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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第36話 「天命を革める」


 相良藩で学んだことの中で一番楽しかったのが乗馬だ。

 鐙に足をかけ軽く腹を蹴る。

 馬は待ちかねていたように走り出した。




「うつけ者。傾奇者。こ、この国の秩序が揺らぐことなぞ……永遠に来ぬわ!」


 負け惜しみのように叫んだ、水野忠邦のその後について記しておく。

 この翌年から天保の改革に着手したが、秩序を権力のみで押し付ける政策が裏目に出て三年後に失脚。 

 老中を解任されたその日、怒りを買った民衆から無秩序に屋敷を焼き払われた。




 逃走は順調だった。

 何もかもが想定以上にうまくいっている。

 だがカイが城の敷地内を巡り外界への入口・大手門に着いた時、馬の足が停まった。


(勝。どうした?)


 馬は行く手を睨むように嘶いている。

 人影のない大手門が音を立て、外に向けて開き始めた。

 門の外に見えてきたのは、数十名からなる軍勢だった。


「暗殺者よ。やはり貴様であったか!」


 後方から聞き覚えのある大声。

 もと大坂城代、この時点で老中の一員となっていた土井利位だ。


 その実は平八郎と対峙したこの土井も首実検の宴に招待されていたのだが、大広間に向かう途上「義手」云々という意留と奏者番の会話が聞こえて来た。

 物陰に隠れて松の廊下を歩くカイを確認した。

 ピンときた。

 あれは大塩を守らんと短筒をこのわしに向けて構えた隻手の小僧ではないか?

 すぐにその場を辞し、急遽集められるだけの軍勢を揃えて待ち伏せた。


「ああ、大坂城のおっちゃんか。久しぶり!」


 不思議と心からの懐かしさと笑みが浮かぶ。

 時が逆行した。

 敵はあの時と同じく精鋭を引き連れている。

 先程までのおもちゃの兵隊とはわけが違うだろう。

 革袋のリボルバーを確認する。

 もう蓮根は残ってない。


「一部始終は聞いておる。大塩はさすがよの。己の死すらも武器に替えた、ということであろう?」


 カイは平八郎の言葉を思い出す……武器を過信すな。

 ただの道具や……そうだ。

 本当の武器は別のところにある。

 腰に差した小刀にそっと触れる。


「先生だけじゃないぜ。あの叛乱で散った命は全部武器だ。ただ、先生ほど有名じゃないってだけさ」


 土井がその意味を理解したかどうかはわからない。

 ただ彼もまた、懐かしむような寂しがるような表情を浮かべた。


「大塩の目的は救民であったな。お主の大御所暗殺もそれか?」

「ああ、そこは違うな。正直オイラは人助けなんて考えたこともねえよ。ただよ。先生が今際に言ったんだ。時代を見届けろ、ってよ」

「時代?」


 大塩は「歴史」と言わず「時代」と言ったのか。

 歴史は誰かが決めつけた過去。

 時代とは「今」や「未来」を含んだ時の流れ。


「侍はとかく天命ってのを持ち出すよな。あの大御所のじっちゃんは何十年も天命に生かされて、あともう少しは長生きしたのかもな。じゃあそいつを(あらた)めてみたらどうなるか、見届けたくなったんだよ。さあ、時代よ。こっから先はどうする気だ?ってな」


 何ともはや。

 師匠と言い弟子と言い、イカれた思想に捉われておる。

 大バカ者ども。

 だが、魅力的ではある。


「小僧。ぬしや大塩の話、もう少し聞いてみたいとも思う。ただわしは、いかんせん耳も頭もオトナになっておる。未来より今、なんじゃ」

「ああ、やっぱそうか。残念」

「故にここを通すことはできぬ。御政道を捻じ曲げる愚挙は、江戸城内に封殺するのみ!」


 つまりここでオイラを八つ裂きにして、今日起きたことは幕府ぐるみで隠蔽しようってことだよな。


 オイラは無名のまま、生まれてすら来なかったかのようにここで消える。

 そこに不満はない。

 だが。


「おっちゃん。だからオイラにゃ、まだやることが残ってんだって」


 田沼意義の遺品を左手に構えた。

 田沼のおっさん、格さん、先生、死んでったみんな。


(やろうぜ、カクメイ)


 しがらみ。

 慣習。

 理不尽な制度。

 形骸化した伝統。

 歴史。

 運命……


 すべてのものに反逆するその男は、鐙で愛馬の腹を蹴って数十に連なる軍勢に向け駆け出した。





つづく



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