第1話〜鏡の中の見知らぬ僕
本作をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。
昨日までは、どこにでもいる普通の女子高生。
しかし目が覚めると、そこは古びた石造りの部屋、そして私の身体は——筋骨隆々な「男の子」になっていました。
TS(性転換)転生というだけでもパニックなのに、追い打ちをかけるように手渡されたのは、死地として名高い前線への「召集令状」。
魔法と銃火器が入り乱れる過酷な戦場で、右も左もわからない元女子高生の、命がけのミリタリーライフが幕を開けます。
元の世界に戻る方法は? この身体の持ち主「アルト」の運命は?
鏡の中の自分を見た瞬間、私は悲鳴すら上げられなかった。
そこに映っていたのは、見慣れたはずの自分の姿ではなかった。艶やかだったはずのセミロングの黒髪は、耳の上が露出するほど短く刈り上げられている。毎日制服を着るたびに気にしていた、少しふっくらとした輪郭はどこへやら、顎のラインはカミソリのように鋭く尖っていた。
「な、に、これ……?」
恐る恐る口を開くと、喉の奥から響いたのは、掠れた、しかし明らかに低い少年の声だった。自分の声だとは到底信じられないその音に、心臓が跳ね上がる。視線を下へと移した。
無駄に広い肩幅。鎖骨のあたりは浮き出て、かつての丸みは微塵もない。そして、胸元へ手を当てる。平らどころではなかった。指先が触れたのは、カチカチに引き締まった大胸筋。指先でなぞるだけで、皮膚の下にある強靭な筋肉の繊維が主張してくる。
そう、私は男の子になってしまっていた。
意味がわからない。昨日まで、私は東京の私立女子高に通う、ごく普通の、本当にごく普通の女子高生だったはずだ。それがどうして、こんな見知らぬ異世界の、古びた石造りの部屋で、しかも男の身体で目覚めなければならないのか。
「うそ、立ち小便ってどうやるの!?」
股間のあたりに感じる圧倒的な違和感に、私は頭を抱えて叫びそうになった。だが、そんな未知の生理現象にパニックになっている暇は、一秒たりとも残されていなかった。
◇
不意に、部屋の唯一の窓から吹き込んできた冷たい風が、机の上に置かれた一枚の紙を揺らした。それは、ガサガサとした質の悪い羊皮紙だった。だが、そこに押された深紅の封蝋と、禍々しい双頭の鷲の紋章が、異様な重々しさを放っている。
吸い寄せられるように、私はその紙に歩み寄った。そこに書かれた文字は、なぜかスラスラと頭の中に流れ込んできた。
【召集令状】
帝国陸軍・第六守備大隊所属、アルト・フォン・ヴァイス。汝に国家への献身を命ずる。
帝国と王国の国境における軍事緊張の打破のため、速やかに前線へ赴くべし。
出頭日時: 明日午前八時
出頭場所: 東部国境守備隊・第三砦出張所
(―― 帝国軍事総督府 認 ――)
「明日……午前八時……国境守備隊?」
指先がカタカタと震えた。その文面が意味することを、私の脳は拒絶しようとしたが、心臓の鼓動がそれを許さなかった。ドクンドクンと、新しく手に入れた男の身体の強い心臓が、恐怖を全身に送り届ける。
この世界は、戦争をしている。それはどうやら、私が迷い込む前の「アルト」という少年の記憶の断片からも理解できた。機械と銃火器で世界を塗りつぶしようとする帝国と、古き魔術と精霊を奉じる王国。両国の国境は、若者たちを次々と飲み込み、骨も残さずすり潰す「生肉のグラインダー」と呼ばれている。
そこに、明日、この身体で行かなければならない。
「待って、無理。私、銃の撃ち方なんて知らない! 体育の授業でさえ、ドッジボールでいつも逃げ回ってたのに!」
しかし、行かないという選択肢はなかった。この世界の「帝国」において、召集令状の拒否は即座に「反逆罪」を意味する。憲兵に見つかれば、その場で首を吊るされるか、あるいはもっと酷い目に遭わされる。生き延びるためには、この見知らぬ男の身体を動かして、あの泥沼の最前線へ行くししか選択肢はなかった。
普通の女子高生だった私の、命がけの「男装(物理)」ミリタリーライフが、これ以上ない最悪のタイミングで幕を開けようとしていた
第1話をお読みいただき、ありがとうございます!
「女子高生が異世界転生したら、なぜかゴリゴリの軍人男子になっていた」という、最悪のタイミングから始まる物語です。元の世界ではドッジボールで逃げ回っていた彼女が、この過酷な戦場でどう生き残るのか(そして無事にトイレに行けるのか)、ハラハラしながら楽しんでいただければ幸いです。
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