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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第31話 「大塩の首」


 それからカイは客分として、相良藩の陣屋に迎えられた。

 その昔意義が生活したという部屋を与えられる。

 さまざまな書物が棚に並べられていた。

 カイはどうしても読みたくなって、藩士たちに学問を教わった。

 不思議と抵抗なく、知識が体に沁み込んでいった。


(オイラは何も知らずにあの場にいた。だけど、なんで先生が決起したか、おっさんが先生の身代わりになったかを知らなきゃいけない)


 納得できなければ計画を中止してもいい。

 おっさんはそう言った。


 藩学の先生にも教えてもらった。

 幕府の仕組み、藩の立場、士農工商という制度と社会。

 だが、どんな理屈を以てしてもカイは腑に落ちない。

 やはり、平八郎が言っていた「侍は社会の居候。要らなくなったら家から追い出される」という理屈の方がピンとくる。


 学問の傍ら、武道の基礎も習い武器の整備も進めた。

 三年前にもらったペッパーボックスは、改良の余地があるように思われた。

 四発の弾丸の再装填に時間がかかり過ぎる。

 射程距離がわずか五間では、刀か槍相手にしか通用しない。


 相良での二年目を迎えた頃、運よく長崎から来たという行商人に会った。

 それなら新式の拳銃を売ってもいい、と言う。

 アメリカの水夫サミュエル・コルトという男が発明したリボルバーという多弾倉回転式の拳銃だった。 

 ペッパーが銃身を回転させるのに対し、蓮根のような六発装填の弾倉が回転する拳銃だ。

 重量が格段に軽くなり、銃身も長いので射程距離が一五間(約三〇メートル)まで伸びる。

 試射してみると、しっくり来た。

 装填だけは弾丸と火薬を別々に込めるパーカッションロック方式なので、隻手の自分が扱うには工夫が必要だ。


(これなら、計画の最後の関門もくぐり抜けられるな)


 意留に相談すると「お主が使う道具だ。お主の好きにいたせ」と、快く金を出してくれた。

 ふたりの関係はこの二年で緊密なものとなっていた。

 意留はカイが気に入ったらしく、時折「養子にならぬか?」と言ってくる。


「おじさん、それはねえよ。オイラがあの仕事を終えたとき、田沼家にそんな人間が関わってちゃなんねえだろ」


 そう言って断り、オイラも田沼意義の後を追うんだからさ、と続けた。



 

 大塩の乱から三年経った天保一一年(1840年)。

 非番明けの水野忠邦が江戸城本丸の老中部屋に入室すると、北町奉行に就任したばかりの遠山景元が待っていた。

 後世に残る「遠山の金さん」である。


「ご老中。お聞き及びでありましょうか?」


 挨拶もそこそこに声を低めた。


「ご非番の折、少し厄介なことが起きました」


 老中職は四、五人が持ち回りでこの老中部屋に詰めて執務を行う。

 先月は西の丸老中の間部(まなべ)(あき)(かつ)が当番で、忠邦は登城せず所領である遠江国浜松藩の藩邸で過ごした。


「先月になって大塩の首を獲った、と申す者が現れました」


 忠邦はただ眉を顰め、鼻で笑った。


「大塩の首だと? もう幾年も経っておるのだぞ。眉唾であろう」

「それが……その者が申すには、大塩はつい最近まで江戸に潜伏していて、幕府転覆を画策していた。その者は偶然その報を聞き、留守の間に押し入れに潜んでいたようで、そして大塩が帰宅したところを背後から斬りつけて仕留めた、と」

「貴殿がその件を?」


 遠山が頷く。旅籠でその男にも会ったのだと言う。




――男は小柄な侍だった。


「百聞は一見に如かず。その首がこれに」


 傍らには甕があった。

 カイが美吉屋の離れから持ち出したあの甕だ。

 遠山は、甕の中を覗き見たそうだ。

 蓋を開けるが、頭髪しか見えない。

 しかも嗅いだことのない悪臭もする。

 北町奉行は鼻をつまんで訊いた。


「これはいったい?」

「あるこおると申して西洋の薬品でござる。これに漬けて置けば死んだあとも姿形が変わりませぬ」

「はあ、どれくらい保つもので?」

「さて、三月くらいでしょうか」


 そんな答えだったと言う。遠山が続ける。


「さらに遺品も持っておりまして、確認したところ確かに大塩の物のようで」


 遺品は檄文であった。

 締めには平八郎の署名があったのだが、それが大坂町奉行の押収したものと一致した……そこまで聞いてようやく、忠邦が腕組みをする。


 三年前ではなく、つい最近だと? 


 ならば二年前に礫刑に処したあの首は、風聞にあるように別人のもので本人は生存していた、と?


「さりとて、そこもとも首実検はしておらぬのだな?」

「たとえその首を見たとしても、それがしには判別つきかねまする。大塩なる者の顔も姿も見たことはござりませぬゆえ」


 忠邦はさらに思案する。


「その者の身元は確かなのか?」

「これがまた田沼意留殿の客分とかで、それがしも田沼殿の意を受けて、着任早々北町を動かした次第です。さて、如何致しましょう」


 田沼意留。

 確か、あのとき大御所様の側に控えていた腰巾着。


「このことは?」

「先月の月番であらせらる間部殿に、ご報告申し上げました」


 眉の端がピクリと動く。

 間部もまずい。

 大御所様の側近だ。

 

 嫌な予感がする。

 



つづく


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