28 公約とかませ犬
唐揚げを口にした美織から、また相談事があることを見抜かれてしまった。無意識のうちに、にんにくと生姜を多めに入れてしまっていたらしい。
「んっふふ。面白いことを考えるねえ、由樹くんは」
「そうですかね」
熱がりながらも、機嫌が良さそうに美織は口に運び続けた。こういう時はシンプルに、頭の切れる大人を頼るのが一番いい。由樹がみずから会長選の公約の文面を書こうとすれば、ろくな内容にならないことは分かりきっていた。
「それっぽい内容になればよくて。実現する気なんてさらさら無いですから」
「ちっちっち、ダメだよ? こういうハッタリは手を抜けばすぐにバレちゃうからね」
由樹や葉音よりノリノリになっているかもしれない。美織は表情をころころと変えながら、本気で腕を組んで考え始めた。
「対抗馬はどういう公約を出してきそう?」
「んー……副会長経験を活かして、とかは言いそう。あとは生徒会内で検討してる内容を、大々的に公約へ持ち出しそうです。携帯の持ち込みルール緩和とか」
「なるほどね。お行儀が良いわけだ。リーダーシップに長けた子なんだろうね」
美織は楽しそうに戦略を練る。全体の前に立ち、華々しい公約の対になるのは――誰の声をも逃さない、静かで地道な公約だろうか、と。礼儀規範を第一に掲げつつも、押し付けがましくない、言わば意識が高すぎなく親しみやすい公約がいい、と。
例えば、風紀の乱れが目立つなら、鏡や爪切りを備え付けてみる。成績面が心配なら、自習しやすい環境を調えてみる。
人間は楽な方に転がりやすい。生徒の努力を要求せず、日々の目立たない憂いを、対策で穿つ。
流石は美織だ、と由樹は目を輝かせた。先生や先輩には全くない、社会人の美織にしかない斬新な考え方だと思った。
「できそう?」
「やってみます。ありがとうございます」
「よし! ――学校一カッコいいかませ犬になるんだ、高津由樹」
「はい」
数日後、放課後の教室。美織からのアイデアを基に、由樹はまとめ上げた公約文を葉音に見てもらっていた。
「どう?」
「どう、って。貴方……こんな〝当選しそうな〟文面、本気で提出するつもり?」
「ん、そう見える? じゃあ大丈夫か」
満足そうにメモを鞄にしまう由樹を見て、葉音は首を捻っていた。
「まあ、由樹くんが良いなら良いのだけど。……私は応援活動以上のことはしないわよ」
「それでいい。葉音を巻き込みたくないし」
「……くだらない喧嘩に全校生徒を巻き込んでおいて、よく言うわね」
呆れかえるように毒づきながらも、葉音は薄く笑っている。
「さて。このあと、文化祭の演劇練習をするんでしょう? セリフは頭に入っているのよね?」
「全く」
「ありえない。たかだか1ページの原稿くらい、その小さな脳に押し込んででも記憶しなさい。選挙活動ポスターの草案はこちらでやっておくから」
葉音らしい罵倒交じりの激励を受け、由樹はありがとう、とお礼を言う。体育館シューズを引っ掴んで練習場所へと向かった。
由樹がセリフをかろうじて暗唱できるようになった頃、文化祭が訪れる。昨年と規定は変わらなかったので、美織は呼ばなかった。
一年生の頃よりも相当に忙しく、腕時計を逐次確認しながら、インカムから流れる要請を次々に捌いていく。移動中や待機中に展示物を見たり、生徒会の後輩に模擬店に並んでもらったりしながら、少ない時間で満喫していた。
やがて演劇の順番が近づき、体育館の外で集合し並んで待つ。由樹の役は、通行人Bという一場面しか出ない役だ。大きなミスがなければ難なく終えられる。
現在上演中のクラスの声が漏れ聞こえる。主役と思われる声は凛とした、よく通る嫌味のないテノールだ。ステージを見ていないのに感情が伝わってくる、十分に役に入り込んでいて、なお自然な演技。
誰より聞いた海地の声だった。




