第26話〜ドッジボールの記憶
かつてコートの支配者だった少女の「遊び」が、生死を分かつ「戦技」へと昇華する――。
本書は、平凡な少女アルトが、伝説の戦士ハンスの「戦術眼」という異能を脳内に宿したことから始まる、緊迫のバトル・ファンタジーです。
身体に刻まれたかつての無邪気な記憶と、脳内に響く冷徹な戦術。この二つが奇跡的に噛み合った瞬間、彼女はただの生存者から、戦場を支配する者へと変貌を遂げます。冷たい雨が降る廃港での、一瞬の交錯。極限状態のなかで覚醒していくアルトの躍動感あふれる戦いと、彼女を導くハンスとの奇妙な共闘の幕開けを、どうぞ最後までお楽しみください。
冷たい雨を切り裂き、アルトの身体は信じられないほどの躍動感で廃港を駆けた。
「――来るぞ、アルト! 左、いや上だ!」
ハンスの警告が脳内に響くのと、上空のキャットウォークから追手の放った暗殺針が降り注ぐのは同時だった。本来のアルトなら、恐怖に竦み、その鋭利な死の雨に貫かれていただろう。
だが、ハンスの「戦士の戦術眼」がアルトの脳を覚醒させた瞬間、彼女の身体に深く刻まれていたもう一つの記憶が火を噴いた。
(……軌道が見える!)
それはかつて、少女だった頃に幼馴染たちと狂ったように投げ合った、あの赤くて硬いゴムボールの残像。襲い来る死線は、かつて彼女が誰よりも俊敏に、かつ正確に避けてみせた「全方位からの集中砲火」そのものだった。
ハンスの戦闘技術がもたらす肉体の最適化と、アルト自身が元女の子として培ってきた驚異的な「回避の動体視力」が完全に噛み合う。
アルトは信じられない柔軟さで上半身を反らし、紙一重で針の雨をすり抜けた。ただ避けるだけではない。地面を滑るように転がった鉄パイプを、まるでドッチボールをキャッチするかのような完璧なタイミングで拾い上げる。
「ハンス、狙いを教えて!」
「……! 敵の足場、中央のボルトだ!」
反撃のターンだった。アルトはハンスの記憶から「最適な投擲フォーム」をトレースし、かつてコートの王座に君臨した少女の全力で、鉄パイプを上空へと遠投した。
凄まじい風切り音とともに放たれた鉄の質量は、寸分の狂いもなくボルトを粉砕し、追手たちを足場ごと暗闇の底へと叩き落とした。
本作をお読みいただき、ありがとうございます。
このシーンでは、ハンスがもたらすプロの「戦闘技術」と、アルト自身が少女時代に培った「ドッジボールの記憶」が奇跡的に融合する瞬間を描きました。ただ授かった力で無双するのではなく、彼女自身の泥臭い過去の経験が「回避の極意」として覚醒するカタルシスを感じていただけていれば幸いです。
脳内で共鳴し合う二人の異色なバディが、この過酷な夜をどう切り抜けていくのか。ぜひ、これからのアルトとハンスの共闘にもご注目ください!




