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大坂騒擾異聞・鼠たちのカクメイ(The Revolution of Rats.)  作者: 真夜航洋


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第16話 「侃々諤々(カンカンガクガク)」


「はあ。さりとて、それがしも土井殿とは……」

「うむ、それがよい。着任早々、堀殿は大手柄でござるな。ささ、急がれよ」


 昨日から一睡もしていない跡部だったが、堀の名案にひと安心して茶菓子を貪り始めた。

 その現金な姿に、堀は確信した。


(この男、脛にかなりの傷があるな)




 しかし、ことはそう単純には進まない。

 その日の午後、堀は早速大坂城に参じ土井と面会した。殺風景な城代部屋で畏まる堀に対して、土井は終始渋面であった。


「大塩は何をしでかすかわかりません。叛乱が起こる前に御城代の権限で……」


 だが、堀の嘆願は一笑に付された。


「つまり、お主ら奉行所では手に余る。尻を持ってくれ、ということか?」


 ああ、こちらの無能を晒してしまったか、と堀は後悔する。


「逆賊どもがこの城まで狙う、というのであればわしも立とう。だが、何の裏づけもなく大坂城代が慌てふためけば、これ即ち幕府の恥……違うか?」


 武辺と聞こえた土井もやはり官僚なのか。堀は渋々答える。


「仰せのとおりで」


 土井は、大塩の檄文を堀に投げ返して言った。


「今できることなど、何もござらんよ。町奉行殿」


 鋭い眼光で睨まれ、堀は意気消沈して引き揚げた。

 八方ふさがり、という言葉が頭に浮かんだ。




 その頃洗心洞の講堂には、平八郎と格之助、意義をはじめとする塾の幹部たちが顔を揃えていた。

 格之助が今朝方判明した事実を報告する。


「脱走したのは河合、吉見、平山の三名です。河合の父親で同心見習いの郷左衛門が半年前から行方をくらましております。おそらく刺客に渡辺殿を襲わせたのもこの男かと」


 塾生の目が意義に集まる。なるほど、河合某という若者の顔はどこかで見た気がしていた。

 野良犬に食われていたあの同心の息子だったか。

 特に感慨があるわけでもなく、意義はただ目を閉じた。


「ま、わしの不徳の致すところやな」


 平八郎は腕組みをしたまま、ぼそりと呟いた。

 仲間の中から裏切り者が出た。

 少なからずあるはずのショックを塾長はおし隠した。


「事ここに及んでは、計画を中止すべきかと勘案致す」


 そう進言したのは塾頭のひとりである宇津木だ。

 昨年末、平八郎が決起の意思を伝えた時から彼は逡巡しており、脱走者が出たことでさらに動揺していた。

 この蘭方医は平八郎の援助を受けて前年冬まで長崎に留学していたため、長らく大坂で飢饉の苦渋をなめ続ける他の塾生とは温度差があったのだ。

 

「宇津木。貴様、日和ったか」


 声高に叫んだのは、塾の中の武闘派・大井正一郎という与力だ。


「日和ってなどおらぬ。ただ決起する以上万全を期すことが……」

「戦に万全などあるものか。臆病者めが!」


 喧々諤々。

 このままでは先に内部抗争が始まってしまいかねない、と平八郎が懸念した時カイが堂内に飛び込んで来た。


「先生! 浅岡の屋敷を探ってみたけど、がらんどうで誰もいなかったぜ。一体どうなってんだ?」


 当初の予定は、浅岡家に就任挨拶に来た東西両奉行の暗殺だった。

 だが、密告を受けて既に敵はそれを回避したということだ。

 格之助が平八郎にささやきかける。

 

「父上。出鼻をくじかれましたな。こうなったら大幅に策を練り直すしかおまへんで」

「ですから、ここは決起の中止を!」

「宇津木。まだ言うか!」


 また、カンカンガクガクが再開した。

 カイはまるで子どもたちの喧嘩を見るように唖然としていたが、やがて皮肉な笑いを浮かべ通る声で叫んだ。


「おうおう。侍も百姓も変わらねえな。やっぱ侍じゃ、世の中は変えられねえよ!」


 挑発的な言葉だった。大井が振り上げた拳を今度は少年に向ける。


「聞き捨てならんな。小僧、愚弄する気なら……」


 腰の刀に手をかけた大井を見て、平八郎は重い口を開いた。


「者ども、鎮まれ! アホか、抜く場所がちゃうやろがい」


 叱られた飼い犬のように塾生たちが静粛する。

 塾長はやれやれの表情だ。


「カイ。侍も百姓も変わらん、とはどういう意味や? これもええ機会や。腹の底にあるもん、吐き出してみい」


 これから成すことにはカイのような者が必要になる……意義はそう言った。

 それを信じてこの少年の意思を確認しよう。


「ガキの頃、オイラの村でも飢饉が起きたんだよ。それでも年貢の取立てはおかまいなしでさ……」


 時期からすると、第一次の天明の飢饉。

 この少年はおそらく、関東近郊にある農村で生まれ育ったのであろう。


「こんな風に村の大人たちが寄り合って、相談したんだ。オイラの親父、小吉っていうんだけど、先頭に立って一揆の支度を進めていたんだ。オイラの親父は役人たちにばれないように慎重に準備をしていた。だけど村方の役人どもがその寄り合い所に踏み込んで来たんだ。親父は真っ先に召し捕られた。全て密告のせいだ」



つづく






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