19 友達と端的なメール
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美織と出会ってちょうど一年が経った。
半同棲とはこういうことを言うらしい、と理解に至ったとき、既に終業式も春休みも過ぎていた。結局、桜が散って葉の緑があらわになる頃には、プライベートの半分以上の時間を美織の部屋で過ごしていた。冬に抱いていたはずの罪悪感はすっかり消えさり、今はただ穏やかに、寝床を変えただけの生活を享受し続けている。
二年生になって変わったことと言えば、クラスメイトの顔ぶれくらいだろうか。とはいえ担任も据え置きで、葉音とも引き続きクラスメイトだ。授業も特段難しくなったとは感じなかったので、進級した実感が薄い。生徒会も新入生勧誘を終え、特段忙しくない由樹は後輩の指導を任されることが多かった。今日も放課後、いつものように掃除当番を終わらせてから生徒会室へ向かう。
「お疲れ様です」
「——でね! 由樹ってば、ほんとに私のことさ——」
「亜里沙ちゃん。来てるよ、本人」
「へ?」
由樹がガラガラと生徒会室のドアを開けると、入口に一番近いところで亜里沙と海地、そして葉音が話していた。どうやら話題は由樹のことだったらしい。
「俺がどうしたの」
「いっ、いや! え、どこまで聞いてた?」
「はあ。本当、馬鹿みたい」
葉音は呆れてふいと顔を背ける。海地はクスクスと苦笑いしており、亜里沙は真っ赤にして慌てていた。
「……何。悪口でも言ってた?」
「そんなことない!」
「本当かな? まあ、僕は言っていたけどね。由樹くんの悪口」
「おい」
軽口を叩く海地に対して由樹はむっとした。あからさまな話題の逸らし方だ。隠し事や陰口は好きにしたらいいが、耳に入りやすい場所で喋られると流石にもやもやする。その上何より、海地の態度がなんとなく穏やかでなかったことから、本気で話題を隠匿しようとしたと思われるのも不愉快だった。
「……葉音。こいつら何喋ってたの」
「そうね。亜里沙は〝由樹くんとちゃんと仲良くなれているのか〟と不安そうにしてた。副会長は……『あの彼が、他者に対して特別親密な感情を持つと思えないから、適当でいいでしょ』、って」
「副会長じゃなくて、海地ね」
「ちゃんと悪口じゃねえか。マジで言った?」
「ああ。事実だろう?」
「知るかよ」
葉音のいつもの皮肉かと思いきや、本当に海地が言ったらしい。この二人をセットにしておくと話がややこしくなって困る。しかし、友人が沢山いるはずの亜里沙が由樹との関係を心配しているのは少し意外だった。
「俺、亜里沙のこと嫌ってそうに見える?」
「えっ!? ううん、でも、由樹ってちょっと分かんないじゃん。どれくらい仲良いとか。ちゃんとその、友達と思ってくれてるのかなー? とかっ」
「ん、俺はそこそこ仲良いと思ってるけど」
「……や、ヤバあ、面と向かって言われると照れるなー。アハハ!」
冗談めかして亜里沙は笑う。ヒュウと口笛が鳴ったかとその方を見れば、海地が口を尖らせていた。どこまでも調子の良い奴だ。
それからというもの、亜里沙は積極的に由樹に接するようになった。事あるごとに由樹へ話しかけ、頼る。クラスの出来事や生徒会の愚痴が書かれたメールは頻度が増えた。それを美織の食事を作る傍ら、由樹は律儀に返信していた。
美織の世話になっていない日——数週間に一度ほど、たまに亜里沙に誘われて深夜に電話をすることもあった。由樹はそのたびに、思いついた順から他愛ない話をしていた。
——これらを退屈な学校生活の良い刺激としか捉えていなかったのが、由樹の大きな認識誤りだった。
うだるような熱がアスファルトを焼く季節になって、終業式が目前となる。
由樹は生徒会室の掃除をしていたが、にわかに右ポケットが鳴動する。携帯の背面パネルを確認すれば、何故か美織からではなく、亜里沙からのメール通知だった。彼女も生徒会室にいたはずと辺りを見渡せど、その姿は見当たらない。しかし鞄は床に置きっぱなしにしているので、どこか行っているのだろう。
不審がり、教師の目のないこの部屋で携帯を堂々と開く。
『相談したいことがあります。屋上前の踊り場まで来れますか』
亜里沙にしては珍しく、絵文字も砕けた言葉もない、端的なメールだった。




