30 無効票と次期副会長
「……何? あの演説」
生徒会室に戻れば、不機嫌を隠しもしない海地がキャスター付きの椅子の上でゆらゆら揺れていた。由樹は挨拶するように淡々と返す。
「試合放棄」
「馬鹿馬鹿しい。これだから君は。結果は見たよね?」
「見てない」
先程開票結果が出たばかりで、選挙管理委員会が弾き出したばかりの数字がコピー用紙に書きつけられていた。由樹は机上のそれに何の興味も示さず、呑気に単語帳をぺらぺらとめくっている。
「全く。過半数が無効票だよ? 不必要な書き込みのために、って……信じられない。有効票でさえ、僅差で僕の勝ちだったのすら気に食わない」
「そ。落ちぶれたもんだな、次期会長」
「頼りにしてるよ。落ちぶれたからね」
不満そうに口を尖らせる海地を見て、由樹はしてやったりと笑った。そのとき、ガラガラと勢いよく生徒会室の扉が開けられる。
「――おい、高津! いるか!?」
「げ、先生」
壇上で演説を止めにかかろうとした生徒指導の教師が、今にも由樹に飛びかからんとしていた。驚き固まる由樹の後ろで、即座に海地が手近な窓を全開にする。
「由樹! こっちだ!」
意図を察した由樹は、長机を踏み蹴って、窓へと飛び移る。
「サンキュ!」
そのまま由樹は窓の外、中庭へと抜ける。上靴のまま全速力で駆けていった。その様子を見守った海地はカラカラと窓を閉め、教師にニコリと微笑みかけた。
「――高津くんは席を外していまして。いつ戻るかもわかりません」
息を切らし、中庭を突っ切って、靴箱へ走る。下校しようとする学生や、掃除中の学生が一斉に由樹を見た。
「え? さっきの演説の人!?」
「うそ、ホンモノ? ホンモノがいる!」
「あの高津じゃん! おい、どこ行くん?」
名前と顔を知られるのが早すぎるだろ、と由樹は思いながら、大声で返事をする。
「先生にシバかれそうだから帰る!」
嘘ごまかしせず素直に言えば、どっと笑いが起こった。つられて由樹も声を出して笑ってしまう。上靴を弾くように脱ぎ、靴箱に入れて下靴に履き替えるが、うまくかかとが入らずもたつく。
最高の気分だった。
「高津くーん、超良かったよ!」
「生徒会長はなれそうですかあー!?」
冷やかしを背に受けて、やっと靴を履ける。玄関の向こう、校門の先をめがけてまた由樹は走り出した。
「なれるわけねえだろ。バーカ!」
◇
「——演説会で大暴れした挙句に説教逃れという大罪が、携帯持ち込みの罪と同等で済む。人徳の成せる業だね? 由樹」
「それを手伝ったお前はどうなの?」
「僕かい? なんとお咎めナシ。稀代の人格者だからね」
次の日登校すれば、案の定担任経由で生徒指導にとっ捕まり、一時間目をいっぱいに使って絞られてしまった。しかも遅刻扱いで二時間目から出席したことになっている。もう散々だ。
放課後になって生徒会室に来た由樹は、もううんざりといった顔で、A4用紙一枚を埋めるよう無心に手を動かしていた。
「……もう半分埋めたし、良くないか」
「提出してみるかい?」
「いい……やる」
ぐだりと長机に上体を預け、もそもそと手だけを動かす由樹のもとへ、もう一人の幇助者が現れる。
「お元気? 由樹くん」
「……よ、葉音——ッてえ!?」
葉音は挨拶をすれば、抱えていたビニール袋を由樹の顔面めがけて投げつけた。驚き椅子から落ちる由樹の背を、慌てて海地が支える。
「なんっ、何だ急に」
「無効票の束、回収してきたわ。言ったからにはちゃんと読むのよね?」
「やあ、流石は葉音ちゃん。ベストオブ気の利く生徒会役員なだけあるね」
「初めて言われたのだけど」
ガサガサと音を立てながら、由樹はビニール袋に手を突っ込み、数枚拾い上げて読む。
「……ふーん」
「面白いことでも書いていたかい?」
由樹は少し考えて、頷いた。くだらない内容が殆どだが、きっとそれくらい物を言いやすいほうが、声を上げるハードルが低くていい。
「統計取って、反省文の残り半分のネタにする」
「強かな奴だなあ」
「葉音、手伝って」
「絶対に嫌。一人でやりなさい、この暴走機関車男」
椅子に座り直し、ビニール袋を脇に置いて、投票用紙を読み始める。海地はフフと笑って、そっと由樹の目の前にメモ用紙を置いてくれた。




