ていた。公道と校内の敷地を金網が隔てる。静かで、賑やかな声はもう遠い。周りを一応確認してから、由樹はポケットの携帯を取って開いた。
「——もしもし。どこにいますか」
『由樹くん。私はね——あっ、居た!』
少し離れた公道側に美織が立っていた。こちらへ手を振り、駆けてくる。
「忙しいのにありがとう。そのTシャツ似合ってる。腕章も。格好いいよ」
「ただのクラTと生徒会の腕章ですよ」
「それが格好いいんじゃん。分かってないなあ」
事実、由樹はよく分からなかった。大人になれば感性が変わるのだろうと、ひとり納得する。
「あの。良ければ、これ」
由樹は持っていたポテトのカップをひとつ、美織の前にちらつかせる。美織はわあっと顔を綻ばせた。金網の隙間からなんとかカップをねじ込めないかと試したが、その穴々はいずれもカップより一回り小さい。
「由樹くん。取って、それ頂戴」
美織が金網に顔を寄せて、口を少し開け、華奢な指でそこを指し示す。意図を理解して、由樹はぬるくなったポテトを数本ずつ取って、金網の穴から出してやる。
口で直接受け取り、むぐむぐと味わう美織はやっぱり幸せそうで、どこか寂しそうだった。
「文化祭は見られなかったけど。晩は一緒に食べようね。どこか好きなところへ連れてってあげよう」
「楽しみにしてます」
他愛ない雑談の合間に、ポテトを少しずつ渡してやる。ふと、唇の隙間から白く並んだ歯が覗いて見えた。
「……由樹くん?」
普段、美織の家では横並びで食べているので、口元なんて全く意識しなかった。そもそも、由樹がちゃんと他人をまじまじと見るのは初めてかもしれない。指にまとわりつく油と塩が汗で流れる気がする。
「すみません。……ぼーっとしてて」
美織は人間だった。
由樹とは異なる性を持つ、人間だったのだ。




