第17話 「やろうぜ、カクメイ」
百姓一揆とわれらの崇高な決起を一緒にするな。
そう腹の中で思う者もいたが、平八郎が熱心に聞き入っているのを見ると誰も言い出せない。
「親父は磔獄門。密告した奴は報金もらって、今でもどこかの村でのうのうと暮らしているらしい」
格之助がカイに言う。
「一揆の元締めの息子か。なるほどお主の肚の座り具合は血筋やな。けど、よう今まで生き長らえたもんやな。一揆は連座制で一族郎党処罰されるはずやが」
「家族も五人組の隣近所もみんな打ち首さ。おふくろが捕まる前にオイラを肥溜めの中に隠してくれて、夜中に村を抜け出した。オイラを送り出す時、おふくろが言ったんだ。あんたは父親みたいになるな。何が起きても貝みたいに口を閉ざして生きろ、って」
だから、カイなのか。
だが、おまえは貝にはなり切れない。
なる気もないというのだな?
意義は、少年の反逆心の根の深さを知った気がした。
「カイ。侍は憎いか?」
そう聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「憎いのは侍じゃねえよ。どっちかっつうと、百姓の方だ。なんの抵抗もせずに、お上お上って言いなりになる奴らが、オイラは大っ嫌いだ」
宇津木は自分の事を言われたように黙り込んだ。
「義を見てせざるは何とやら、か。まあ、わしは『義』いうもんを信じとらんがな。確かに、武士やろうが百姓やろうが傍観者気取りの奴らの罪は重いやろな」
先生に賛同されてカイは少し照れ臭くなった。
「だからよ、侍とか百姓とか関係ねえ世の中にするんだろ。なんだっけ……カクメイ。な。やろうぜ、カクメイ!」
平八郎は年端もいかない少年に背中を押された気がした。
そうだ。侍だけの決起では、ただの権力争いと変わらない。
やはり町人も農民も引き込んでいかねば、大義は付いて来んやろな。
ふっと肩の力も抜けた。
「ほな、やってみよか。カクメイ」
土井利位はやはり武辺の者だった。
堀がいなくなると足を崩し、先程から廊下に控えやり取りを聞いていた男をちらと見る。
「絃之助。お主、確か大塩平八郎とは同僚であったな」
男の名は坂本絃之助俊貞。
腕の立つ砲術家である。
大坂に赴任してすぐ手駒になりそうな人材を物色したが、中下級の身分ながらこの男は有事に使える、と判断し以降身近に置いている。
「は。同じ与力格で大塩は町奉行、それがしは玉造口の管轄でした」
現代であれば平八郎が刑事部長、坂本は機動隊長、という関係か。
「どんな男だ?」
「確かに武術では切磋琢磨しましたな。ただそれがしが鉄砲のことしかわかってへんのに対し、大塩は頭も切れ仕事のできる硬骨漢ですわ」
「どこまでやる気だと思う?」
「そうでんな。あやつなら、徹底的に行き着くとこまで」
「それが奈落の底でもか?」
「笑って落ちていきますやろな」
ほう。
ならば乗らぬ手はないな。
土井は顔も知らぬその元与力に賭けてみることにした。
だが本心を見透かされぬよう、坂本にはこれ見よがしに大あくびをして見せた。
「ああ、大坂住みは飽きたな。そもそも食い物がわしの舌に合わん」
坂本は閉口した。
この人は大事の前に、必ずどうでもいい戯言を始める。
「まずはあのうどんよ。腹さえ膨れればよいと言わんばかりの……」
「畏れながら、御城代。これよりそれがしはいかが動きましょう」
と話の先を促すと、上司はその目に笑いを滲ませながら言った。
「話は最後まで聞け。大坂には飽き飽きしておるわしだが、好機が到来した。この叛乱、わしらの見せ場とせねばな」
「御意」
「よいな。わしらの、だぞ。奉行どもには踏み台になってもらう」
なるほど。
気乗りせぬふりをして見せて、町奉行を牽制したというわけか。
おそらく御城代は叛乱一党を暴れるだけ暴れさせて、ここぞという頃合いで鎮圧に乗り出すお心づもりなのだろう。
ここで大手柄を上げれば、武士の最高位老中にまで駆け上がれるだろうか。
そしてそれがし自身も……これは急がねばならない。
「絃之助、道具はお主に任せる。大筒、中筒、細筒、それから何と言ったか、ほれ」
「カルバリン砲です」
カルバリン砲は大坂冬の陣で徳川方が使用し、大坂方を委縮させた英国から輸入した大砲である。
その後改良を施したものが、大坂城に保管されていたものと思われる。
「それが何物かは委細知らぬ。だがお主が役に立つと思うのなら、城の中にある物はどれでも持っていけ。わしが責任を持つ」
「は」
「但し、ひとつ注文がある。必ずや江戸に聞こえるように、ぶっ放せ」
「はは」
つづく




