6 儀式と合鍵
生徒会活動が終わる午後六時が過ぎ、ぞろぞろと下校する。20時——午後八時までたっぷりと時間があったため、一度由樹は家に帰って荷物を置き、適当な調味料や食材をエコバッグに入れて美織の住むマンションに向かった。
夜道を歩き、マンションの少し古びたエントランスに入る。携帯の背面パネルを確認すると七時四十分、少し気がはやっていたのかもしれない。電話機にあるような、数字の書かれたボタンが目に入ったが、部屋番号を覚えていなければ使い方すら分からないので、まじまじと眺めるだけにしておいた。
明日の小テスト対策に単語帳でも持ってきておけばよかった、と思う。暇を潰せそうなものはこの携帯のみ。ぼんやり液晶を眺めていると、一通のメールが届く。
『今日もおつ! ご飯何作ったのー? 写メ見せてよ』
まだ作ってない、と思いながら、由樹は深く考えずに返事をした。
『まだ親戚が帰ってきてないから外で待ってる』
『えーかわいそ! 親戚のお姉さんってどんな人?』
『普通の人。OLってやつだと思う』
『はぐらかしたな(笑) ダメだよそういうの、明日ぜったい事情聴取しますっっ』
こういう手持ち無沙汰なときの亜里沙は助かる存在だ。放課後なら、彼女にいつメールを送っても返信がめちゃくちゃに早い。由樹だけでなく、友達は何人もいるにもかかわらず、だ。一体いつ食事や風呂や課題を済ませているのだろうか。ラリーを続けていれば、あっという間に時間が溶けていく。
また返信を書こうとキーを打っていると、小さな足音が聞こえてきた。
「……あれ、由樹くん?」
「美織さん。仕事、お疲れ様です」
「なんでこんなところに。ああそっか! 部屋の鍵渡してなかったよね。待たせちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
メールの編集画面のまま、由樹はパタリと携帯を閉じた。いつの間にか床に置いていたエコバッグを抱え直し、美織の後をついていく。なるほど、数字ボタンのそばの鍵穴に鍵を挿して回せば、入口の自動ドアが開くらしい。
冷え切った外廊下を歩く。一度来たことがあるはずなのに、どことなく儀式的に思えた。地図を書くように、由樹はどこを渡り、どこを曲がるのかを逐一頭に叩き込む。
「ここ。合鍵渡すから、ちょっと待ってて」
美織は玄関を開け、靴箱の奥に手を突っ込んで新品のスペアキーを取り出した。大切なものをそんなところに入れていていいのか、と由樹は言わないでおいた。
久々に入る美織の部屋は、以前来たときに比べて少し荒れていた。不快に思うほどではないが、疲れが見える風景だった。物は端に寄せられ、ベッドの上にも雑誌やリモコンのみならず、お菓子の空き箱や脱いだ服が積まれている。隣から、あちゃ、という呟きが聞こえた。自覚したのであれば、これ以上まじまじ見るべきでないと、由樹はそっと視線を台所へ移した。
「今日からお世話になります。……何を作る予定?」
「ん、準備に時間かけられないし、そうだな。焼きうどんとかどうですか」
「やったあ」
無邪気に顔を綻ばせる美織を見て、由樹は具材を手早く切っていく。美織があまり栄養バランスに気を遣ってなさそうなのと、安い鶏肉を入れたことに気づかれたくなくて、気持ち野菜を多めにしておいた。
フライパンに油をひき、まずはにんじんから、そして鶏肉、玉ねぎ、茄子、キャベツと順に放り込む。冷凍うどんを湯にかけたところでふとリビングに目を移すと、美織が片付けをしていた。
「……別に気にしませんよ」
「私が気にするの。由樹くん、綺麗好きそうだから」
「そうですか?」
「前に作ってもらった後、シンクがすっごい綺麗だったし」
あれくらいの片付けは普通だろうと思うが、美織は仕事が忙しいようなので仕方がないかもしれない。茹で上がったうどんをフライパンへ入れ、醤油とソース、胡椒などでサッと味付けすれば、流れるように皿へ盛る。
「出来ましたよ。熱いので気をつけて」
「わあっ、いただきます」
手を合わせれば、やがて食器の音が響く。今日は美織は焦ることなく、ゆっくりと冷ましながら食べている。
「いつもこれくらいの時間なんですか。帰るの」
「うーん? 普段は21時過ぎるくらいかな。ノー残業デーは前みたいに18時くらい」
「遅。じゃあ、早めに来ててもいいですか」
「いいよ。そのための合鍵だもん。忙しければ、全然私と一緒に食べなくてもいいしね」
「それは……おいおい。ってか、ちゃんと準備したいだけです」
柔らかく火の通ったにんじんがうまく掴めず、箸から逃げ続ける。美織の目を盗んで、由樹は箸でにんじんをぷつっと刺した。
「これから毎日、こんなに美味しい由樹くんのご飯が食べられるのかあ。信じられないな」
「味付けとか希望あれば言ってください。合わせるんで」
「んーん」
美織は水を一口含んで、小首を傾げた。小さな肩からサラリと髪先が落ちる。その顔は少し悪戯っぽく見えた。
「由樹くんが好きなものを作って」




