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放課後を捧ぐ  作者: 緑紗
§ 2年6組 高津由樹
30/35

30 無効票と次期副会長

「……何? あの演説」


 生徒会室に戻れば、不機嫌を隠しもしない海地がキャスター付きの椅子の上でゆらゆら揺れていた。由樹は挨拶するように淡々と返す。


「試合放棄」

「馬鹿馬鹿しい。これだから君は。結果は見たよね?」

「見てない」


 先程開票結果が出たばかりで、選挙管理委員会が弾き出したばかりの数字がコピー用紙に書きつけられていた。由樹は机上のそれに何の興味も示さず、呑気に単語帳をぺらぺらとめくっている。


「全く。過半数が無効票だよ? 不必要な書き込みのために、って……信じられない。有効票でさえ、僅差で僕の勝ちだったのすら気に食わない」

「そ。落ちぶれたもんだな、次期会長」

「頼りにしてるよ。落ちぶれたからね」


 不満そうに口を尖らせる海地を見て、由樹はしてやったりと笑った。そのとき、ガラガラと勢いよく生徒会室の扉が開けられる。


「――おい、高津! いるか!?」

「げ、先生」


 壇上で演説を止めにかかろうとした生徒指導の教師が、今にも由樹に飛びかからんとしていた。驚き固まる由樹の後ろで、即座に海地が手近な窓を全開にする。


「由樹! こっちだ!」


 意図を察した由樹は、長机を踏み蹴って、窓へと飛び移る。


「サンキュ!」


 そのまま由樹は窓の外、中庭へと抜ける。上靴のまま全速力で駆けていった。その様子を見守った海地はカラカラと窓を閉め、教師にニコリと微笑みかけた。


「――高津くんは席を外していまして。いつ戻るかもわかりません」


 息を切らし、中庭を突っ切って、靴箱へ走る。下校しようとする学生や、掃除中の学生が一斉に由樹を見た。


「え? さっきの演説の人!?」

「うそ、ホンモノ? ホンモノがいる!」

「あの高津じゃん! おい、どこ行くん?」


 名前と顔を知られるのが早すぎるだろ、と由樹は思いながら、大声で返事をする。


「先生にシバかれそうだから帰る!」


 嘘ごまかしせず素直に言えば、どっと笑いが起こった。つられて由樹も声を出して笑ってしまう。上靴を弾くように脱ぎ、靴箱に入れて下靴に履き替えるが、うまくかかとが入らずもたつく。


 最高の気分だった。


「高津くーん、超良かったよ!」

「生徒会長はなれそうですかあー!?」


 冷やかしを背に受けて、やっと靴を履ける。玄関の向こう、校門の先をめがけてまた由樹は走り出した。



「なれるわけねえだろ。バーカ!」



 ◇



「——演説会で大暴れした挙句に説教逃れという大罪が、携帯持ち込みの罪と同等で済む。人徳の成せる業だね? 由樹」

「それを手伝ったお前はどうなの?」

「僕かい? なんとお咎めナシ。稀代の人格者だからね」


 次の日登校すれば、案の定担任経由で生徒指導にとっ捕まり、一時間目をいっぱいに使って絞られてしまった。しかも遅刻扱いで二時間目から出席したことになっている。もう散々だ。

 放課後になって生徒会室に来た由樹は、もううんざりといった顔で、A4用紙一枚を埋めるよう無心に手を動かしていた。


「……もう半分埋めたし、良くないか」

「提出してみるかい?」

「いい……やる」


 ぐだりと長机に上体を預け、もそもそと手だけを動かす由樹のもとへ、もう一人の幇助者が現れる。


「お元気? 由樹くん」

「……よ、葉音——ッてえ!?」


 葉音は挨拶をすれば、抱えていたビニール袋を由樹の顔面めがけて投げつけた。驚き椅子から落ちる由樹の背を、慌てて海地が支える。


「なんっ、何だ急に」

「無効票の束、回収してきたわ。言ったからにはちゃんと読むのよね?」

「やあ、流石は葉音ちゃん。ベストオブ気の利く生徒会役員なだけあるね」

「初めて言われたのだけど」


 ガサガサと音を立てながら、由樹はビニール袋に手を突っ込み、数枚拾い上げて読む。


「……ふーん」

「面白いことでも書いていたかい?」


 由樹は少し考えて、頷いた。くだらない内容が殆どだが、きっとそれくらい物を言いやすいほうが、声を上げるハードルが低くていい。


「統計取って、反省文の残り半分のネタにする」

「強かな奴だなあ」

「葉音、手伝って」

「絶対に嫌。一人でやりなさい、この暴走機関車男」


 椅子に座り直し、ビニール袋を脇に置いて、投票用紙を読み始める。海地はフフと笑って、そっと由樹の目の前にメモ用紙を置いてくれた。

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