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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第20話 「坂本絃之助俊貞」


 坂本絃之助は同僚の本多為助ら砲術隊を伴い、大坂城から東町奉行所まで徒歩で移動した。

 中筒と呼ばれる火縄銃を肩に載せ、戦衣装に具足を履き非常食を腰から提げている。

 その間も砲声と鬨は聞こえていた。


(密告者の話では、最初の標的は跡部という東町奉行やったはずやが、それならなんで大塩は真っ先に奉行所に向かわへんのやろ?)


 坂本は考える。

 急襲すれば、奉行所も応戦できまい。

 なのに第一の標的を後回しにして、豪商から天誅を加える意図は何か?


 大塩は清廉潔白を旨とする男。

 そもそも暗殺という計画が、やつには似合わないと思っていた。

 「救民」という幟も見た。

 相手が武士ならともかく、民を殺めては矛盾する。

 だが、騒ぎは起こしたい。


 その真意はあの砲声に表われている気がする。

 轟音ではあるが殺傷能力の高い砲弾ではない。

 あれは炮烙だ。引火しやすい火薬だ。


 起こしたいのは戦ではなく、威嚇にも騒ぎにもなる大火事なのではないか?


(大塩。お主らしいわ)


 同僚だった頃、平八郎は坂本を自分の講義に誘った。

 「絃之助よ。侍たる者学問も必須やで」とか言われ仕方なしに受けてみたが、教場内はピリピリと張りつめていて咳もできない空気だった。

 その中で朗々と己の持論を塾生たちに説いてみせる。

 反論などしようものなら、あの鬼のようなぎょろ眼と噛みつきかねない大口で論破してくる。


(大坂中を教場に仕立てよう、ちうわけか?)


 それならそれで、こちらもお主の土俵に乗ってやろう。

 坂本は、後方からカルバリン砲を載せた架車を曳く本多を振り返って言った。


「本多殿。それがしに考えがござる」




 正午を過ぎた頃、格之助率いる大筒隊は今橋にある北風家分店の前に到着した。


「照準、北風家」


 格之助の号令に、野次馬たちは鳴り物を止め道を開ける。


「射!」


 木筒が火を噴く。

 屋敷の屋根が崩れ落ちる。

 大歓声が沸き起こる。

 ここまでは鴻池屋のときと変わらない。


 格之助自ら蔵の中に入って行った。

 ところが中にはわずかに小銭が散らばっているだけで、米俵はどこかに運び出されていた。

 格之助は絶句した。

 押しかけた百姓たちもその場に立ち尽くし、気まずい空気が流れ始める。


(獲物がない?)




 同時刻、高麗橋の三井呉服店を襲撃する本隊にも同様の事が起きていた。

 平八郎の護衛を買って出たカイが、蔵の中から落胆の声を上げる。


「ダメだ、先生! 米粒ひとつ残ってねえよ」


 北風家の方は全ての貯蔵米を家慶に寄進したためだが、三井はじめ大坂に店を構える豪商たちは、朝方の鴻池屋の件を知って米や貴重品を運び去っていたのである。

 高まった気分に冷水を浴びせかけられたように、一党は静まり返った。

 これが最初のほころびだった。


「大塩先生。いかが致しましょう?」


 塾生が心細げに問いかけ、一同の目が平八郎に注がれる。


「敵もさるもの引っ掻く者や。皆の者、うろたえるな。最終目標は大坂城や。城の蔵には一年分の米がたっぷり眠っとる」


 気を取り直すように一党は気勢を上げた。

 「天誅、天誅」と。




 事が起こっても大坂町奉行は、なすすべもなかった。

 東町の跡部は落馬による怪我の応急処置をしている。

 陣羽織に身を包んだ西町の堀も、ひとり責任を背負わされることになるのではないか戦々恐々としていた。

 指揮官のはずのふたりがそうなのだから、ほか数十名の与力や同心、町方役人も奉行所に引っ込んでいるほかなかった。

 彼らの不安感を増幅するように、いまも遠くで砲声が響いている。

 町方が堀に告げる。


「お奉行様、援軍が到着しました」


 おお、来てくれたか。

 ようやく堀が立ち上がった。

 奉行所の中庭に、架車に載せられたカルバリン砲が運び込まれてきた。

 大坂玉造口の砲術隊は精鋭と聞く。

 先頭には精悍で、頭も切れそうな男がついている。


「大坂玉造口定番与力・坂本絃之助俊貞にございます」


 型通りの挨拶を終えて、堀は訊く。


「坂本殿。叛乱一党はいかような装備で事に及んでおるのか、おわかりでしょうか? うちの物見では大筒細筒の判別すらつきかねておるのです」

「もとより各々方門外漢では至難のわざでござろうな。さりとてわれらにかかれば、砲声を聞いただけで分析が可能でござる」


 坂本はぞんざいに聞こえる大坂弁ではなく、江戸から来たお客様用の標準語で答えた。


「音だけで坂本殿はわかるのですか?」


 頼もしげに見てくる堀たちの視線を受けながら、坂本は懐から覚書をとり出して読み上げた。


「ひとつは旧式の銅製五十目大砲、これはフランキ砲ですかな。そしていまひとつは百目ながら木筒でございますな。それぞれ二門、計四門というところですか。警戒すべきは銅製のフランキ砲ですが、今のところ発砲はしておりませぬ。おそらくは叛乱軍には使いこなせぬ、神輿同然のお飾りなのでありましょう」


「となれば、敵の主戦力は木筒ですか。よくもそんな古い武器が残っていたもの。して、坂本殿が扱うのは?」

「権現(徳川家康)様がエゲレスより取り寄せた、鍛鉄製のカルバリン砲にござる。喩えれば太刀と包丁くらいの差がありましょうな」


 武器のことは門外漢の堀だが、専門家の言葉に大きく安堵した。


「おお。では、さっそく」


 堀は、急かすように最前線への道を空ける。

 しかし坂本は、黙って堀の前に片手を差し出して言った。


「その前に、大坂城代の命令書を拝見」

「命令書?」




つづく



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