27 会長選挙と推薦人
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始業式を終えれば、あっという間にホームルームが来る。休み明けでボケているだろう、文化祭の準備が本格化するが、勉強もしっかりやれ、といった定型文のような釘が刺される。ついでと言わんばかりに生徒会長選挙の募集要項も配られたが、殆どのクラスメイトは興味を示さない。由樹も教室のゴミ箱へ捨てて帰った。
そのまま、もう諸々のほとぼりは冷めただろうと由樹は生徒会室へ入る。
「こんにちは――」
ガラガラとドアを開ければ、先に来ていた生徒会のメンバーが由樹へと一斉に視線を注いだ。
「ん?」
「おい由樹、由樹が来たぞ!」
「高津だ!」
「うわ、ホンモノだ!」
伊知郎の叫びを皮切りに、メンバーが口々に由樹の名を呼ぶ。自分の知らないところで、勝手に有名人になっているらしい?
「な、何?」
「高津先輩、吉永先輩をフッたって本当なんですか!?」
「亜里沙を? なん、誰から聞いた?」
「吉永先輩が言ってました!」
「はあ?」
人だかりの中心に亜里沙が座っている。目を丸くして、由樹をじっと見つめていた。
「あ、あれ? 言っちゃダメだった?」
「……伊知郎、どこまで話してた? こいつ」
「どこまでって。亜里沙を由樹がフッて、泣かせてたのが夏休み前だろ? で、さっき美織さんに片想いしてる話と、副会長と喧嘩したって話を聞いた」
「おい、全部じゃねえか」
別に隠していた訳ではなかったが、あまりにも一気に知れ渡りすぎてめまいがする。バツが悪そうにえへへと笑う亜里沙を見て、由樹は溜息を吐いた。
「あとは、亜里沙に彼氏出来たって話」
「嘘だろ?」
「マジマジの大マジなんだよね〜、それが! 塾の夏期講習中に、他校の先輩と仲良くなってね、それでえ――」
由樹への想いなど最初からなかったかのように、流れるように惚気始める亜里沙を見て、由樹は呆然とした。女子という生き物は、こんなに切り替えが早いのか。
「……お幸せにな」
とりあえず置いたみたいな祝福の言葉を言えば、伊知郎はケタケタと笑っていた。
由樹は年上女性への片想いについて執拗な質問攻めに遭いながら、残タスクを片付けていく。1時間ほど相手をしていれば場の熱も落ち着き、各々が自分の仕事に集中できた、その頃だった。
「お疲れ様です」
長らく顔を見ていなかった男が遅れてやってくる。由樹は努めて、今までのように振る舞おうとした。相手も〝表面上は〟普段どおりだった。
「由樹くん、久しぶり」
「ああ。副会長」
「海地って呼んでね」
海地は穏やかに悠然と振る舞う。ただ用件を伝えに来たと言わんばかりに、ひらりと一枚のプリントを由樹の目の前に差し出した。
「……何これ」
「生徒会長選挙。出てよ」
「出る気ねえよ」
捨てたはずの募集要項が由樹の目の前に置かれる。受取拒否はどうやらさせてもらえないらしい。
「生徒指導が、対抗馬がいないってボヤいてたんだよね。例年通り、これじゃあ選挙にならない。僕の不戦勝」
「それでいいじゃねえか。やる気あるんだろ」
「出てよ。提出期限は今月末。渡したからね」
「おい」
いつかのように、海地はこちらの話を聞かないでいた。彼は相当根に持つタイプらしい。やはり生徒会室には来るべきではなかったか、と思ったが、いい加減にこのもどかしさに決着をつけたいとも思っていたところだ。
「負けないからね」
「……ちっ」
由樹は舌打ちしながら、初めて要項に目を通し始めた。
会長選は文化祭後、約三週間の選挙運動期間を経て、投票が行われる。候補者は応援演説をする推薦人をひとり立てねばならない。投票後は当選者が会長、次点で票数の多かった落選者が副会長となる。
読めば読むほど気分が悪い。一年以上携わった副会長としての実績。規律を守り文武両道を体現し、そのうえ誰にでも好かれているような男。勝ち目がまるで無いうえに、負ければこいつのお古の肩書を背負わされる。不愉快極まりなかった。
ならば、と由樹は考える。そして、この算段において、由樹がもっとも信頼が出来る相手は。
「……葉音」
「何? 由樹くん」
「会長選に出る。推薦人になってほしい」
「わたしのメリットは?」
「ない」
率直な由樹の否定に、葉音は小さく吹き出した。それから少し考えて、話し始めた。
「成程ね。副会長はおそらく亜里沙を連れて出る。イッチーは馬鹿で抜けてるから、わたしに声を掛けたってこと」
やはり葉音は状況をよく分かっている。由樹は黙って首肯した。
「でも副会長が勝つのは自明。どうして出よう、と?」
「……ムカつくから。副会長が」
「そう。いいわ、受けてあげる」
「いいのか?」
「面白いことは好きなの。ふふ」
意外にも、葉音は快諾してくれる。問われなかったが、由樹はみずから葉音を誘った意図を喋り始めた。
「別に伊知郎が馬鹿ってわけじゃないけど。副会長も、……正直、亜里沙も、伊知郎も。自分の振る舞いが多数派で、当たり前で、普通だって思ってそうで。――だけど、葉音は俺を変わり者扱いしたことはなかった。だから頼らせて貰った」
「確かにそうかもね。皆等しく、異常で馬鹿だから」
そう、不親切や道徳心のなさをなじられることはあれど、だからお前は周りとは違うのだという物言いだけはしなかった。他の三人なら、由樹が会長選に出ると聞けば、多少なりとも茶化していたかもしれない。
「……でもね由樹くん、ひとつだけ」
葉音は一度言葉を区切り、由樹へ向き直った。
「イッチーは〝普通であるように〟、誰よりも死ぬ気で努力しているわ――きっと、由樹くんよりも。それだけは忘れないでいて」




