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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第33話 「首実検」

 

 廊下に出ると、奏者番以外にも数名の屈強な家臣たちが待ち受けていた。

 カイを中央にして一行は粛々と松の廊下を進んでいった。

 ただ長袴という大仰な衣装のため、その歩みは牛のように遅かった。

 その際、何人かにもすれ違う。


 将軍宣下や年頭拝賀など公式行事には、百名を超える幕閣・大名を収容する江戸城表の大広間。

 しかし奏者番が襖が開けると、そこには十名にも満たない人間しかいなかった。

 非公式行事であり、秘匿事項ということなのだろう。

 三十畳超の上段の間に御簾が見えた。

 その裏には大御所・徳川家斉がいるはずだ。

 一段下がった中段の間には水野忠邦と弟・跡部良弼、その他顔も知らない老中や奉行たちが畏まっている。

 カイは意留から習った通り廊下から下段の間に膝を進め、一枚目の畳の縁の前でひれ伏した。


「大御所様に名乗りおろう」


 奏者番の誘導に従って、カイは額を畳にこすりつけたまま申し上げる。

 

「安房国旗本小普請役、男谷家長男・義邦にございます」


 沈黙。

 くそ、無視かよ。

 あ、いや。

 これが、天上での礼儀作法ってことか?


「此度、男谷なる者の大御所様に拝謁する旨……」

 

 奏者番が説明しかけた時だった。


「よい!」と、御簾の裏から声がした。


「めんどくさいことは省け。早う見たい」


 誰も口を挟まない。


「それに遠くて聞こえん。苦しうない。もそっと近う」


 御簾の中で手招きしているようだ。

 察したカイは膝歩きでにじり寄るが、どこまで進んでいいのかわからず中段との段差まで来てしまった。

 その段差も跨ごうとした時、中段の間の忠邦が慌てたように手で制止した。

 跡部に至っては両手を広げて「そこまで。そこまで」と口の中で叫んでいる。

 まるで狂言師みたいだ。

 心の中でクスリと笑う。


(こいつらが例の兄弟だな)


 カイは横目で跡部と忠邦を盗み見、位置を確認した。


「甕をこれへ」


 老中首座の忠邦が、この場の仕切りなのだろう。

 声を低めて言った。

 家臣たちが至宝のように甕を押し戴いて、中段の間の中央に据えた。


「大目付・跡部山城守。しかと検分致すがよい」


 大塩の乱のきっかけを作るという大失態を犯したにも関わらず、このとき既に跡部は大坂町奉行から栄転し大目付の役にあった。

 忠邦は実の弟に事務的に命じる。


「は。それがし、目を皿にして鑑定し申し上げまする」

「じゃあ、オイラが甕の中を……」 


 カイが甕に歩み寄ろうとすると、忠邦がまた慌てた。


「待て! お主は触るな」


 忠邦が家臣たちに扇子で指示を送る。

 やはり警戒されているのだ。

 無理もない。

 二十歳に満たぬこの馬の骨が甕の中に不審な物、例えばリボルバー拳銃などを隠していない保証はないのだから。


 指示を受けた家臣のひとりが、甕に手を突っ込み中の物を引き上げようとした。

 だが、口のところでその物体がひっかかって取り出せない。


「何をしておる」

「それが……」

「畏れながら。薬に漬けておりましたゆえ、ふやけておるのかも知れませぬ」


 カイが注釈を入れる。

 だからオイラにやらせろって言うんだよ。

 御簾の向こうから笑い声が上がった。


「ははは。大塩平八郎は、死してなお跡部の顔なぞ見たくもない、と申しておるわ」


 跡部の顔が赤らんだ。

 三年前のトラウマが沸きあがってきたようだ。

 そうだ。

 私は大塩平八郎に赤っ恥をかかされたのだ。


「誰か道具を持って参れ。甕を割れ」


 やむなく忠邦が家臣に命じ、槌とたらいが運ばれてきた。

 たらいの中に甕が据えられ、槌を構えた家臣が御簾に対し「ご無礼をば」と断りを入れる。


「案ずるな。早う見たい」


 我慢できないのか家斉は、既に御簾の切れ間を扇子で押し上げ覗き見ている。


 槌が振り下ろされ、甕が割れた。

 カコーンという音が大広間に木霊し、中のアルコールがたらいの中に流れ出る。

 それと同時に、大塩平八郎の首と甕の破片も飛び散った。

 破片のひとつはカイの目の前に飛び、生首は勢い余って宙を舞ってから中段の間に転がった。


「ひ!」


 素っ頓狂な声。

 生首が、偶然にも跡部に顔を向けたからだ。


「よ、良弼!間違いないか?大塩なのか?」


 心中驚いたか、忠邦は弟の名で確認を入れる。


「は。まさしく、これは大塩……へ、へい……」


 跡部が口を抑え「へい、へい」と繰り返す。


「こちらを向けよ」


 家斉に言われ、家臣が恐る恐る生首を御簾に向ける。


「ほほう」


 家斉は御簾を開け、あろうことか上段の間から降り始めた。


「大御所様!」


 今度は側近の間部が慌てる。

 だが、誰もこのワンマン大御所を止められない。


「これが反逆ののろしを挙げ、幕府の威信を吹き飛ばした男の顔か。真のもののふの面構えじゃ。のう、忠邦」

「後日河原に晒し、戒めと致しますれば」

「よきにはからえ。いや、これは愉快。わはは……」


 家斉は高笑いを始めた。

 ひとが笑えないところで笑う、外連味の強いおひとだ。

 やはり私には扱いこなせない、と忠邦は目を閉じる。


「ははは。さて、男谷と申したな」


 カイはひれ伏したまま「は」とだけ答えた。


「田沼意留と昵懇だそうじゃな。この功により褒美をとらす。仕官の望みがあれば、この場で申し伝えよ」


 ありえないことだが、大御所自らが抜擢を宣言したのだ。

 幕閣たちはしんと静まり、カイの言葉を待った。

 よもや大御所の新たな側近が、またひとり増えるのか?


「畏れながら、それがしの望みは仕官にあらず」




つづく




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