26 闇労働と出来高制
結局、1学期は生徒会室に顔を出さないまま終業式を迎えた。文化祭の準備が滞りなく進んでいるか気になったが、そのあたりは亜里沙と逐一情報共有しながらうまくやってもらった。由樹のタスクは伊知郎と葉音が殆ど受け持ってくれたらしいので、2学期は彼らの分まで頑張らないといけない。
毎年のように夏休みの課題はとっとと終わらせられたが、担任から貰ったコピーや、図書館で借りた予想問題集には全く歯が立たなかった。一年生の頃の知識で解けるはずの問題ばかりだったが、解法がすっかりと頭から抜けている。いつも定期考査で平均点以上は取れていた由樹は、半分も埋められない答案用紙を見て震え上がった。これを受験当日は、7割も8割も得点しなければいけないのだ。だが悔しさはなく、やるべきことが明確になったことで不思議と気持ちがすっきりしていた。
夏休みも後半に差し掛かり、盆には両親が揃って帰ってくる。
「ただいま。由樹!」
「元気にしてたか」
「ん。お母さんも、お父さんも」
母は数ヶ月に一度は帰ってくるが、父は年に二度ほどしか帰ってこない。貴重な時間を無駄にしないよう、また二人が穏やかに過ごせるよう、由樹は美織以上に気を遣った。
料理をふるまい、母と父の土産話を聞き、近況を問われれば話し、いつもより多い洗濯物を干す。そして両親が寝静まれば、黙々と問題集に取り組んだ。
両親の帰宅から3日ほど経った夜、母が先に寝て、父とリビングで二人起きていた時間があった。由樹と父が二人きりで話す時間は、記憶の限りでは殆どなかったかもしれない。
「由樹。困っていることはないか?」
「んー。……金」
「え。母さんから貰っていないのか? 足りない?」
あまりに端的すぎる内容に、父は目を丸くした。息子が生活出来ていないのだろうかと焦り、ガタリと前のめる。
「いや、そうじゃなくて。小遣いで買いたくないものがある、っていうか。親から貰ったお金って、ちょっと違うじゃん」
「ま、男には、オカンに後ろめたいものを買いたくなるときくらいある。分かるぞー、由樹」
「ん。バイトしたいんだけど、校則でできないから」
母や美織には話せないことは、なぜか父には話せた。美織とは違って、父もかつて高校生だっただろうと自然に思えたからだ。血が直接的に繋がっているからか、自分とどことなく地続きなのだと。
父はニヤニヤと笑って、由樹の顔を覗き込む。
「何が欲しいんだ?」
「俺が欲しいっていうか。好きな人へ贈り物がしたい」
「そりゃあ、小遣いはちょっとダセえわな」
クツクツと声を殺して父は笑った。ふむと少し考えて、父はイタズラっぽそうに提案する。
「由樹。父さんの手伝いでもするか?」
「何の」
「家にパソコンがあるだろう。父さんが家に居ない間、ちょっとデータを作ってほしい。――外から見れば小遣いだが、立派な労働の報酬だ。校則の目も欺ける。どうだ?」
外からだけでなく、内から見ても小遣いとしか思えないが、不思議と悪い気はしなかった。
「出来るの? 俺に」
「安心しろ、完全出来高制にする。お前が出来なければ報酬は出ない」
なるほど、と由樹は頷いた。一旦二学期が始まるまでに、試しにやってみる約束をする。
「お母さんには内緒にしてて。動機」
「当たり前だ。いやあ、しかし由樹にも、そういう相手が出来るとはな」
父はしみじみと、由樹の成長を喜んだ。
8月も終わり頃になると、ひとつの小包が由樹の自宅に届く。由樹宛に、父からだった。
べりべりとダンボールのテープを剥がせば、中から手書きの図面の束。
「……これ、大丈夫なやつなのか」
海外の、よく分からない施設の、よく分からない設備の図面に見える。英語なんて読めない。父の仕事内容を由樹は知らなかったが、もしかしたら知らされていなかっただけかもしれない。
図面を一枚ずつ眺めているうち、メモ書きが同封されていたことに気づく。
『この図面をCADで書き起こして、このメールで送ること。CD-ROMを一緒に入れてるから、そこからソフトをインストールすること。色々と会社から勝手に持ちだしてるから、絶対に内緒にすること』
「絶対ヤバいやつじゃん……」
由樹は顔をしかめながらも、言われた通りにパソコンを立ち上げ、その筐体にCD-ROMを吸わせた。




