第67話 あの日とは違う空
飛行機が高度を上げてしばらくすると、予想していたものがやってきた。
(……やっぱり来た)
こめかみのあたりが、ずきずきと痛み始める。
飛行機が苦手と言っても、落ちるのが怖いわけじゃない。
ただ、離陸や着陸のときに感じる、この気圧が変わっていく感覚がどうにも苦手なのだ。
「紗里ちゃん、大丈夫?」
隣から亜紀さんが心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫。ちょっと頭が痛いだけだから」
そう言って、亜紀さんからもらったバファリンを飲む。
しばらくすると、少しずつ痛みが和らいできた。
「効いてきた?」
「うん。ありがとう」
窓の外へ目を向ける。
雲の上には、どこまでも青い空が広がっていた。
そういえば、前世で初めて日本を出たのは、飛行機ではなかった。
季節は初夏。
今回より、少しだけ遅い時期だっただろうか。
でも――。
「……全然違うな」
思わず、小さく呟く。
「何が?」
翔吾くんが不思議そうに聞いてくる。
「ううん。なんでもない」
今のわたしは、一人じゃない。
隣には翔吾くんがいる。
そして亜紀さんもいる。
これから三人でイタリアへ向かう。
ユヴェントスの試験を受けるために。
夢を叶えるために。
考えてみれば、なんて幸せな旅なんだろう。
前世での最初の海外行きとは、大違いだ。
あの頃のわたしは――。
養護施設で、身に覚えのない罪を着せられた。
何を言っても信じてもらえなくて。
逃げるように施設を飛び出し、大阪の街を一人で歩き回っていた。
そして、外国人の一団と揉め事になった。
何が起きたのか、今でも細かいところまでは覚えていない。
ただ、殴られた。
そこで意識が途切れた。
次に目を覚ましたとき。
わたしは手錠を掛けられ、薄暗い場所に倒れていた。
遠くから聞こえる汽笛。
その音で、ここが船の中なのだと気づいた。
そしてわたしは、そのまま香港の金持ちに売られた。
「……最悪だったな」
誰にも聞こえないように呟く。
前世の人生は、振り返れば最低なことばかりだった。
その中でも、あれは五本の指に入る。
とびっきりに最低な事件だった。
そんな記憶を抱えたまま、わたしは今、飛行機の座席に座っている。
隣には翔吾くん。
もう片方には亜紀さん。
そしてこれから、イタリアへ行く。
同じ「日本を離れる」という出来事なのに。
こんなにも意味が違う。
「紗里ちゃん?」
「ん?」
「もう痛くない?」
「うん。だいぶ楽になったよ」
「よかった」
翔吾くんが安心したように笑う。
その笑顔を見ていると、さっきまでの頭痛さえどうでもよくなってくる。
今度の旅は、絶対に違う。
わたしは、自分の意思で日本を出る。
そして――。
翔吾くんと一緒に、夢を掴みに行くのだ。
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