第62話 怒らせてはいけない人
市大会当日。
参加校は各区代表、全部で十六校。
去年までは十四区だったはずだ。今年から区が増えて十六区。
トーナメントを組むにはこれ以上ないくらい都合のいい数だ。
このために増やしたわけではないだろうけど。
一回戦を勝ち抜いた二校が、その日のうちに二回戦を戦う。
他の三会場でも同様に試合が行われているはずだ。
そして準決勝と決勝は翌週。
試合前。
先生がいつになく真剣な表情で集まった部員たちを見る。
「こういうことはあまり言いたくないんだが……」
少し間を置く。
「今日の一回戦の相手は、あまり評判の良くない学校だ」
空気が少し張りつめた。
「去年も、優勝候補の選手を危険なプレーで怪我させて勝ち上がったなんて話も聞いている。噂程度の話ではあるが……十分気を付けてくれ。」
翔吾くんが静かに頷く。
わたしも頷いた。
そして試合開始。
開始早々だった。
「危ない!」
相手選手が、ドリブルしている翔吾くんの足へ向けて勢いよくスライディングしてきた。
翔吾くんは一瞬早く跳んで避けたが、少しバランスを崩してその場に倒れた。
笛が鳴る。
ファウル。
それだけ。
「ちょっと!」
気付けばわたしは相手へ駆け出していた。
「何するの!」
その瞬間。
後ろから腕を回される。
「紗里ちゃん!」
翔吾くんだった。
「落ち着いて!」
「でも!」
「大丈夫だから!」
必死に止められて我に返る。
危ない。
あと数歩で殴りかかるところだった。
結局、判定はフリーキックだけ。
カードも出ない。
「甘すぎる……」
思わず小さく文句を言う。
「いや、放っておいたら紗里ちゃんが一発レッドカードだから」
「……」
反論できなかった。
気を取り直してフリーキック。
わたしは大きく息を吸う。
「翔吾くん!」
思い切り蹴り抜いたボールは、大きな弧を描いて前線へ吸い込まれていく。。
翔吾くんが完璧なタイミングで抜け出した。
トラップ。
一人かわす。
シュート。
ゴールネットが揺れた。
「よしっ!」
一対〇。
幸先のいい先制点だった。
それからというもの。
相手の狙いは完全にわたしへ変わった。
「来るわね」
ドリブルで例の選手の近くへ向かっていく。
案の定。
足元へスライディング。
わたしは軽く跳んで避け――避けるのに失敗したふりをして、そのまま相手の上へ倒れ込む。
次の瞬間。
「ぐあああっ!」
相手が股間を押さえて転げ回った。
審判が慌てて駆け寄る。
「大丈夫か!」
わたしも痛そうな顔をしながら起き上がる。
「いたたた……」
そこへ翔吾くんが走ってきた。
「紗里ちゃん、大丈夫?」
「うぅ……」
目をうるませてみる。
「……」
翔吾くんは一瞬だけ相手を見た。
それからわたしを見る。
「……すごく嘘っぽいよ」
「えへへ」
たぶん潰れてはいないはず。
翔吾くんへの危険なプレーは未遂だったし、少し痛い目を見るくらいで十分だ。
試合はそのまま危なげなく勝利。
そして二回戦開始前。
整列していると、妙なことに気付いた。
「……なんか見られてない?」
相手チームだけじゃない。
味方まで、少し距離を取っている気がする。
「……なんでみんな離れてるの?」
「さっき見てたからね」
翔吾くんが苦笑する。
「久しぶりに紗里ちゃんの、ああいう姿見たよ」
「そうだっけ?」
「最近ずっと大人しかったから」
わたしは首を傾げる。
昔のわたしってそんなんだったっけ?
二回戦は打って変わって荒れることもなく。
わたしたちは危なげなく勝利を収め、市大会ベスト4進出を決めた。
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