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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第29話 「水野忠邦VS徳川家斉VS田沼意留」



(くっそう。やはり、やりおった!)


 鷹見は轟音によって機能不全となった耳を押さえ、爆発の後舞い上がった煙を必死に払いのける。

 これは攻撃か?


「構え!筒を構えよ!」


 自分にこれほどの声量があるのか?と驚くほど大声で叫んだ。

 さすがに土井が選りすぐった精鋭である。

 臆することなく中筒を構え、各々が冷静に状況を分析しようとしている。

 遠巻きにしていたおかげで、当方の被害は軽微のようだ。

 煙幕が晴れると、先程までじっと睨み続けていた離れの家屋が消えていた。

 爆発で吹き飛んだ、ということだろう。


(自爆、か?)


 あり得る。

 城を出立する際、坂本という鉄砲方が言っていた。


「鷹見殿。大塩はもののふです。こんな時代に珍しいほどの。ほんでもって、すこぶる迷惑なもののふですわ」


 確かに迷惑だ。

 百数十名も動員して収穫は焼け焦げた炭だけ、なのか? 




 鷹見が当惑している頃、カイはそのはるか頭上、美吉屋を見下ろす森の頂に立っていた。

 大爆発は期せずして陽動になっている。

 現場に注視するあまり、誰一人として甕を背負った一介の小僧の存在には気づいていない。

 惨状を目のあたりにして、カイは全てが現実なのだと悟った。

 もう後戻りはできない。

 この多くの犠牲を活かさなければならない。

 覚悟を決めた。


「大塩先生。格さん。田沼意義殿。しかと見届けました」


 背負子をその場に置き、残り火が燻る離れに向けてひれ伏した。




 数か月打診し続けていた家斉とのお目見えがかなった。

 江戸城西の丸では、家斉が忠邦の上申書に目を通している。

 いつもの御前報告ではない。

 引退した今も実権を握る家斉との一対一の会合……のはずだった。

 ところが家斉が鎮座する御簾の後方には、見慣れぬ男の姿があった。


「なんじゃ? これは」


 家斉は呆れ声を吐いた。

 御簾の中では声以上に白けた表情をしているだろう。

 忠邦が伏したまま申し上げる。


「それがしがまとめた改革案にございます」

「ふん、また改革か。定信といい忠邦といい、知恵者面した奴は改革が好きじゃのう。で、この倹約令というのは?」

「財政悪化の折、幕府内の華美な振舞いを改め……」

「余に、ケチ臭い老後を送れと申すか?」

「格差でございます。大塩の乱も民との格差を見せねば起きなかったものと考えまする。叛乱を未然に防ぐ、ひいては徳川家の御ためにございます」


 忠臣ぶるな、と家斉は鼻を鳴らす。


「水野越前守忠邦。賂三昧で成り上がった、お主の言葉とは到底思えぬわ」


 忠邦は一瞬ぴくりとしたが、怯んだ様子はない。


「誤解するでないぞ。余はお主のなりふり構わぬ野心家ぶりを買って、ここまで引き揚げてやったのだ」


 嘘だ。

 あなたはずっと私を遠ざけていた。

 私を首座に抜擢したのは家慶公、あなたが物足りないと感じている息子だ――忠邦は甘言にも揺るがなかった。


「ふむ。今日は何を言っても引かぬ覚悟か。ならば余も、首座殿に面白いものを見せてしんぜようかのう。かような紙屑ではなく、な」


 家斉は「国家之儀ニ付申上候」と表書きされた書状を、忠邦の前に放り投げた。


「こ、これは」


 見た筆跡、見た表書き。


「大塩平八郎の告発文であろう。そこにお主の弟をはじめ、老中どもがやらかした失態の数々が事細かに書かれておる。おお、そうそう。お主も確か違法な無尽をしていたらしいのう。ま、余はどうでもよいがな」

「しかし、これは」

「余には見せたくなかった、始末したはずのものよの。だが建議書は、実はもう一枚あってな。この田沼意留が気を利かせてとっておったわ」


 忠邦は、うしろに控える男を盗み見た。

 こやつは確か雁の間詰めのはず。

 幕閣の一員ではあるが席次は五位か六位。

 だが家斉は側近政治。

 覚えさえめでたければ重用される。

 此度は私の頭越しに、ご機嫌伺いをしたというわけか。


 家斉が立ち上がり、御簾を出た。

 臣下が歩み寄ることはご法度だが、いまは先代将軍の方から忠邦に近づき、見下しながらねめ回している。


「これを見て余は考えを変えた。これはおちおち隠居なぞできぬとな。将軍職は家慶に譲ろう。だが今後もこの家斉が、大御所として目を光らせてもらう。改革とかいう茶番は、余が死んでからに致せ!」


 扇子でいたぶりながら、一喝した。

 もはやされるがままだった。

 五十年もの間権力の座にありながら、まだ物足りぬのか――忠邦は得体の知れぬものに翻弄された。


「水野忠邦。返答や如何に?」


 敗北感に身を震わせながら、ようやく「御意」という言葉を絞り出した。




 忠邦が退出したあと、残った家斉と意留との間にはこんな会話があった。


「畏れながら、大御所様。これに告発された者達の処遇は如何様に」

「処遇? 何もこれしきのことで、波風を立てることもあるまい」


 家斉は過去に田沼意次や水野忠成という、贈収賄を奨励した老中を抜擢している。

 言わずもがなの回答であろう。


「し、しかし、それでは大義が立ちませぬ」

「雁の間よ」

「……」

「大義とは、余のことじゃ」


 であろう? 

 と、日本史上最長の権力者が事もなげに笑ってみせる。

 意留は慄然とした。


(意義、すまぬ)


 勘当したとはいえ、実の弟に一度は確約したことだった。

 朱子学で言うところの「悌」を違えた。

 私こそ大義を果たしたとは言えない。


 田沼意留は、長い悔悟の念を曳きずることになる。




つづく




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