7 ルーティンと変な奴
その日から、由樹は平日の放課後、美織の家へ通っては夕食を作った。
おおむね午後六時頃に生徒会活動を終え、下校。いちど自宅へ帰り一息ついてから、家を出る前にシャワーを浴びてラフな恰好に着替える。スーパーに寄る日はもう少し早めに出るが、概ね八時過ぎには自宅を出て、美織の家まで10分ほど歩く。
到着すれば、手洗いうがいをしてから炊飯器をセットし、冷蔵庫のものを拝借して夕飯の準備を始める。しばらくそうしていればやがて携帯が鳴るので、溜まった未読メールの最上部、美織からのメールだけにかんたんに返事をして、帰りを待つ。
そしてメールで連絡された時刻より大抵やや遅れて美織が帰ってくる。彼女がローテーブルの前に座ってくつろいだところに、作ったご飯を運び、一緒に食べ、他愛もない話をして帰る。そんなルーティンが繰り返されていた。
最初は色々と無駄が多かったが、1ヶ月も経てばこのやり方で安定した。金曜日には要望次第で休日分の作り置きをしたり、美織のノー残業デーに合わせて外食をしたり、そういった小さなイベントにも柔軟に対応する。また色々と試行錯誤をするうちに、美織の食の好みもわかるようになってきていた。
どうやら肉料理が好きらしい。特に豚肉の反応がいい。社会人の女性なのだからと、白身魚のムニエルだの、赤ワイン仕立てのミネストローネだの洒落たものを作ってはみたが、結局トンテキやオムライス、唐揚げのようなありきたりな献立が一番好きらしい。手間をかければ喜んでくれるわけでもなさそうだったが、唯一、出汁巻き卵だけは非常に喜んでくれた。
由樹も由樹で楽しんでいた。母からのお金だけでなく美織からの援助もあって、金銭面を殆ど気にしなくて良くなったのと、使える食材が増えたのだ。特に調味料は顕著で、未成年のために今まで買えず諦めていた、料理酒やみりん、調理用ワインなどを美織のおかげで調達できるようになったのは、高校生の由樹にとってかなり嬉しい。色々な料理を試したくなり、よく図書室の本やネットを漁っては、レシピをメモして持っていった。
そして何より、美織が由樹の手料理を口にするたびあんまりにも幸せそうに笑うのが、由樹にはむず痒く、けれど確かな達成感となっていた。
(――で、今晩の献立は……傷みかけの野菜を早く使わないといけない。昨日一昨日と洋食だったし、今日は和食に寄せようか――)
「なあ、高津。話聞いてる?」
「ん?」
ぼんやりと考え込んでいた由樹は、クラスメイトの声掛けによって現実世界へ引き戻される。教室よりもずっと清潔な白色と生徒の身につけるエプロンのカラフルさが、現実の中にもかかわらず非日常を演出していた。顔と名前を覚えたばかりのクラスメイトと同じ班になったところまでは覚えているのだが。
「あのさあ。せっかくの調理実習だぜ? どれの何やりたいんだよ」
「私は自信ないから、洗い物とかがいい〜」
「味見係!」
「ちゃんとやれって」
軽妙なやり取りが聞こえる。由樹は目の前に並べられた野菜を一瞥すると、ふわあと小さなあくびをした。
「……なんでもいい」
「やる気なさすぎだろ。じゃあ俺炒める係! 高津くんは野菜切っていって」
ん、と喉奥で返事をし、野菜を手に取る。人参とピーマンを軽く洗って、ピーマンと玉ねぎの頭を迷わず落とせば、班員に下処理をお願いした。その終わりを待つことなく、スルスルと包丁で人参の皮を剥いていく。後からピーラーが備えられていたことに気づくが、洗い物がひとつ減らせたとポジティブに考え直した。
「すげー……お前、めっちゃ慣れてんじゃん」
「まあな。で、何作るんだっけ」
「話聞いてなさすぎだろ。ピラフだよ。ほら、作り方はこのプリントに――」
「じゃあ全部、荒みじん切りでいい?」
やはりプリントに目を通すことなく、班員に質問する。ああ、と曖昧に肯定されたので、サクサクと野菜を刻んでいった。暇を持て余した女子が手元を覗き込むので、少し体を作業台から離して見やすくしてやる。
「高津くんさあ。いまいち何考えてるかわかんないんだよね。普段何考えてるの?」
「ん、さっきは夕飯の献立考えてた」
「なにそれ! 調理実習中だし、昼休みもまだなのに。変な奴ー」
ふと由樹は手元を見つめる。バラバラにされた赤と緑と白たち。
「……和食やめて、酢豚にしよ」
小声でこぼしてから、由樹は班員へフライパンを火にかけるよう指示し、最後にウインナーを切り始めた。




