16 クリスマスイブと星
◇
『もしもし、由樹?』
「聞こえてるよ」
両親が寝て静まり返った自室。ベッドでくつろぎながら、由樹は亜里沙の電話を受けていた。終業式から正月明けまでは両親が居るので、冬休みの前半は美織に会うことがなかった。
『本当に今日、良かったの? その――お母さんやお父さんと過ごすとか、他の子と遊ぶとか』
いつものように溌剌としておらず、低い声で、とつとつと話すのが珍しく思えた。
「今何時だと思ってんの。夜の11時だろ、皆寝てる」
『アハッ、早く寝ないとサンタさん来ないんじゃない?』
「そんな訳――」
言いかけたところで、ノックもなしにそっと自室のドアが開けられる。
「え? ちょ、ちょっと待ってくれ」
ドアの隙間から、ばっちり母と目が合ってしまった。手には大きなリボンの付いた袋を持っている。横にしていた体を思わず跳ね起こした。
「お母さん?」
「起きてるなんて悪い子だね? 由樹。でもいつも頑張り屋さんの良い子だから、目をつぶっててあげよう。じゃあこれ、置いておくね。メリークリスマス」
母——もとい、うちのサンタクロースは枕元でなく、入口の脇に袋を置いて、手を振った。
「彼女ちゃんと仲良くね!」
「違うから!」
そのままパタリとドアが閉じられる。なんだか気まずい。携帯を再び取り上げると、保留にするのを忘れていた。
「……ごめん」
『仲良さそう。いいね、大切にしなよ』
「ああ……うん」
大切にしているつもりだが、顔を合わせる時間が少ないと、何のどの行動が〝大切〟に繋がるのだろう。普通の家庭で育っているあろう人と話すと、感覚のズレを感じることが時々ある。特に言及せず、亜里沙のお喋りに流れを任せることにした。
『てか、あたしのこと彼女だって! そりゃそう見えるか』
「後で説明しとくから」
『アハハ! 気にしないで』
おおらかな亜里沙のおかげで気まずくならずに済む。こういう彼女の話上手なところに、由樹はすっかり甘えてしまっていた。
誰も聞いていないのを良いことに、おそらく友人として、亜里沙は由樹に色々と質問し始める。
『……そういやさ……由樹って、彼女作らない、の?』
「ん? 今は特に考えてない」
『今まで居たことは?』
「中学の時に、3ヶ月だけ」
ええ、と驚く声が聞こえる。訊いておいて驚くなよとは思うが、あれほど毎日のように〝他人に興味ない奴〟と言われているのだ、驚かれるのも無理はない。
「告られて、別に断る理由もなかったから付き合ってたけど。……『私のこと好きじゃなさそう』とか、よく分からない理由でフラれた」
『うわー、由樹っぽーい』
その後は亜里沙からの容赦ない質問攻めにあった。元々どんな関係だったか、手は繋いだのか、デートやキスはしたのか、など。質問にはするする答えられ、由樹の中では完全に過去の出来事となっているのだ、と実感した。——〝本当に好きだったのか〟、という質問だけを除いて。
過去の恋愛経験を話すのは少し緊張した。付き合ってすぐ別れるなど、遊びだったと思われても仕方がない。実態としては、勝手に期待されて、勝手に切られただけだというのに。けれど亜里沙はきゃあきゃあ笑いながらも、否定しないでいてくれた。それが何より心地よく感じていた。
『なんていうか、由樹はその子のこと、大切にはしてたっぽそう。でもグイグイ行かなかったんだろなーっていうか』
「そうして欲しかったのかな。だったら悪いことしたかも」
わずかに罪悪感が芽生える。
もともとぼんやりとした後悔はあったものの、関係維持に手を尽くしていなかったという事実が、心の中でたしかな形を持ち始めた。
『まあ、ちょっと強引なくらいがモテるよね〜。でもあたしは知ってるから。由樹は優しいってこと!』
「……ありがとう」
『はーあ。……由樹が彼氏とか、きっと幸せなんだろな』
何か大切なものを包んだような声音だった。それこそ割れ物のプレゼントのように、丁寧に箱に入れてリボンをかけたような。しかしその中身は見えずじまいだったし、隠しているなら見ないほうが良いかと思って、由樹はそっと流した。
「だといいけど」
親切心でもあったが、同時に臆してもいた。
ややあって時計を見れば、間もなく日付が変わる頃だった。電話口の亜里沙も賑やかさを取り戻す。
『あっ、日付変わるよ! さん、に、——メリークリスマス!』
「ん。メリクリ」
25日になったので、由樹は立ち上がり、部屋に置いていかれたプレゼント袋を手に取る。どうせ昨年までと同じ、よくわからないお菓子や趣味に合わない服だろう。
ふと、窓の外を見た。
「……いいな」
『え?』
「空。すげー星が出てる。綺麗」
よく晴れているらしく、星が沢山空に落ちていた。普段夜に出歩いているものの、こうして空を見上げることは殆どなかった。素直な感想が、文としてまとめる間もなく口から滑り落ちる。
カラカラと窓の開く音と、ほんとだね、と優しい声で言うのが、スピーカーから聞こえた。




