25 努力と受験対策
帰宅して自室へ戻れば、携帯にメールが届いていたことを思い出す。送信者は亜里沙、30分前に届いたばかりだった。
『あの時はいろいろとごめんなさい。また生徒会に来てほしいです』
先程まで美織のことで頭がいっぱいだった由樹は、急に亜里沙からの告白を思い返した。そういえば謝罪もしていなければ、何日も生徒会室へ顔を出していない。
由樹は即座に亜里沙へ電話をかけた。出るか分からないまま勢いでかけたが、2回ほどのコール音で通話が繋がる。
「もしもし」
『由樹? ……どうしたの』
「あ、えっと……メール、届いてたから。喋ったほうがいいかと思って電話した」
『……あれ。あたしと喋りたくないわけでは、なかった?』
そうか、あの後から急に来なくなれば、亜里沙はあの告白のせいで由樹が避けるようになったと誤解してしまうのは無理もない。まして海地の事情など、亜里沙は露知らずだろう。
「説明不足でごめん。亜里沙は全く悪くなくて、俺の問題で」
『じゃあ、なんで?』
「ええと。……副会長と揉めた」
『……な、なんだあ、ええ……アハハ……そんな……』
「本当、タイミング悪くてごめん」
携帯から気の抜けた笑い声がした。由樹が不在の間、亜里沙を更に思い詰めさせていたかもしれないと思うと、本当に申し訳なくなってしまう。
『由樹。あの時は、酷いこと言ってごめんなさい』
「俺のほうこそ。悪かった」
『ううん。大丈夫っ』
大丈夫と口で言いながらも、亜里沙はすでにぐすぐすと涙ぐみ始めている。由樹は少し動揺したが、安堵による涙だと察したので、静かに見守っていた。
「フッといて自分勝手だって分かってるけど。また仲良くしてほしい」
『勿論。由樹のこと、大好きだから』
「……どういう意味?」
『大好き、って意味!』
「そっか。サンキュ」
答えになっていない答えが返ってきて、由樹は苦笑する。少なくとも肯定的な意味であるのだろうと、素直に受け取ることにした。
落ち着いて話すことができるようになった由樹は、ふと疑問が湧く。そしてまた、その内容を飾らず口から滑らせてしまう。
「亜里沙って。俺のどこが好きだったの」
『……そ、それ訊いちゃう?』
「後学のために?」
『ヤバあ、サイテーじゃん。フッた女に直接訊くってどうかしてるよ、由樹?』
「えっ、ごめん」
まあいいや、と亜里沙はからからと笑って、軽やかに白状した。
『あたしのこと好きなのかなって思ったの』
「なるほど?」
『あたしのこと好きな人が好きだから。構ってくれて、勘違いしちゃったんだ』
自分に好意を向けてくれる人間が好きらしい。誰でもいいのと同義ではないかと思ったが、ちゃんと聞けば、自分に思いやりがあって、自分のために努力を惜しまない人が好き、という意味らしい。由樹がメールを返したり、電話に付き合ったり、そうやって時間を割いてくれることが何より魅力的に映った、と。
それを聞きながら、由樹は海地のことを思い返していた。優しい同級生として身を引き続けているが、もっと欲してやれば亜里沙だって応えてくれるのではないか。彼は非常に勿体ないことをしているな、と。
『――そういえば、由樹はなんで副会長と喧嘩したの?』
「……ただの意地の張り合いだから。あいつに訊いて。1学期は生徒会、もう行く気ないから」
由樹は伸びをしながら、都合の悪い質問をのらりくらり躱した。
翌日の放課後、由樹は珍しく職員室に来ていた。ノックをし、担任のデスクまで向かう。
「どうした。高津」
「先生。……受験勉強、ってやつを始めてみたいんですが」
「はあ? 急にどうした?」
「……ん……なんとなく?」
2年生の夏休み前にもかかわらず、特段熱心に勉強する印象がない生徒から、ありえない単語が飛び出す。しかし真剣そうでもなければ、軽薄そうでもない。明日の持ち物を訊くくらいのフラットな態度だ。担任は目を丸くして、首を捻った。
「志望校でもあるのか」
「ないです」
「何だそりゃ……」
担任は呆れ半分、感心半分で、デスク横の引き出しから数冊の問題集を取り出した。
「いつもなら毎日の授業や課題を疎かにするな、で終わらせるが。高津の気が乗っているなら、今からやるのも悪くないか。そうだな……センター試験の勉強が一番手っ取り早いんじゃないか」
由樹は黙ってこくこくと頷く。なんだかすごく背伸びをしている気分だ。
「特に数学は、IAなら全て習った範囲だろう。あとは英語もいいかもだが、各教科の先生に相談してくれ。物理は俺が見よう、ここからコピーを取ってくる」
そう言って、担任は問題集を抱えて席を外す。由樹はその背中に向かって、小さく頭を下げた。




