第70話 選抜試験開始
今日は、いよいよユヴェントスのジュニアユース選抜試験の日だ。
「これでいいよね?」
わたしは自分の服装を見下ろした。
いつもの体操服。
そして当然、下はブルマ。
「うん。それでいいと思う」
翔吾くんも、いつものサッカー部で使っている体操服姿だった。
「せっかくイタリアまで来たんだし、もっとそれっぽいトレーニングウェアを買おうかとも思ったんだけどね」
「いらないよ」
「即答だね」
「こういうときに浮ついた格好をしても仕方ないでしょ」
「……うーん」
質実剛健。
翔吾くんらしいといえば、ものすごく翔吾くんらしい。
まあ、わたしもその意見には賛成だ。
試験を受けに来たのだから、格好より実力。
そういうことだ。
◇
ホテルを出て、三人で試験会場へ向かう。
徒歩で行ける距離なのは助かった。
「亜紀さん、本当に一緒に来るの?」
「だって、私一人で観光してろって言われても困るわよ」
「でも、トリノなら見るところはいろいろあるよ?」
歴史のある街だ。
観光できる場所はたくさんある。
ただ、日本にいるときに調べても、トリノの観光情報なんてそれほど簡単には手に入らなかった。
それに――。
「言葉も通じないしね」
「それなのよ」
亜紀さんが即答した。
まあ、無理もない。
海外旅行そのものが初めてなのだ。
わたしたちと一緒に行動したほうが安心なのだろう。
しばらく歩くと、試験会場が見えてきた。
そこには、すでにかなりの人数が集まっている。
わたしたちと同年代くらいの少年たちが、あちこちでボールを蹴っていた。
ドリブルをしたり、パスをしたり。
試験開始前だというのに、みんなやる気満々だ。
「外国人ばかりだね」
翔吾くんが周囲を見渡して言った。
「いや、外国人なのはうちら二人だって」
「……そうだった」
日本人は、わたしたち二人だけ。
周囲からすれば、どう考えても珍しい存在だろう。
それにしても、みんなサッカーボールを持ってきている。
当然といえば当然だけど、日本からここまでサッカーボールを持ってくるなんて、わたしは考えもしなかった。
「ちょっと待ってて」
「どうしたの?」
「あそこでボールを貸してくれるかも」
そう言って、わたしは少し離れたところにいるクラブ関係者らしき男性のところへ向かった。
『ボールを借りてもいいですか?』
声をかけると、男性がこちらを見る。
そして少し驚いたような顔をした。
『サリー・オーシマ?』
……やっぱり。
東洋人の顔。
しかも女の子。
そりゃ、わかりやすいよね。
でも――。
サリって、そんなに言いにくいのかな?
前世でも、どこへ行ってもだいたい「サリー」だった。
『はい、そうです』
『日本からようこそ。クラブ職員のブルーノだ』
『あ、お手紙ありがとうございました』
声をかけた相手は、偶然にも手紙をくれたブルーノさんだった。
何通もこちらの質問に、丁寧に答えてくれた人だ。
『今日は頑張って』
『ありがとうございます』
ブルーノさんからボールを借り、翔吾くんのところへ戻る。
「借りてきたよ」
「ありがとう」
二人で軽くパスを始める。
いつもの練習と同じ。
特別なことをする必要はない。
今日まで三か月。
わたしたちなりに、できることは全部やってきた。
あとは――。
実力を出すだけ。
そう思っていた。
◇
試験開始時間が近づいてきたころだった。
会場の横に、一台の車が止まった。
何気なくそちらへ目を向ける。
後部座席のドアが開く。
一人の少年が、勢いよく飛び出してきた。
その瞬間だった。
ざわざわとしていた会場が、まるで嘘のように静まり返った。
子どもたちだけじゃない。
周囲にいた大人たちまで、その少年へ視線を向けている。
いったい、何者?
わたしも少年の姿をじっと見る。
そして――。
(……あれは、もしや)
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