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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第21話 「撃ち合い」


「わが隊は大坂城玉造口の管轄。奉行所の沙汰では動けませぬ。所定の要望書をまずは御城代にご提出くだされ」

「な」

「事と次第では江戸の裁定も仰がねばなりませぬ。その後、御城代よりわれわれ現場への命令が下されますゆえ、急がれた方がよろしいですよ」


 これは土井の意を汲んだ茶番だった。

 まだだ。まだ出撃してはならない。

 第一に、叛乱軍の戦力がまだ落ちていない。

 第二に、ここまで事が大きくなったのは奉行所の怠慢からだ、という証左を文書に残しておかなければならない。

 坂本とその部下たちは、小休止とばかりにその場に座り込んで、携帯していた握り飯を頬張り始めた。  

 堀の顔には落胆と焦燥が広がった。


(どいつもこいつも、侍なのか役人なのか)



 

 大坂城の天守閣。

 早朝から土井は、遠眼鏡を覗いて反乱軍を観察した。

 鴻池屋に向けた砲声が鳴り響いた時には、子どものように胸を躍らせた。


「ほう。ほう。これは、なかなかやりおる」


 いや、こうでなくてはならぬ。

 この泰平にかまけ腐りきった上っ面だけの侍のなんと多いことか。

 大塩は異常発生した戦国の武士だ。

 そしてこのわしもだ。

 土井が思いに耽っていると、使いの者が参上して報告した。


「御城代。西町奉行より援軍の要請が参っております。至急江戸の裁定を、と」


 だが既に土井は戦装束を整えていた。

 いまも土井自身は遠眼鏡を手放さぬまま、小姓たちに甲冑を着けさせている。


「ふん。絃之助が気を利かせて引き延ばしを図っておるな。もとより有事の際は大坂城代に全権が任されておるわ。ほれ」


 そう言って袂から無造作に命令書を取り出し、使いの前に放る。


「絃之助に伝えよ。俺が到着するまでに露払いをしておけ。そして鼠が群れたところを一匹残らず……焼き払え!」


 大坂城代は、威勢よく葵の紋の入った軍配を振るった。




 その坂本絃之助は、西町奉行所に届いた土井の命令書と伝言を確認して溜息をついた。


「露払い、か。待てと言うたり動け言うたり、難しいお人やな」


 あたりを憚り、中筒隊三人にそっと声をかける。


「おい。飯も食ったこっちゃし、腹ごなしに行くで」

「へ。もう行きまんの? 確か焦らすいう……」

「ま、こんなとこでウダウダするよりええですけど」

「あ!もしや、抜け駆けでっか?」

「アホ。声でかいわ」


 空気の読めない部下をはたいてから、


「本多殿。拙者、御城代からの呼び出しがかかりました。ここは本多殿にお任せしますんで、よしなに」


 と坂本は本多に命令書を押し付けて、中筒(中型火縄銃)を肩に担ぐ。


(ええ? あのヘタレどもの子守かいな)


 不服だが、いま主導権を握っているのはこの男だ。

 本多は、隅で縮こまっている跡部と堀を見やるしかなかった。


 


  中筒隊が淡路町に到着した時には、すでに敵の姿が見えていた。


「腰を低うして、構え!」


 坂本の号令に、隊員たちはわずか十匁の鉄砲を構え直した。

 百匁の大筒vs十匁の火縄銃。

 どちらが有利か、を坂本は知っている。


「ほな、御城代を江戸にお連れ申すとしよか」


 呑気に火薬の袋を探していると、足元を鉄砲玉が通過した。

 見ると予想したより早く、格之助の鉄砲隊がこちらを狙っている。

 なるほどやつらも馬鹿ではなさそうだ。

 だが相手の銃は、こっちより小さい五匁の細筒。

 二十間も離れていては威嚇にしかなるまい。

 いや、当たらないと知っている俺には脅しにもならない。


「お返しや。玉込め!」


 坂本隊の動きは迅速だった。

 三人の射手が職人のような早技で中筒に玉を装填させる。

 細筒では届かないと知るや、相手の大筒隊も砲を旋回させはじめるが架車の身動きがとれない。

 致命的だ。

 大筒本体よりも架車の問題なのだ。

 あの構造では前後の直進はできても、方向転換のたびにおとな数人で架車ごと持ち上げなければならない。

 ではもう一門のフランキ砲はどうか?

 よく見ると架車を押す者はいるものの、射手らしき者の姿がない。

 坂本が推察した通りこの武装は威嚇だけのもの、ハッタリなのだ。

 砲が勝手に撃ってくれるわけやない。

 撃つんは人間なんやで。


「俺は木筒の撃ち手、お主らは細筒を狙え」


 照準の合わせも素早い。

 まず坂本の配下が細筒に撃ちかけた。

 援護射撃だ。

 坂本自身はその間にじっくりと大筒の射手に狙いをつける。

 大塩隊きっての砲術師で梅田源左衛門という大男だった。

 しかしその男の背後には、こちらに向けて同じ中筒を構える別の射ち手も見えていた。

 田沼意義である。


(さて、どっちが早い?)


 全身が総毛立ち、ひりひりした感覚に支配される。

 引き金を引く。

 鼻先に火薬の焼ける臭い、

 パンという豆が爆ぜる音、

 その直後に大男が倒れるのが見えた。

 

 自分はどうだ? 生きているか?


「坂本殿。大丈夫ですか?」


 言われて見ると、陣笠に穴が開いていた。

 相手方の中筒の弾だろう。

 まさに皮一枚の銃撃戦だったわけだ。

 梅田は大塩方最初の戦死者となり、格之助の部隊は大筒を捨て這う這うの体でその場を離脱した。

 まだ鼻先に残る硝煙を吸い込んで、坂本は恍惚となる。


(うん。手柄の臭いがするでえ)


 ああ、ぎりぎりの命のやりとり……俺はやはり、生まれる時代を間違えたな。


 叛乱軍最大の脅威であった大筒を戦闘不能に陥れた。

 こののち坂本絃之助は乱の鎮圧の立役者となり、功績第一として旗本に取り立てられ大坂鉄砲方に就任する。




つづく



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