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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第22話 「土井利位」



 一方堺筋からの撤退を余儀なくされた格之助隊は大いに動揺した。

 主戦力の射ち手がいなくなったからだ。


(大筒が使われへん。細筒も敵わへん。ど、どないしたら)


 隊長の不安が伝播したのか、二十名からなっていた隊は戦意喪失していく。

 勢いで隊に加わった町人や農民は、こっそり離脱していった。


(俺だ。俺が梅田殿を死なせた。この隊を敗走させた)


 意義の心の中にも、いつもの霧がかかり始めていた。




 午後二時を過ぎても奉行所に動きはない。

 自分の隊で実績を上げる一方、坂本は同僚の本多に跡部と堀のお守りをさせていた。

 なにせふたりの奉行は後事を援軍に丸投げして、自分たちは馬にも跨ろうとしないのだ。


「御奉行様。御城代の命令書をご覧になったでしょう。わが玉造口の隊は両奉行の采配のもと事に当たれ、です。貴殿らが動かねばわれらも動けぬのです」


 そう諫言する本多に、跡部が恨めしい目を向ける。

 きやつらの狙いはこのわしなのだぞ。

 一歩奉行所の外に出れば待ってましたと大挙するに決まっておる、とは言えない。


「いや、本多君。これは戦術なのだ。即ち、籠城という」


 鼻白むような詭弁。

 本多はため息をつきながら、鍛鉄製の大砲を見やる。

 よもや坂本はこれを見越していたのか?


 「本多殿はカルバリン砲とともに奉行所で留守居してくだされ。われらは中筒五挺もあれば十分、叛乱軍の相手はそれがしに任されよ」

 と言い残して行ってしまった。

 まさか、抜け駆け?


「いかがでしょうな。せめて大坂城に駐屯してみては?」


 堀が跡部に進言する。

 こっちは多少まともか。


「すでに市中は大火。これを見て、われら奉行は城の守りを最優先にせねば、と思い立ち奉行所を捨ててまで参上した、という態では?」


 跡部はまだ、ぽかんとしている。


「ああ、それはよろしいですな。ここから城は目と鼻の先。叛乱軍と遭遇することもありませんし、何より城内の方がはるかに安全です」


 本多も後押しをする。


「そうですよ。それにわれらには、この大砲がついてます」


 標的でないふたりには後々の事を考える余裕があったし、置き去りにされた焦燥感も芽生え始めていた。


「まさに」

 何かを宣言するように跡部が立ち上がった。

「今まさに、それがしがその戦術を口にしようとしていたところです!」




 午後三時。

 大坂城一の門に大塩本隊が到着した。

 だが百名を超える人数が大挙したため、門前の通りで身動きがとれなくなっていた。


「おーい後ろ、退がれ」


 先頭の平八郎は後方に指示するが、ネズミの集団は言うことを聞かない。


「米や。米や」

「いてえ。誰や、押すなちうねん」

「おどれこそ前向かんかい」


 今や一党の大部分が、途中合流した農民や町人たちである。

 統制というものが利かない。


「退がれ、さが……」


 平八郎の声さえ飲まれていく。

 壮大なる押しくら饅頭と化した集団が、これでもかと門を押していく。

 先頭集団は、万力に挟まれるような圧に耐えねばならなかった。


(あかん。これは、もはや烏合の衆や)


 危機感。

 今攻撃されればひとたまりもない。


 と、突然内側から門扉が開かれた。

 それすらも計算だったのだろう。

 集団は雪崩を打って、一の門広場に倒れ込んでいった。


 総崩れの群衆の中からようやく這い出た平八郎だったが、顔を上げて顔面蒼白となる。

 広場では五百人からの部隊が連なって大塩一党を待ち構えていたのだ。

 最前列には中筒を構えた鉄砲隊。

 そのうしろには弓隊が軒を連ね、さらに完全武装を整えた白兵隊が後方を陣取っていた。


(見事や。よほどの統率力がなければ、こうはいかん)


 その統率者が、櫓の上に立つ土井利位だった。


「逆賊、大塩平八郎!」


 土井の声は、広場と言わず大坂中に轟いたのではないかと思わせた。


「お上の直轄領・大坂で謀反の沙汰。あるまじき所業にて重罪」


 おまえたちのしていることは逆賊による謀反だ、と土井は断じたのだ。


「わしが首謀者の大塩平八郎や。お主は大坂城代か」


 平八郎は負けじと櫓に向けて吠え返した。


「土井利位である」


 聞いた名だ。

 確か平時の水野、戦時の土井と並び称された次期老中候補。

 しかし、勝手に断罪されてはかなわん。


「謀反とは言いがかりやが、その根拠は何か?」


「お主は、大塩家という与力の家系に生まれておるはずだ。すなわち代々お上の禄を食み生き永らえて来ておる。そのお主が雇い主であるお上に弓を引くのであれば、裏切り、謀反以外の何物でもなかろう」


 当然の理屈だ、といわんばかりに土井は吐き捨てた。


「違う。わしらの雇い主はお上、徳川家にあらず。われら武士階級の雇い主は、すべからく民である!」


 これはまた異なことを……土井は呆れながらも、先を聞いてみたくなる。


「城代よ。禄と申したな。禄の元は百姓たちが作った米であろう。米だけでは食には足らぬゆえ、魚や野菜も食う。これらは仲買や店を営む町人から買っておるわな。ならば武士が生かされておるのは幕府や藩主のおかげではなく、民のおかげや。その雇い主が危機に瀕しておるときに城代、お主や奉行所は何をしておった。謀反と言うのなら、お主らの所業こそが謀反ではないのか?」




つづく




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