29 美辞麗句と演説会
文化祭が終わって息つく間もなく、選挙活動期間がやってくる。
体のいい文言を書いた選挙ポスターを学校中に貼って回り、恥そのもののようなタスキを肩から下げて朝から挨拶をする。
由樹は徹底的に、海地の活動の熱量に合わせた。由樹が出馬すると知ったときにあれだけ笑っていたクラスメイトも、半信半疑だった担任も、三週間もあれば仮初の熱量を信じきっていた。
だが海地の評価にまでは一歩及ばない。校内の世論は肌で感じていた。
海地も由樹を舐めきっていた。
それで良かった。
今に見ていろ、と。
「いよいよね。由樹くん」
投票日当日、演説会に出るため、クラスから離脱して由樹と葉音は体育館に先行していた。
「うまく行けばいいけどな。事前提出で〝デタラメな演説文〟を出したものの」
「なるようになるわ。あの副会長だもの」
行くわよ、と葉音は一言残して、すたすたと歩いていく。由樹は後をついていった。
体育館までの道のりは他愛もない話で時間を埋めた。特に選挙の話はせず、のんびりと授業の話ばかりをして気持ちを穏やかにする。控室が近づくにつれ、〝全ての計画を知ってなお〟ここまで付き合ってくれた葉音に感謝の念が湧く。
「……葉音」
「礼は後にすることね」
控室のドアを開ける直前、葉音に言いたいことを全て読まれてしまう。気まずく目を逸らした隙にさっさと葉音は控室へと入るので、由樹も腹を括って中へ足を踏み入れた。
「――お疲れ様、由樹くん」
「どーも」
「由樹、頑張ろうねっ。葉音ちゃんも!」
「ええ。亜里沙も落ち着いてやりましょうね」
先に着いていた海地と亜里沙の隣に座り、声を潜めて雑談をする。ここに伊知郎が居ないために、場の明るさを担保する人間が亜里沙のみだった。独特の緊張感は亜里沙一人では拭いきれず、由樹と海地は一切目を合わせずにいた。
長い長い待機時間を過ごせば、先生に壇上へ出るよう促される。先手に海地と亜里沙が、後手に由樹と葉音が話すことになっていた。由樹たちは演台のやや後ろに立ち、おとなしく順番を待つ。
『――こんにちは。2年2組、百崎海地です。僕が生徒会長に立候補した理由は――』
つらつらと美辞麗句を並べ立てる海地。内容は公約通りであり、また由樹の予想通りだった。携帯電話の持ち込み許可、冬場のコートの規定緩和。のみならず、クラス間交流や挨拶の活性化などを挙げる。
『この学校を良くするためには、皆さんの力が必要です。そして、一丸となって学校を創るために、どうかこの百崎海地に清き一票をお願いします!』
最後は生徒を鼓舞し、一体感を演出するようなセリフで締めくくる。
完璧だった。
亜里沙の応援演説も抜け目がない。何度も練習したのだろう、何度も推敲したのだろう。抜けている彼女にしてはハキハキと自信を持って原稿を読み上げていた。
――手番の終えた二人は一礼し、由樹たちと場所を入れ替える。
すれ違う瞬間、海地は由樹にまばたきを一回送った。由樹は軽く頷き返す。強くライトの当たる演台まで堂々と歩き、背筋を伸ばして立った。
全校生徒が由樹を見る。
ああ、面白くて仕方がない。
演台の上には丁寧にも、事前提出した演説文が置かれていた。由樹はそれに目をくれず、ただ前を向いて、マイクを通して語りだした。声帯の震えから僅かに遅れて、体育館中に由樹の低い声が響く。
『えー。2年6組、高津由樹です。俺……私は。先に演説していた百崎さんに頼まれて選挙に出ました』
「――はあ!?」
「おい、高津!?」
海地が思わず動揺の声を上げ、教師が想定外の言葉に叫びかける。横に立っていた葉音が片手をまっすぐかざし、もう片手の人差し指を口元に当て、二人を制止した。
会場はどよどよとざわめき、生徒たちは顔を見合わせる。由樹は構わず続けた。
『……別に会長になってもいいんですけど、正直、彼が一番会長に相応しいと思っています。カリスマもあるし、行儀もいい。学校の顔になるなら彼しかないと思います。――でも、うちの学校の会長って激務です。そのくせ、変えたほうがいい無駄なルールだの習慣だのが多すぎる。なので問題は放置されっぱなし、みんなの意見は反映されづらいって感じる。生徒会なんてあってないようなもの。そう、思いませんか』
由樹がゆっくり、ゆっくりと話すたび、だんだんと会場のざわめきが落ち着いていく。教員だけが、やめろやめろと口パクで震えており、海地に至っては唖然としていた。
『だから――教えてください。あいつじゃなくて、私に。生徒会は続けます。学校や生徒会に対する不満、不安、学校に行きづらいとかでもいいです。投票用紙の裏に、目安箱に、靴箱に、何でも書いて入れてください。そしたらあいつに代わって、私が味方になります。私が支えます。――俺がみんなの声を、学校中に届けます――』
なので、清き一票は是非、百崎海地に。
そう締めくくって、由樹は葉音へとバトンタッチした。
代わって壇上に立ち、真っ白に照らされた葉音は、心底どうでもよさそうに、すっとぼけて喋り始めた。
『……あんなの、聞いていないのですが。あーあ、この原稿も意味を成さなくなりました。仕方ないし、とりあえず読みますね。……んん……えー、私が高津さんを推薦する理由は――』
誰にでも当てはまるような薄っぺらい原稿を読み上げた葉音は、演台にポイと原稿を放り捨てて、満足そうに由樹と一礼をした。




