第14話〜満身創痍
本書は、過酷な運命に翻弄されながらも、己の信念と手にした機密を守るためにすべてを賭けて戦う者たちの生と死の軌跡を描いた物語である。
泥にまみれ、凍える雨に打たれながら国境の森を彷徨うハンスとアルト。彼らが命がけで運ぶ「マイクロフィルム」に隠された真実とは何か。そして、執拗に迫る追手の手から、二人は無事に逃げ延びることができるのか。
息詰まる緊迫感と、極限状態における人間模様を描き出す。血と泥に彩られた逃亡劇の幕が、今上がる。
「ハンス……! ハンス、起きて!」
冷たい泥の感触とアルトの必死な声で、ハンスは意識を取り戻した。肺に溜まった泥水を激しく吐き出し、喘ぐように呼吸を繰り返す。空はうっすらと白み始めていたが、激しい雨は容赦なく体温を奪い続けていた。
「生きて……いるのか、俺たち」
「ええ。でも、のんびりしている暇はないわ。すぐに追手が川を下ってくる」
アルトは震える手でハンスの体を支え、周囲を見回した。鬱蒼とした巨木が立ち並ぶ見知らぬ森。ここが国境の向こう側であることは間違いないが、安全とは程遠い。
ハンスは恐怖に駆られたように、濡れた上着の胸元に手を差し込んだ。防水ケースに収められたマイクロフィルムの感触を確かめ、小さく息を吐く。
「無事だ……。フィルムは濡れていない」
「よかった。……でも、あなたの足、これ以上は無理よ」
ハンスの右足のズボンは破れ、激流の岩で裂いた傷口から新鮮な血が流れ出していた。感染症の危険もある。このまま歩き続ければ、追いつかれる前にハンスの命が尽きてしまう。
その時、森の奥からかすかに、エンジン音が聞こえた。
それは追手のボートの音か、それともこの地を巡回する国境警備隊の車両か。
「アルト、あそこ……」
ハンスが指差す先、木々の隙間に、古びた炭焼き小屋のような廃屋が佇んでいた。
「あそこに隠れましょう。動くのは夜になってからよ」
アルトはハンスの腕を再び肩に回し、一歩一歩、泥に足を取られながら廃屋へと向かった。しかし、二人がその扉に手をかけた瞬間、背後の草むらが大きく揺れた。
第14話をお読みいただき、ありがとうございました。
九死に一生を得て対岸へと辿り着いたハンスとアルトですが、執拗な追手と過酷な大自然が容赦なく二人を追い詰めます。右足に大怪我を負ったハンスを抱え、絶体絶命の危機に瀕した彼らが、この廃屋でどのような決断を下すのか。そして、迫り来る包囲網を突破することはできるのか――。
次回、二人の絆と覚悟が試される緊迫の展開となります。ぜひ、彼らの行く末を最後まで見守っていただけますと幸いです。
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