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放課後を捧ぐ  作者: 緑紗
§ 1年8組 高津由樹
3/35

3 生徒会室と昼飯仲間

 ◇


 ブーッ、ブーッ、と二回右ポケットの中が震えた。


 由樹は生徒会室の前でいったん立ち止まり、弁当の入った袋を小指に引っ掛けて、片手でポケットの中から携帯を抜いて開く。母親から、昨日送ったメールの返事だった。


『ゴメン! 連絡忘れてました。明日帰るよ。他に何かいるものがあれば何でも言ってね!』


 由樹の母親はよく、できることはなんでもする、欲しいものはなんでもあげる、と言う。とはいえ、由樹が中3のときに「もう少し帰る頻度を増やしてほしい」と言ったときには、母親は困りながらごめんと笑うだけで、さして生活は変わらなかった。

 それからというもの、生活費の督促や学校行事くらいでしか、母親を呼ぶ口実を作れなくなっていた。


『ありがとう。待ってます』


 それきり書いて送信ボタンを押し、携帯を仕舞う。弁当の袋を持ち直して、生徒会室の扉をガラガラと開けた。


 春の光がたっぷりと窓から流れ込んでおり、照明をつけなくてもよく明るい部屋。くたびれたパイプ椅子と長机が狭い空間にひしめき合い、机上には書類が散らばっている。その最奥にただひとつ備えられた、座面が柔らかなキャスター付きの椅子。それを占領した同級生の男子が既に弁当を食べ始めていた。由樹の顔を見るなり、片手を上げて挨拶する。


「やあ、由樹くん」

「おまたせ。副会長」

「ちゃんと名前で呼んでよ。僕には百崎海地って立派な名前があるんだから」

「カイチもフクカイチョーも似たようなもんだろ」


 高校一年生にして図々しくも生徒会室に入り浸っている海地は、眼鏡越しの柔らかい目元を更に緩めて、そのまま食事を進めた。由樹は彼の隣のパイプ椅子をギッと引いて座り、自分の弁当を広げる。


「一年生で副会長とか、本当よくやるよ」

「先輩たちがやる気なさすぎるだけだから。由樹くんだって、僕より先に手を挙げていればなれたでしょ?」

「俺はそーいうの、パス」


 由樹は手を合わせて、小声でいただきますと言ってから、弁当箱の蓋を開けた。野菜炒めと焼き鮭と卵焼きのシンプルなおかず。


「由樹くんこそ、毎日ご飯とか作ってて凄いよ」


 ん、と喉奥で返事をする。しばらく食器が触れ合う音と咀嚼音だけが響いて、そのまま二人同時に食べ終えた。


「てか副会長さ、なんで昼休みに生徒会室入れんの? 毎日鍵借りてる訳?」

「あれ、知らない?」


 海地は口元を拭いながら立ち上がり、生徒会室から出る。由樹も後をついていき、廊下側からガラガラとその扉を閉めた。


「見てて。こうやって――」


 おもむろに海地は鍵の差込口を掴んでは、持ち上げる方向に力を込め、ガチャガチャガチャ! と強く揺する。突然の大きな音に由樹が思わず身構えれば、扉の内側から、カチャン、と音がする。彼は差込口から手を離し、代わりに扉を開ける方向に取っ手を数度軽く引いて、しっかり開かなくなったのを確認した。


「――って感じで」

「駄目だろ。直せよこの鍵」


 フフと海地が笑うと、また差込口を掴んで持ち上げ、ガチャガチャガチャ! と揺すり、鍵を開ける。二度目となれば由樹も流石に驚かなかった。


「どうやって見つけたんだよ、こんなの」

「会長に教えてもらった」


 生徒会というのは、どうやら品行方正な集団ではないらしい。生徒会室に再度入れば、空にした弁当箱を持って出て、そして改めてけたたましい音とともに扉を施錠する。


「明日の体育祭の準備だけど、由樹くんは来る?」

「ごめん。お母さんが帰ってくるから」

「それは邪魔できないね」


 悪い、と会釈して、そのままお互いの教室へ向かった。食事後のあくびを何とか噛み殺しつつ、適当に雑談しながら、廊下を抜けて階段を上っていく。3階に上がったあたりで、海地は手を振った。


「お先に」

「文系はいいよな。下の方の階で」

「健康にいいじゃん。じゃあまたね」


 由樹は気怠そうに手を振り返して、そのまま自分の教室へと戻っていった。



 午後の授業は酷く眠たい。つまらない訳ではないが、ぽかぽかとした室温と空気の薄さが気力を奪っていく。


「――ですから、イギリスは紅茶文化が有名で――」


 ふと教師の言葉が耳に入る。紅茶か。母が帰ってくるなら、何かちょっといい紅茶でも買おう。そう思い、由樹はノートの端にメモを取って、その上から他教科のワークを広げて内職をし始める。

 中間考査が近い。課題が溜まる前にコツコツと消化してしまうのが、学生生活をうまくやっていくコツだ。

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