5 家政夫と同級生
◇
「そりゃ大変だね」
キャスター付きの椅子に座り、ボランティア募集のビラを指先で弾き数えながら、海地は由樹をねぎらった。掃除当番のない放課後でも、まっすぐ生徒会室に行けば大体鍵が開いており、先に海地だけがいる。そしてそのうち誰かが来たり来なかったりするのだ。
「いつから親戚さんの家政夫さんをやるんだい?」
「家政夫言うな。一応、早速今日から」
「ええっ。帰らなくていいの?」
「メール貰ったら帰る」
なるほど、と海地は言った。ビラをクラスの人数分にまとめ、その端をトントンと机で整えて、脇に退けて、またビラの束を数え始める。由樹も黙ってビラの山に手を伸ばし手伝い始めた。しばらくすると、ガラガラと生徒会室のドアが開く。
「やっほー、おつかれ〜!」
「おーす。やっぱ副会長も由樹も早いな」
「お疲れ様。ねえ、副会長じゃなくて海地って呼んで」
「一緒だろ」
長い髪をひとつに束ね校則スレスレに着崩した吉永亜里沙と、短髪でしっかり着崩した坂中伊知郎が生徒会室に入ってきた。ドアを開けっ放しのまま、二人揃ってカバンを床に投げ置く。きょろきょろと亜里沙が部屋を見渡して、同級生がひとり足りないことに気づいた。
「葉音ちゃんは?」
「小浦場さんは先生に呼ばれてた。そのうち来ると思う」
亜里沙が由樹に尋ねる。葉音とは同じ理系特進のクラスメイトなのだが、あまり親しくないために彼女だけまだ名字で呼んでいた。亜里沙は納得すると、椅子ごと由樹の隣へ身を寄せた。
「何してるの?」
「見たら分かるだろ」
「教えてよ。けちっ」
不満そうに口を尖らせる亜里沙を見て海地はクスクスと笑った。
「市から清掃ボランティアの募集が来ててね。各クラスに――」
「副会長には聞いてないっ」
「海地だって」
「一緒じゃん。てか誰も読まないよ、そんなビラ」
亜里沙が大きな声で不満を述べていると、静かな足音とともに、またカバンの落ちる音がする。
「……あまり副会長を困らせないの。亜里沙」
「だから僕は――」
「葉音ちゃん! 先生に呼ばれてたんだって?」
「大したことじゃないわ。教室の亀のエサを貰いに行ってただけ」
海地の言葉を遮って迎え入れる亜里沙に対し、淡々と反応する葉音。きっちり制服と長い靴下を身につけた彼女は、重いボブヘアを耳にかけながら遠くの椅子に座り、由樹をじっと見た。
「そういえば高津くん、三階女子トイレの消臭剤が切れてたのだけど、新しいのを貰える? 替えておくわ」
「ん、サンキュ。それはそこの棚の……伊知郎、取ってくれ」
「この引き出しか? おー、あるある。何個欲しい?」
「一個で良いわよ。考えれば分かるでしょ。――って、ちょっと!」
答えを聞けば、教室の隅にいた伊知郎は葉音へ消臭剤を投げ渡した。慌てて手を伸ばした葉音はなんとか受け止めるが、二、三歩よろめいて転びそうになる。
「ナイスキャッチ!」
「落としたらどうするのよっ、馬鹿」
平静を失いながら、葉音は渡された消臭剤のフィルムをベリベリとめくり、少し迷って、そのゴミを伊知郎のカバンへ突っ込んだ。
「おい! 何すんだ!」
そのまま葉音は生徒会室を出ていってしまう。伊知郎は追いかけるでもなく、しぶしぶ自分のカバンからゴミをくずかごへ運んだ。
「そういえば、今日二年生と三年生はどしたん?」
「三年は受験生決起集会とかいう謎イベント。二年は不要物持ち込んだとかで臨時学年集会」
「何持ち込んだんだよ。馬鹿じゃねーの」
「じゃあしばらく、あたしたちだけってこと?」
「そうなるね。体育祭の予算周りが全然終わってないけど、大丈夫なのかなあ」
「俺たちが気にしてどうこうなるわけじゃないし。出来ることだけして帰ろう」
「そりゃ、由樹くんは早く帰らないとだもんね」
ん、と由樹は喉奥だけで返事をした。亜里沙から、どういうこと? と問われるような目線を向けられたが、説明が面倒臭いので海地に説明を任せた。海地が一言二言説明するたびに、亜里沙や伊知郎が大げさなリアクションを取る。
「ええっいいなあ。あたしも由樹のごはん食べたーい」
「機会があればな」
フランクな飯の無心を適当にあしらいつつ、由樹はやるべきことを進めた。
30分、1時間。時計の針が進んでいき、上級生が生徒会室にぱらぱらと入ってくる。軽くお菓子をつまみながらゆるく過ごしていれば、あっという間に帰る時間になってしまった。心配そうに、海地が由樹の顔を覗き込む。
「……由樹くん?早く帰るはずだったんじゃ」
「メール来ない」
「実はもう、ご帰宅されているんじゃない?」
そのとき、由樹の右ポケットの中が鳴動した。流れるように片手で携帯を開くと、メールが一通。その内容を見るために、男二人で小さい液晶を覗き込む。
『今日は早めに帰れそう! 20時くらいになります。今日から何卒よろしくお願いします』
思わず、由樹と海地は顔を見合わせた。
「……〝早め〟で20時、ね」
海地の独り言に、由樹は黙って天を仰いだ。




