第29話〜0.02%の閃光
【運命の入れ替わりと、牙を剥く『戦場』】
平凡な女子高生だったアルトは、ある日突然、見知らぬ「兵士」の肉体へと精神を転移させられてしまう。
逃げ惑うことしかできなかった彼女を救ったのは、脳内に響く謎の男・ハンスの声だった。
容赦なく襲い来る暗殺者たちを退け、満身創痍で廃港を脱出したアルト。
しかし、逃げ込んだ地下水路で彼女を待ち受けていたのは、この狂った戦争の真実と、あまりにも残酷な「計画」の全貌だった――。
廃港の闇を切り裂く雨は、止む気配がない。
アルトは泥を噛むような思いで、倒れた暗殺者の横を通り抜け、錆びついたコンテナの陰へと身を潜めた。
「……ハンス、次の指示を」
肩で息をしながら、彼女は脳裏の声に問いかける。以前のような震えは、もう声には混じっていない。
「南西300メートル地点に、警備の手薄な搬出口がある。そこを抜ければ市街地の地下水路に繋がるはずだ。……だが、アルト。お前のバイタルが低下している。筋肉の乳酸値が限界を超えつつあるぞ」
「わかってる。でも、止まったら次はないんでしょ?」
アルトは重い足を引きずりながら走り出した。
彼女が今いるのは、自分の知っている「平和な日常」ではない。銃火器が唸り、鋼鉄の巨人が大地を震わせる、狂った戦場だ。そして、彼女が中に入っているこの「身体」こそが、この戦争の鍵を握る重要なピースであることを、彼女は薄々と悟り始めていた。
廃港を脱出し、地下水路の重い鉄扉を開けたとき、アルトは絶句した。
水路の壁面には、見たこともない複雑な回路図が光ファイバーのように張り巡らされている。それはただのインフラではなく、都市全体を一つの「巨大な兵器」へと変えるための神経系のようだった。
「これは……何?」
「……『プロジェクト・レクイエム』の残骸だ。この国の支配層が目論む、最終殲滅計画の心臓部だ。アルト、驚くのはまだ早い。見ろ」
ハンスの指示で視線を上げた先、水路の巨大な空洞に、無数の「器」が並んでいた。
その中に入っているのは、かつてアルトと同じように、理由もわからず「入れ替わり」によって戦場へ送られ、そして魂を削り取られた犠牲者たちの成れの果てだった。
アルトの指先が、冷たく震えた。
もし、あの廃港で負けていたら。もし、ハンスの声が届いていなかったら。自分もあの中に並んでいたかもしれない。
「……ひどすぎる」
「悲しんでいる時間は与えられていない。敵の本隊が、この地下回路の起動準備を始めた。このままではあと数時間で、地上のすべてが焼き払われる」
地上からは、ゴォォォ……という地鳴りのような重低音が響いてくる。本物の「戦争」が、すぐ真上で始まろうとしているのだ。
アルトは、泥と返り血で汚れた自分の手を見つめた。
非力で、泣き虫で、誰かに守られるだけだった女子高生。けれど今、彼女の瞳には、燃えるような決意が宿っていた。
「ハンス。私がここへ来たのは、ただ逃げ回るためじゃない」
「ほう。では、何のためだ?」
ハンスの声に、試すような響きが混じる。アルトは一歩、暗い水路の奥へと踏み出した。その足取りは、先ほどよりもずっと力強い。
「この戦争を、終わらせるため。……そして、絶対に自分の身体を取り戻して、家に帰る。そのために、一番安全な場所じゃなくて、一番『危ない場所』へ行くわ」
「……了解した。お前の戦術予測を書き換える。目標、中央管制塔。生存確率は……0.02%だ」
「上等よ。その0.02%に、私の『全部』を懸けてあげる」
アルトは暗闇の中、唯一の武器である鉄パイプを強く握り直した。
雨音さえ届かない地下の奥深くで、一人の少女の反撃が、ついに「戦争の終わり」へ向けて動き出した。
読者の皆様、第29話をお読みいただきありがとうございました!
ついにアルトが「守られるだけの少女」から、自らの意志で戦場に立つ「戦士」へと覚醒する重要なエピソードとなりました。生存確率わずか0.02%という絶望的な状況。しかし、ハンスとの絆と、元の世界へ帰るという強い決意を胸に、彼女は最悪で最難関のルートを選びました。
ここから物語は一気にクライマックスへと加速していきます。地下水路に張り巡らされた「プロジェクト・レクイエム」の恐るべき真実、そして中央管制塔で待ち受ける支配層との対峙。鉄パイプ一本を手に、アルトがどのようにこの不可能に挑むのか、ぜひ次回もハラハラしながら見守っていただけると嬉しいです!
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